海風の声4
「楽しみですなあ、兄上」
「この国の上層部との顔合わせや打ち合わせも、楽しんでもらいたかったんだがなあ、ジェイク」
「そ、それも楽しみましたよ」
「どこがだよ。お前さんがまともに話したの、ワーグの父親と兄貴達だけじゃねえか」
軍事面での連携を、昨日まで話し合っていた。今日からは交易の会談がはじまるので、それを修行と称してファルに押し付けて、俺達は早朝から馬の調達だ。
「交易の話が終わったら、印持ちを派遣する方法の話し合いだぞ。武神殿の代表なんだから、ちゃんと参加して発言もしろよ?」
「はい。ですが、気を抜いて神子を兄上と呼んだらどうなるのかと思うと・・・」
二人は公の場で、俺を兄とは呼ばない。
「邪魔になるケジメなら、捨てちまえそんなもん」
「そうもいかないっすよ。イーハに移住してきたばかりのおいらが神子を兄様と呼んだら、イスタルトから来た人達に疎まれるっす。ジェイク兄も、軍の要職に就いたのは神子様が弟扱いするからだ、なんて言われたらまともに指揮が執れないっす」
「誰が要職になど就くか。某は兄上の後ろを駆けるだけだ」
「神子様の副官なら、階級も必要っす」
「それよりワーグ、本当にイーハに移住する気か?」
「もちろんっす。エルスはフウリ様の傍仕えっすから」
「だからって二人とも戸籍を移して、ワーグは軍にまで就職かよ。兄貴達に気を使ってんのか?」
「ないとは言えないっす。けど、武神様の印持ちなら誰もが兄様の下で戦いたいはずっす」
能力を示してマレーヌ軍の将軍となった父とその背中を追う兄達、誰一人として今のワーグに勝てる者はいないだろう。武神の印を刻まれるとは、そういう事だ。
俺に対する過剰な忠誠心も、それなのかもしれない。二人を弟と呼ぶ前は、そう思うと少し哀しくなったものだ。だが、二人の心を信じた。神子でなくても、隣にいてくれるか。聞いた事はないが、答えは日々の暮らしの中にあったと思う。
しかし、一人っ子だったから弟ができたのは嬉しいが、俺が原因で人生まで変えるのはなあ。
「到着っす。おーい、セル婆ちゃんー。馬を買いに来たー」
「ここに売れる馬などおらんわ、阿呆。でっかくなったのは図体だけか、クソガキ」
「わかってるって。畜産都市まで馬車を出して欲しいんだよ。馬は婆ちゃんの牧場で買うからさー」
「こんな年寄りに馬車を出せとは、父祖の墓前で泣いて詫びろ、クソガキ」
「お墓にはおととい行った。武神の神子様が、ご先祖様にお酒を供えてくれたんだよ。だからお願いだよー」
「だからの意味がわからんわ、たわけ」
やいのやいので、話が進まない。婆ちゃんにとってのワーグは、よく懐いていた孫のような存在なのだろう。口は悪いが、嬉しそうなのを隠せていないのが丸わかりだ。
「どれ、仕方ない。牧場に連れてって、せいぜいぼったくらせてもらうか。覚悟せい、寝小便タレ」
「うー。買い食い我慢して貯めた小遣いがあ。でも、仕方ないか。ならおいら、馬車の準備してくるよ。一番ちっちゃいのでいいよね?」
「当たり前だ。はようせい、クソガキ」
「セルさん、無理を言って申し訳ないです」
「なあに、武神の神子殿に馬を提供するなど、馬飼いの誉れよ。這ってでも案内するさね」
気付いてたんかよ。口の悪いジジババは嫌いじゃねえし、楽しい日帰り旅行になりそうだ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えますね」
「兄様ー、乗り心地は悪いけど、これで我慢して欲しいっす」
「こっちがお願いして、馬車を出してもらってんだ。そんな言い方すんじゃねえよ、ワーグ」
「はいっす。でもセル婆ちゃんだから、気にしないっす」
「このクソガキはまったく。ほれ、神子殿もお付きの戦士殿も乗った乗った」
馬車は、御者席を含めて二人掛けのベンチが二つのコンパクトな木製で、日本で言う軽自動車のようなものなのかもしれない。
「見えてきたっすよー」
ワーグが指差した城壁に、木製の大きな門が見える。
だが、驚いたのはその城壁だ。
朝の太陽の下で鈍い光を湛えるそれは、まごう事なき鉄の塊。どうやってこれだけの鉄を用意したんだとか、どうやってそれを積み上げて固定したんだとかは、言うだけ野暮なのだろう。
「これは。言葉もありませんよ、兄上・・・」
「誇れ。その背に吊る大剣は、これだけの事をしてこの国を護り続けてきた神子の魂。ただ誇れ」
「改めて誓いますよ。マレーヌを守るためなら、死ねます。姉とも言えるフウリ様の愛する、このマレーヌのためならば・・・」
「簡単には死なせてやらねえっての。あらら、なんかやたら見られてんな」
「白の軍服が珍しいんじゃないっすか。この国は鉄色で形も違うっすから」
セルさんのおかげで、顔パスで門が開く。この国に到着した日の馬車でも、すれ違うのに余裕がありそうな鉄のトンネルだ。
セルさんの魔法なのだろう、煌々と明かりが灯る。
「昼過ぎには、畜産都市っす。セル婆ちゃん、途中で休憩が必要ならちゃんと休んでよ。もう年なんだから」
「ほっとけ。セルはまだまだ現役だ、クソガキ」
ほとんど会話の途切れる事なく進むうち、出口の門が見えてきた。
「さあ、着いたぞい。門が開くが、まずは目を慣らすのだぞ」
瞼を閉じて光を待つ。先に感じたのは、草木と土の香りだ。地面まで鉄のトンネルには、なかった匂い。ゆっくりと瞼を開き、途中で止める。それを二度くり返して、瞳を開けた。
一面の草原。その中を道が貫く。なだらかな斜面には、草を食む牛が見えた。
「いいとこだなあ」
「ですね。心が洗われるようです」
「ひっひっひっ。ようこそ、畜産都市へ。少し進めば牧場だでの。さっき嫁に念話したから、息子が良馬を選んで準備しておる。が、正直に言うと神子殿の馬となるには格が足りん馬ばかり。これでもこの国一番の馬飼いなのだが、それは許してもらうしかない」
「いえいえ。こちらこそ突然押しかけて良馬を集めてもらうなんて、お手数をおかけします」
「千年以上前からの言い伝えでは、武人はいつか己の馬と出会う運命にあるという。その時に楽しみを取っておきなされ」
この世界なら、そうなのかもしれない。
子と女と友には出会った。生きていれば、愛馬とも出会えるか。




