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一宿一飯の恩46




「カイト、お婆ちゃんが三万人までダメかって」

「無理。行きに一週間、また迎えに来るのに早くて六日。結界の範囲を考えて千人ずつの移動だから、一万でも年を越す計算だぞ。一万以上は、春を待ってからだ」

「カイト様、天秤神官から念話です。職人組合が優先順位で揉めていると」

「食いもんと生活用品の商人は、第一陣の文官と武官に同行させる。次に家具と雑貨。武具は最後で、他はじゃんけんでもさせろ」

「おじゃまいたしますー」


 家に上がったジェイクが、俺の前に腰を下ろした。


「おはようございます」

「おう、おはようさん。暇なら、この書類仕事を手伝ってくれ。昨日の朝からやっても、終わりが見えねえ」


 言いながらも、ペンを動かす手は止めない。

 謎の鉱石の製鉄が終わり、斥候をすべて始末するのに五日を要した。帰宅してからは、鬼の忙しさだ。

 大陸法典とやらが、俺の腕の腱に牙を剥いた、助けろジェイク。

 百以上の住民の移動には、誓約書が必要らしい。その他、何を移動するにも誓約書だ。しかも二枚ずつ。個人の資産まで、何で俺の誓約書が必要なんだよ。だいたい、荷物はサクラとファルの空間魔法ん中だ、バカヤロウ!


「手伝いたいのは山々ですが、某にも仕事がありまして。それでその・・・」

「ジェイク、俺はお前さんにいつも助けられてる。何でも言え、聞くぞ」

「ありがたいっ。では、港町の防衛戦力と住民の移動の護衛、希望者に偏りがありすぎまして。どうしたものかと相談に来ました」

「へー」

「い、いやいや、何でも聞けって言ったじゃないですか」

「だから聞いただろうが。それより、お前さんは今からカイトだ。そっちの誓約書にサインしろ。三十分でいいから手伝え」

「天秤神官に告発されますよ!」

「ばれなきゃいいだろ。気にすんな」

「嫌ですよ。ぬう、どうしたものか・・・」

「だいたい、護衛は最小限だ。ただでさえ足りねえ馬車だけじゃなく、牛車まで使っての移動だぞ。仕事のない印持ちを、ぞろぞろ連れて歩く余裕はねえんだよ。どうしてもって言うなら、自由調達に出てたグループを二組だ。印持ちとその家族は全員同行を希望したんだろ。それでどれだけ城主側にねちねち言われたか・・・」

「ありがとうございます。カイト殿のお言葉があれば、誰にも文句は言えません。では、某はこれで」


 言うが早いか、ジェイクが立ち上がる。


「ああったくよ。覚悟はしてたが忙しいなあ、おい」

「誓約書は予想外でしたね。はい、新しいお茶です」

「ありがとう。しばらくこんな生活が続くのか。嫌んなるな」

「フウリも慣れない木製幌馬車作りを手伝ってくれてるんだから、私達も頑張らないとね」

「そうだなあ。百以上の馬車とか、想像もつかねえ。まったく、いつんなったら出発できんのかなあ」

「意外と早いと思いますよ。開拓に出ない街の奥様方に、助力を乞うと話していましたから」

「ならいいが、なんとか雪の積もる前に終わらせてえもんだ」

「比較的温暖な地域ですからね。二月までは、あまり積もらないらしいですよ」


 なんの面白みもない書類との格闘を続け、ついに待ち望んだ晩メシの時間になった。

 頑張って馬車を作ってきたのであろうフウリに、ビールを注ぐ。


「カイトに酌をさせるとは、すまぬのう」

「こっちの都合で鍛冶神の神子に馬車なんか作らせてんだ、こんな事で良ければいくらでもするさ」

「おお。その馬車だが、一週間とかからず組みあがるのじゃ。この国の民の、なんと逞しき事か。数百の奥方衆がおしゃべりの合間に、図面通りに木材を風魔法で加工しおった。後は職人が鉋を入れ、組み上げるだけじゃ」

「先が見えてきたな。ありがたい。開拓の第一陣には、漁師志望の若い衆も入れる。魚介類の供給で、奥様連中の恩に報いよう」

「ずいぶんと期待しておる様子じゃったぞ。交易にもな。エルスがこちらにない産物の輸出計画を練っておるが、量を増やす事も考えた方がいいかもしれんのう。ほれ、おねえたんのはんばあぐも食べるのじゃ、ウイト」

「ほわあ。ふーりねえたん、ありあとー」

「よいよい。たくさん食べるのじゃぞ」

「あいっ」


 馬車が用意できれば、後は出発するだけか。

 心配なのは街の守りだが、門兵をはじめとする軍人達に期待するしかない。数で言えば、武神殿の二十倍を越える軍だ。わずか百ほどずつの二神殿の印持ちに頼らずとも、街を守れるという矜持はあるのだろう。何が何でも、印持ちを置いてゆけとは言われていない。


「なんか見落としがありそうでこええな」

「一万人の人材はもう決めてあるし、千人ずつの移動案も出来てる。馬車の準備もばっちり。港町に着いたら、住居や店舗の割り当てを天秤神殿が決める。食料や薪は余裕あるし、大丈夫じゃない?」

「ならいいがなあ」


 衣食住は問題ない。開拓団も家族毎としてあり、子のある家庭は婚約者の家族も参加を希望した家庭を優先した。何か見落としはないか。


「開拓に参加を希望しながらも選に漏れた奥様達には、念話を飛ばせば私が繋げる事を教えてあります。何か問題が出ても、対応は可能だと思いますよ」

「事後対応んなるのは仕方ねえか」

「ええ。人として正しい限り、女性には精霊が寄り添います。間違いは起こらないでしょう」


 人はそうして、神と精霊に護られてきたのだろう。神が護り切れなかった千年前の事は気になるが、フウリでさえも訳がわからないと言うのだから、俺なんかに理解できるはずもないのか。

 今は、準備に全力を傾けるしかない。



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