一宿一飯の恩39
「来た来た。もうすぐ森から二km。ファル、そろそろやるわよ」
「ええ。ゴリラは、背の白いのを頂点とした三角形ね。とりあえず円形で結界かしら」
「そうね。じゃあ、いっきまーす。はいっ」
「カイト様、結界張りました。現在、ゴリラが見えない壁を調べています」
「しばらく様子見だ。無理に結界を破ろうとしないなら、魔法で攻撃しよう」
腕を組んで、目を細める。細部までは無理だが、約一km先のゴリラが何をしようとしているかくらいは見て取れるのだから、冥護は本当にありがたい。
「石槍では破れないね。わあ、殴ったよ。痛そー」
緊張感ねえなあ、サクラ。
「一点に三体で連続攻撃。それも弾きました」
「それを試すなら、一番隊でも連れて来いって話よね?」
知らんがな。
「そういや、俺の刀は結界斬れんのか?」
「わかりませんが、試すのは簡単です。どうぞ」
ウイトの遊び用に色を付けた結界の小型版が、五メートルほど先に現れた。
「刀を傷めたらと思うと、簡単には試せねえなあ」
「お待ちください。・・・鍛冶神の武具は壊れないそうです。フウリが保障すると」
「やけに重い、この鞘もか?」
「・・・そうらしいです。こちらにはない金属で、鈍器として使用しても良いと」
とんでもねえな。俺なんかが持ってていいのか、この刀。
自然体からの、居合い。見よう見真似だ。鞘走りを意識して、後は刀を信じれば良い。
「ふっ!」
淡く青い結界の壁が、キラキラと舞う。
「お見事っ! よっ、今半次郎!」
「それじゃ肉屋の次男じゃねえか。しかしダメだな。声を出さなきゃ斬れねえとか、居合いの冥護はねえらしい」
肉屋の次男がツボったのか、サクラが泣くほど笑っている。趣味といい笑いのツボといい、常人とかけ離れすぎだお前さん。
「カイト様には結界が効きませんか。まあ、手篭めにする必要はなくなりましたから、逆に安心ですね」
何する気だったんだよ、おい。こええよ。
「それより、もういいんじゃねえか?」
「許可をいただけるのなら、すぐにでも試します」
「一応、呼びかけてからだ。言葉がわかるなら、武器を捨てろと。二度言って捨てないなら、攻撃開始」
「了解です。・・・伝えました。辺りを見渡しながら、低い声で囁き合っています。武器を捨てる様子はありません。二度目の勧告します。・・・一体が投石。三体とも、武器を捨てる様子はありません」
あの感覚が冥護によるものなら間違いないとは思ったが、やはり殺すしかないらしい。
「まずは一体だ。人に近い形だからな。痛めつけるのが心情的に無理そうなら、一撃で殺してやってもいいぞ」
「大丈夫ですよ。サクラも私も、人を殺す覚悟すら出来ています。若そうなゴリラから行きますね。まずは風。肘から先です」
一体のゴリラが、弾かれたように転がった。
「やった。魔法が通る」
「血は赤ですね。あら、駆け寄ったゴリラが紐で止血しています。そんな知恵もありますか。次は土、膝です」
「グロイねえ。そうだ、誰も見てないから水はウォータージェットでいいんじゃない?」
「こうかしら」
「おー、切れた切れた」
年頃の娘二人が、こんな口調で話しながらゴリラの手足を切断。違和感すげえな。
「最後の足は膝下を焼き尽くします。火も効きますね。脱臭も完了。次はサクラよ」
「出来れば頚動脈だけ切って、綺麗な骸にしてくれ。印持ちに見せて試し切りもさせてえ」
「ん。これでいいかな」
弓を持ち、腰を上げる。矢筒のふたを外して一本ずつ少し持ち上げ、バランスに狂いがないか確かめていく。良し。
「百まで接近して、矢を番えたら結界解除してくれ。弓でダメなら刀を使う」
「無茶しないでね」
「了解です。魔法の手ごたえではそこまで堅いとは思えませんでしたが、どうかお気をつけて」
「おうよ。じゃあ頼むな」
待たせても悪いので走る。ウイトにも早く会いたい。泣いてねえかな。ちゃんとメシ食ったかな。帰ったら、みんなでジュース屋さんにでも行くか。
一体だけ残されたゴリラが、百メートル先で俺を睨んでいる。無残に死んでいった仲間の仇、そんな感情があるのだろうか。
「獣と獣だ。恨むんじゃねえよ」
番え、引き絞る。
結界に足止めされていたゴリラが、駆け出した。
放つ。
首の真ん中から矢を生やしたゴリラ。血が散った。止まらない。もう一矢。当たる。眼窩を貫く。射る前に、確信した。
音を立ててゴリラが転がる。走っていた勢いもあるから、まるで交通事故だ。ピクリとも動かない体に、もう一度矢を放つ。
(空間魔法に入れていい?)
右手を上げると、骸が消えた。
また走り、二人の元へ戻る。
「お疲れ様です。お見事でした」
「お疲れ様。そんなに急がなくてもいいのに」
「あー、なんだ。ウイトも心配だしな。そうそう、弓を頼む」
にやにやしながら弓を仕舞うな。
「じゃ、帰ろっか」
「フウリには終わったと伝えました。歩きながら、会議に念話をします。あちらの都合次第では、街に戻ったらすぐゴリラを届けに行きますね」
「よろしく頼む。おいサクラ、そんなに急がなくていいぞ」
「私も早く、ウイトに会いたいもん」
これで数日後には、この街の方角になんらかの危険があると、ゴリラの群れに知れるのだろう。十日かかれば良い方か。危険を避けるか、踏み込むか。
来るのなら、戦うだけだ。




