一宿一飯の恩44
群れを全滅させて三日目の朝に、東へと進んでいた斥候部隊が戻ってきた。
夜明けからこちらを窺っていたが、雌の一体を痛めつけると、三体固まって突っ込んできた。魔法の良い的である。瞬時に、サクラとファルが片をつけた。
「カイト様、北の斥候がそろそろ到着します」
「わかった。悪いな、嫌な役目まで押し付けてよ」
「いいえ。害獣どころか、人を殺す猛獣を駆除しているだけです。迷いはありません」
そう言うファルだが、接近しない斥候を誘うために、雌の腕を落としたのはファルだった。次の腕を落とすのも、サクラやペルデさんに任せようとはしなかった。
「来ましたね。残りの斥候部隊の中では、南のゴリラに次ぐ大きさのものが含まれます」
「俺達は外で待機する。とりあえずは、車から声の届く範囲だ。万が一、魔法が効かない時には、俺の弓とフウリの冥護で攻撃開始。後は戦闘の流れだな。魔法のフォローは任せる。ジェイク、ワーグ、斬り込む覚悟はしておけ」
「望むところです」
「頑張るっす」
「ワシも、前のような無様は晒さぬ。やってやるのじゃ」
「おう。期待してるぞ。二人の弓は頼んだが、ギリギリ間に合わなかった。今回はフウリが頼みの綱だ」
「弓を。某とワーグのですか?」
「ああ。フレベさんがな、二人の腕がものになるかわからんから、今ある弓を俺の弓くらいまでにしてくれるらしい。秋から組みはじめる弓は、腕のない人間には持たせたくないんだと。今年中には親父さんに認められる腕になって、三人で新しい弓を頼みに行こうな」
「それはまた、大仕事ですね。努力を重ねます。ワーグ、今日からカイト殿の射るところを、あまさず観察するぞ」
「お、おいらは弓なんて、持った事もないっす」
「俺もそんな感じだったさ。これより大きな弓を、遊びで持った事があるだけだった」
「意外ですな。カイト殿は、あちらの世界で武芸のすべてを修めた方だと思ってましたよ」
「ないない。師がポンコツでよ。剣を抜いての立会いには合格点をもらったが、その他を教わる前にくたばりやがった。さあ、下りて待ち構えるぞ。フウリはここから冥護を振るえ」
弓を携え、車の前に陣取る。
二人が、左右に分かれた。射るところを観察するためだろう。覚える気があれば、上達はする。壁にぶち当たってからが、修行ってやつだ。
「見えた。逃げる気はないみたい。攻撃開始!」
「万に一つの可能性を、見事に引き当てたようですね。二体は即死。一体は魔法が通りません。フウリ、お願いします」
「任されたのじゃ!」
荒野を駆けるゴリラの周囲に、フウリが操る剣の煌きが見える。
「むうっ。まずいぞカイト。突きは刺さるが、斬撃が効きづらい。その突きも、筋肉で止まるのじゃ!」
「了解。とりあえず射る。矢が通らねえなら、ジェイクとワーグは屋根に戻れ。フウリ、石槍の柄を断ち割れ。石斧だけならまだマシだ」
返事も聞かずに、弓に矢を番える。まずは、曲射。転がるようにして、避けた。立ち上がったが、石槍を手放している。フウリが上手くやったらしい。
ゴリラのスピードが落ちている。今の俺が射れる限界の早さで、三射。一矢を受けた、ゴリラが吠えた。だが、思ったよりも接近が早い。このままでは、車に近すぎる場所での斬り合いになってしまう。
「刺さるには刺さるか。無理はすんなよ。さあ、斬り込むぞ」
「承知っ!」
「やってやるっす!」
抜き身の刀を手に、先頭を走る。敵の他に何もいない。この景色が、好きだ。
フウリの剣が、ゴリラの目を狙う。避ける、単純な動作。それが命取りだ。
抜き胴。腹筋を断てずに、上滑った。石斧。俺は地を蹴る。唸る石斧が迫る。ハスれ。見えるんだ、やれる。避けながら、拳の指と指の間に刃を入れる。下がる足捌きで、拳が中ほどまで斬れた。落とした石斧を、右手で拾いにかかる。今だ。
「図に乗るな、魔獣があああっ!」
袈裟斬り。断ち斬れ、ジェイク。首を庇った右腕がへし折れる、鈍い音が聞こえた。ジェイクが素早く下がる。それでいい。
「ここならっ!」
折れた右手、切られた左手。無防備な顔面に、突きが決まる。氷の塊を突いたような音。頭蓋を揺らされたゴリラがふらつく。でかした、ワーグ。
下がるワーグより速く、間合いを詰める。右上段。振り下ろす。左の肘から先を落とし、脇腹を斬って腹筋で止まった。開き足三つ。爺様に叩き込まれた足捌き。あの人ほどではなくとも、それなりの速さだ。送り足で引きながら、刀を跳ね上げる。右腕も、落ちた。
ここぞとばかりに、フウリの剣が目を狙う。三度目の刺突で右目、五度目で左目も潰した。
「ダルマだろうが、気は抜くんじゃねえぞ」
「もちろんです」
「は、はいっす」
ワーグ、気い抜いてたな。
後は失血死を待てばいい。フウリの剣がチクチク刺さってゴリラが暴れると、出血は激しさを増す。
最後の力を振り絞ったのだろう、鼓膜を持っていかれるほどの吠え声が、荒野に轟いた。
「雄々しくも哀しげな叫びだったな」
「ですな。さすがは、カイト殿の一太刀に耐えてみせた戦士。生きた証を荒野に刻みましたな」
「敬礼しようかと思ったくらいっす」
当たり前のように、岩の階段が車の屋根に続いている。それに足をかけると、地球では経験した事のない、爽快感に包まれた。
「お疲れ様。蚤と汗は飛ばしたよ」
「カイト様っ、南の斥候部隊から一体が先行。異常な速さです!」
ファルの慌てようの方が異常だ。
「どんくれえ速い?」
「虎の魔獣ほどです」
「んなバカな。骨格からなにから無視かよ。いつぶつかる?」
「このままの速度を維持するなら、今夕には」
「早いな。休憩より先に、ギリギリ北まで移動して罠の準備だ。さっきのゴリラより上なら、刀すら効かねえ可能性もある。荒野すべての地形を変えてでも倒すぞ」
「大群を迎え撃つ罠の案が、役に立ちますね。まさか一体の魔獣に使う事になるとは・・・」
暇があれば、紙にそれぞれの案を書いていた。罠であったり、印持ちの運用方法であったりだ。国造りの案もあった。それが今、役に立つ。
「ボスゴリラ自ら、南の斥候に出てたと考えるべきだな。南を追われて来たかも知れないゴリラの群れ。ボスが南を気にしてるなら、追撃もありえるのか」
「かもしれませんが、出し惜しみはなしにします」
「当然だ。ジェイク、ワーグ、今回は相手が悪すぎる。直接戦闘は、遠慮してもらうぞ?」
悔しそうに、二人が頷く。強くなれ。肩を並べて戦うのなら、他の誰でもなくお前達が良い。




