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一宿一飯の恩41




「はじめまして、皆様。天秤神殿の大神官、レリナと申します。このような内々のお集まりに顔を出す非礼を、どうかお許しください」

「いえいえ。こちらこそ、知恵をお貸しして欲しいというのに、お呼び立てして申し訳ないです。さて、みなが揃いましたのではじめますか。まず二神殿の大神官に、議会を離脱した理由、戻るための条件。それからお伺いしたい」


 武神殿の大神官が、ゆっくりと頭を下げる。その礼も、正座の姿勢も、見事という他にないほど美しい。現場から離れても、武人は武人だということか。おれの異世界初日に、あんなにもあたふたしていたおっさんと本当に同一人物か、これ。


「異国のお客人もいらっしゃいますので、名乗らせていただきます。武神殿の大神官、ノイス・デラーニ。武神殿と神殿に属する印持ちは、民のために存在します。貴族どものくだらぬプライドのために、指の一本も動かすつもりはございません。議会に戻るとすれば神子様のご命令か、現議会の全員が隠居し、席を譲られた後進が民を優先する政治をすると誓い、その言葉をレリナ殿が真実と判断した時ですな」


 戻る気ねえじゃん。


「魔法神殿大神官、ワンテュ・イナリスですじゃ。議会に戻る事は考えられませぬ。我等は魔法神様とその神子様の御心にのみ従いますのじゃ」


 さらに強硬なのね、婆ちゃん。さて、どうしたもんかねえ。


「天秤神殿はどうですか、レリナさん」

「大陸法典にはこうあります。政を行うには私心を捨てて当たるべし。道を違えた者を導くのも天秤神官の使命ですが、正道を行く者に困難があるならば、それを補佐する事が優先されます。今言えるのはこのくらいですわね」


 これはまた。国割るならあんた達を補佐するのを優先するよ。この街のバカは後回しだよ、ってか。


「二神殿の議会復帰は無理か。貴族特権なしだから、今まで平和に暮らしてたんだがなあ」

「見る相手、見られる相手、比べる相手が出来たのがきっかけかもしれぬのう。我が国がそれだとしたら、申し訳ない事じゃ」

「フウリ達のせいじゃないでしょ。だいたい、あの城主達ははじめて見た時から怪しかったのよ。精霊が離れてないのが、不思議なくらいだわ」

「議会の発足とその主要議員である事が、特権意識を育てたのかもしれません。カイト様が事を丸く収めたいのは理解していますが、あの案まで議論したほうが良いと思われます」

「精霊の長様、その案とはどういったものでしょう」


 ファルの視線が俺に向く。許可が欲しいという事か。頷きを返す。


「ファルで構いませんよ、レリナさん。二神殿が議会からの離脱を宣言したと伝えた時です。一人でも武器を抜いたら、神子として介入する。場合によっては二神殿の希望者連れて、港の遺跡で一年暮らすぞ、とカイト様は即座にそう言いました。何の迷いもなくです」


 場に沈黙が降りる。


「武神殿はどこまでも神子様とともにあると、武神様にお誓いいたします」

「魔法神殿もですじゃ」

「亡命にしろ建国にしろ、天秤神殿はお役に立てますわ」

「はい、ちょい待ち」


 一気に纏まりかけた意見に、水を差す。勢いで、亡命や建国なんてしてたまるか。


「ちなみに我が国は、亡命も建国の助力も喜んで引き受けるのじゃ」

「だから待てっての。俺とサクラがいた世界には、分裂した民族の悲劇なんて山のようにあった。俺が言うのは、最悪の事態を想定しての案だ。初手にそれを選ぶんじゃねえよ。まずは、どうにかイスタルトで暮らす算段だ」

「議会の出方次第よね。圧政を敷く可能性はあるのかな」

「法を変える事は不可能ですわ。天秤神官は学校で教えますの。大陸法典にそぐわぬ為政者は天秤神殿の判断により、武神殿と魔法神殿にその座を追われると。ですからそんな事をすれば、民が黙ってはおりませんわ」

「なら議会が何かしでかすのは無理だな。ああ、暴発の危険はあるのか」

「暴発した瞬間に、精霊に見放されますね。抜け道もないでしょう。兵に民衆をどうこうせよと命じても、街の奥様方が一ひねりです」

「身動きすら出来ねえじゃんか、議会。なに考えてんだか。亡命も建国も必要ねえだろ、この状況じゃ」

「神子様、何も出来ないのが問題なのです。このままではいずれは、議会は選択しなければなりません。我々に頭を垂れるか、勝ち目がなくとも暴発するかです」

「暴発したら、斬ればいい話じゃねえんですか?」


 全員が驚いている。あれ?


「ちょ、ちょっとカイト、さすがにそれはないわよ。ここは地球じゃないんだから」

「ああ、強制労働させんのか」

「違うって。あのね、暴発するだろうと予測しながら、何もしないのは罪なの」


 なんだそれ。徹底してんなあ、さすが理想郷。


「なら、歩み寄る努力をするのが一番なんじゃねえのか?」

「議会への参加が、その歩み寄る努力でしたの。そして今日、その努力が否定されましたわ」


 やたら恐縮したと思えば急に丸投げしたりする、不思議な会議はこれが原因か。


「予兆はあって、それが顕在化して決裂したと。まいったねえ、こりゃ。そういやジェイク達は黙ってるが、お前さん達の立場からするとどんな意見なんだ?」

「某はカイト殿の意見とほぼ同じですが、巻き込まれる者達が不憫です。親兄弟ならば、精霊に捨てられても協力するでしょうし。結婚相手と離れ離れになろうとも、街を出るべきですな」

「ペルデさんは?」

「印持ちに、知人や友人を斬らせる事はさせたくありません。すぐにでも希望者を募って、港に向かうべきかと」

「斬るのは俺がやるとしたら?」

「今すぐ街を出るべきと言いなおしますね」

「俺は平気なんだがなあ。ワーグは?」

「難しい事はわからないっす。ただ、この街が皆さんにふさわしいとは思えないっす」

「エルスさんは?」

「部外者の私から見ても、神子に見放される城主は危険です。食料と住居にあてがあるなら、フウリ様を背負って今すぐ逃げ出したいですね」


 俺以外は街を出るで意見が一致か。既婚者はまだいいが、ガキは婚約者と引き離されるんだよなあ。小ずるく立ち回って、民間レベルの交流と商取引を継続したまま国造りかねえ。


「ファル、港に建物はあるのか?」

「それはもう。この街より少し小さな港町ですから、希望者がどれだけいても大丈夫です」

「マジかよ。それでも当時の住人は全滅なら、街の中は魔獣だらけか」

「それが、埠頭を含めた城塞都市の建築物すべてに、自然に寄り添う精霊達が保護魔法をかけています。魔獣どころか、劣化すらありません」

「美しい港町であったのう。遠く斜面には葡萄も見えた。そういえば、サクラかファルが門を開けてくれたのじゃろ。皆で、さすがは魔法神のおられる国だと感心したものじゃ」

「私じゃないわよ」

「私でもありません。なら誰が・・・」


 決まってんだろうよ。


「サクラ、過保護な母ちゃんに、町の意味もついでに聞け」

「わかった」


 誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


「鍛冶神は古き友。その愛娘を歓迎したまで。港町は持参金に代えて。だって」

「こんな事態を予見してたってのか?」

「・・・もしかしたら使うかも、くらいみたい」


 変に疑って薮蛇はごめんだ。納得しとくか。


「カイトが礼を言っていたと伝えてくれ」

「はーい。・・・おお、麦や野菜に果物も毎年育ててたから、昔より豊富なくらいだって。水源も」

「もう驚くのやめるわ。くれぐれもよろしく伝えてくれ。そして皆さん、二人の神子が希望者を募り、港町の開拓に向かいます。出立はゴリラの群れを倒した後。海産物が獲れれば、イスタルトにいい値で売れるでしょう。希望者の選定を、三神殿にお願いできませんか?」

「選定はもちろん、告知と議会への説明も天秤神殿が請け負いますわ」

「戦士は選定ではあまり役に立ちませぬが、力仕事は武神殿ですな」

「神子様方の御心のままに。魔法神殿は道行きと護衛の準備をはじめますじゃ」


 面倒でもやるしかない、か。



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