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一宿一飯の恩42




「こりゃ、俺達の仕事は子守かもな」

「わかってはおったつもりですが、これは・・・」

「みなさん凄いっす。森と魔獣の群れが、この車に飲み込まれてくみたいっす!」

「たぶん、森を伐採しながら、魔獣を誘き寄せてるな。で、木も魔獣の死骸も片っ端から空間魔法に収納だ。頑張り過ぎだろ」

「皆、張り切っておるからのう。ファルなぞ、カイト様の民を飢えさせる訳にはいかぬと、えらい気合の入れようじゃ」

「王になる気はねえんだがなあ」

「なら誰が民を導くのじゃ?」

「三神殿の合議制だな。俺達はいつでも動ける戦力じゃねえと、意味がねえんだ。西にも顔を出すつもりだしなあ」

「なるほどのう。だが、西に向かうのはまだまだ先じゃろ。来年か再来年には、ウイトに我が国を見せてやりたいのじゃ。のう、ウイト」

「あいっ」

「休憩にします。フウリ、車を止めてもらえますか」

「了解じゃ」


 車が止まると開けっ放しの扉から、エルスさんが顔だけを出した。


「ファルさん、お茶は上に運びますか?」

「ええ。魔法で日差しを遮ってあるから、エルスも屋根にいらっしゃいな」

「はあい。では、お茶をお持ちしますね」

「エルス、おいらが運ぶよ」


 言いながら、ワーグが身軽に降りていく。夫婦仲が良くてなによりだ。

 サクラとペルデさんもこちらにやって来て、靴を脱いでテーブルの前に座る。


「このペースなら間に合いそうね」

「そうね。明日には荒野よ」


 ゴリラの群れが通過するであろう荒野を、決戦の場にすると決めてある。七日で到着の予定だったが、まだイスタルトを出て四日だ。サクラとファルの頑張りには、頭が下がる。


「おまたせしたっすー」

「ウイトちゃん、お菓子もあるわよ」

「おかしたべゆー。えるたん。おかしっ。あいっ」

「はい、どうぞ」


 菓子は大麦の粉に砂糖を入れて焼いた、ごく単純なものだ。それを回りに配りながら、ウイトが食べる。俺も渡されたが、懐かしい味がした。


 東北地方の、小さな港町。十代の大半を、そこで過ごした。ませた子供だったのだろう。あまり人に懐いた記憶がない。

 剣道の道場に通ったのは、小学生の頃だ。長くは続かなかった。真剣を持ったつもりで、練習や試合をする。足捌きや振りが上達しても、試合に勝っても負けても、こんな事がなんの役に立つんだと思った。

 道場を辞めて、庭で竹刀を振る事にした。幸い田舎の、それも山の中腹に建つ実家には広い庭があり、来客も稀だった。子供なりに考えて、毎日竹刀を振り続けた。相手より速く斬る、殺せる力で斬る。まず考えたのは、それだ。

 やがて、斬る感覚を知らねば、素振りに意味はないと思った。思ってしまった。

 蔵の奥にある日本刀を持ち出し、抜こうとすると震えがきた。

 人を殺す武器。自分の生活には、必要のないもの。何故それを抜こうとするのか。答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。

 飛んだ。顔の擦り傷が痛いと思う前に、何があったのか確かめると、爺様が刀を左手に下げて立っていた。

 何をする。言う前に、蹴られた。腹。何度も、何度もだ。家族ともめったに会話しない爺様。本気で怒らせたらしい。なら、気の済むまで蹴れ。頭のおかしいジジイなんて、怖くない。蹴れ。睨みつけながら、思った。

 見せつけるように、刀が抜かれた。美しい。それだけを、強く思った。眉間に突きつけられた切っ先も、美しいと思いながら見ていた。


「武器を持つなら、殺される覚悟が必要だ。お前にはそれがないだろう」

「ある。爺ちゃんにはわからないんだ!」

「なら、死ね」


 首に刀が添えられた。この頭のおかしいジジイは、斬る事を知ってるんだ。何故かそれを理解した。殺される。斬られてしまう。小便を漏らしながら、俺がジジイを殺すにはどうしたら良いかを考えた。

 地面を濡らした小便を見たからか、刀が首から離れようとする。

 殺す覚悟と、殺される覚悟。した。今ここで、覚悟した。

 引かれていく刀が、スローモーションに見えた。左の拳を叩きつける。いくら頭のおかしいジジイでも、孫の手を斬れば慌てるだろう。

 拳が、空振りした。失敗。でも、まだやれる。殺されてもいい。枯れ木の枝みたいなジジイなら、中学生と喧嘩するよりマシだ。膝を狙え。蹴りぬけ。

 覚えているのは、瞬間移動したジジイと、ゆっくりと迫る足だけだった。

 気がつくと、あまり見覚えのない広い部屋だった。そこが親戚の集まった日に使う離れの広間だと気がついたのは、だいぶ時間が経った後だった。

 目の前に、氷の入った白い乳性飲料のコップが置かれた。そういえば、夏だった。


「飲め。話がある」


 擦り傷には絆創膏。腹は痛むが、飲み食い出来ないほどではない。正座するジジイの右に置かれた刀を見ながら、ゆっくり乳性飲料を口に運んで、吐き出した。暴力的な甘さで、エラが痛い。広間の隅に寄せてある座卓の台ふきんを掴み、ポットの湯をたっぷりかけて畳を拭きに戻る。


「吐き出すほどまずいのか?」

「原液、これ原液!」


 ぴんと来なかったのだろう。爺様は曖昧に頷いた。

 自分で作り直した乳性飲料を飲みながら、爺様の話を聞いた。

 戦争。戦場。そこに、望んで行った爺様。

 犯されて殺される自分と同じ年頃の少女の話は、聞いているだけで辛かった。爺様もしたのかとは聞かなかった。あまり話した事はないが、そんな事が出来る人間ではないと思えた。

 銃と爆弾。飢えと狂気。人は、獣に劣る。

 それでも爺様は、獣にはなったが、獣以下にはならなかった。

 その理由が、刀なのだと爺様が言った。


「刀のない僕は、獣以下になるんだね」

「この国は平和だ」

「・・・僕は、頭がおかしいんだ。みんなが喜ぶ事で、喜べない。嫌がるタカシ君にボールをぶつけても、楽しくないんだ。だから喧嘩になる。みんなが知らない事ばかり、知りたくなる。この街じゃない場所に行って、いろんなものを見たり聞いたりしたい。そんな事を言う友達はいない、だから一人だ。わからない事を聞くと父さんは、見なくていい事があるって叱る。でもテレビのニュースを見てたら、見なくていい事ばかりなんだ。おかしいんだ。何がおかしいのか、考えたんだ。僕は、頭がおかしいんだ!」


 涙が畳に落ちて、ぽたぽた鳴った。

 しばらく泣いてようやく、抱きしめられて背中を撫でられているのに気付いた。それが嬉しいのかどうかもわからないまま、泣いた。

 次の日から、爺様に剣術を習い始めた。


「カイト。カイトったら!」

「・・・おう。ぼんやりしてた。わりぃ」


 全員が、心配そうに俺を見ている。


「考え事?」

「いや。菓子の味が懐かしくてな。ガキん頃の夏を、思い出してた」


 テーブルが、微妙な空気に包まれる。

 どれ、ジェイクとワーグに、大人のおもちゃの話でもしてやるか。魔法で振動させるとか言えば、たぶん大丈夫だろう。



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