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海風の声2




 凪の海。

 船首甲板に置かれた台の上に胡坐をかき、水平線を見つめる。

 港町の生まれで、山の中腹にある実家の二階からは海が見えた。子供の頃は、いつか自分も海に漕ぎ出すのだと疑っていなかった。だが東京に出て二十歳を越えて渡航が現実的なものになると、船旅は考えられず飛行機で海外に出かけた。これが、初の船旅になる。


「またここにいたんだ。もうすぐ国境を越えるよ」

「ああ。わりいが、越えたら教えて欲しい。鍛冶神に挨拶を通す。他の連中は?」

「トレーニング終わったら、お風呂とお酒。休暇を満喫してるよ」

「この二年、あいつらにも苦労をかけた。ゆっくり休んでもらいてえもんだ」


 特にジェイク夫妻は、俺達がこの世界に来ていなければ、とうに子供の一人も授かっていただろう。それとなく勧めてはみるものの、二人は忙しさを理由に首を縦に振らない。


「いよいよ領域の外かあ。緊張しちゃうな」

「冥護と魔法には変化なしって、フウリ達が証明したんだ。気楽に構えてな」

「うん。あ、越えたよ。もうフウリ達の国」


 刀を鞘ごと右に置き、胡坐を正座に変える。

 お初にお目にかかります。カイト・シバ。武神の神子でございます。まずは、この刀の礼を言わせていただきたい。若輩者が持つに過ぎたる名刀に、幾度も命を救われました。心より、感謝いたします。そして武神の神子として、魔法神の神子とその精霊と夫婦の契りを交わしておりますが、縁あって鍛冶神の神子たるフウリとも契りました事を報告させていただきます。誓って、彼女を哀しませる事なく共に歩んで行きますので、どうかこの契りをお認めください。最後になりますが、我等一行が鍛冶神様の領域に足を踏み入れ滞在する事を、どうかお許しください。


「もういいの?」

「おう。言葉遣いは怪しいが、ちゃんと祈った。俺達も船室に戻るか」

「ウイト以外の全員が、昼間っからお酒ってどうなのよ」

「たまにはいいさ。俺もウイトと昼寝してえから飲む」


 扉をくぐって階段を下り、割り当てられた広めの船室に向かう。

 狭い船室も三つ割り当てられていて、防音付きの結界が張られているが、夜までは広い船室にほとんど集まっている。この十五日、早朝から昼近くまで使うトレーニング以外の時間は、どうしようもなく自堕落なものだ。

 まだ若い武神殿の印持ちとすれ違った。手を上げて挨拶すると、嬉しそうにお辞儀をして立ち去る。休んでいて良いと言ったのに、毎日船員の仕事を見学しているらしい。


「うーす。国境を越えたぞ。全員木杯を置いて、姿勢正してお祈りだ」


 フウリとその膝に座るウイトまで、神妙な顔で目を閉じる。

 お、ワーグが目を開けた。が、みんながまだ目を閉じてんの確認して、また目を閉じた。お前は自分の国なんだから、長い祈りじゃなくてもいいだろ。

 壁際の剣置きに刀を置き、定位置の椅子に座る。


「ビールでいい?」

「ああ。頼む」


 冷えたビールが渡されると、飲む前に全員が目を開けた。


「お帰りなさい、カイト様。また海を見ていたんですか?」

「水平線と地平線は男のロマンだ」

「ジェイクもワーグも初日で飽きておったぞ。ウイトもじゃ」


 はいはい。あー。ビールがうまい。


「兄上はうまそうに飲みますよねえ」

「甲板は日差しが強くてな。あれだけ暑くて、ビールがまずい訳がねえ」

「これはっ! カイト様、報告があります」

「おう。いつでも聞くぞ」

「たった今、この国の精霊達をすべて認識しました」

「国境越えた時は?」

「海上の精霊を認識はしていましたが、陸まではとても」

「祈ってからか。この国の精霊は、鍛冶神の配下なのか?」

「わかりません。ですが鍛冶の神様が、すべての精霊に強制力のある命令を下せるとも思えませんが」

「精霊の長は?」

「その呼称を使うのは、魔法神様の領域のみです。我が国は魔素が豊富なので、精霊の入国制限がありますから、長が必要なのです」


 精霊って引越しすんのかよ! 思わず叫びかけたじゃねえか。謎すぎるって異世界。


「あー。門外漢だから良くわからんが、精霊にとっての大国からその長が来た。自国の神に敬意を表している。神も来訪を認めた。じゃあ、私達精霊も手助けくらいしようか。とかないのか?」

「ありえないとは言えませんが・・・」

「すまぬ。ちょっと良いかのう?」

「ああ。神託来たんか、フウリ」

「うむ。前に話した、この国に危機あればカイト達が馳せ参じるというのを報告したのじゃ。そしたらの、国中の精霊に鍛冶神が伝えたらしい。事あれば馳せ参じてこの領域を護る魔法神の神子に、従っても良いと思う精霊はその傘下に入れと」


 誰も、一言もない。特にジェイクとワーグは酷い。口が半開きだぞ。


「あ、ほんとだ。人に寄り添う精霊以外は、私とファルのお願いは聞いてくれるって」

「サクラ殿、それはつまり・・・」

「騎馬で先行して斥候とか、いらねえって事だよ、ジェイク」

「そんなっ!」


 言ったのはワーグだ。ジェイクは、声も出ない。

 そうだよな、兄弟。わかるさ、兄弟。いつもいつも、索敵から殲滅まで嫁さん達がやってよ。やっと男らしく騎馬で戦う時が来た、そう思ってこの国に来たんだよな。だが、それは幻想だった。


「よーし、パパお留守番がんばるぞー」

「兄上、棒読みが過ぎます・・・」

「兄様、おいら、おいら、三人で馬を並べて・・・」


 ジェイクと二人でワーグの肩を叩き、精一杯慰める。


「な、なんとも声をかけづらい雰囲気じゃのう」

「わからないでもないけど、これってカイト得意の悪ノリだよね」

「ウイト、フウリ、よく見ておきなさい。これが、ウザい、という状況です」


 失礼な。半分くらいは本気だっつーの。



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