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一宿一飯の恩38




「おまたせっ。状況は?」


 長い距離を走って来たサクラが、息を切らせながら言った。靴のまま毛氈に座り、ファルの差し出した水を飲み干す。

 ファルが豆パンを三つ出して配った。食いながら話すか。


「いただきます」


 二人も声を合わせて、いただきますをする。


「二足歩行で腰に毛皮を巻き、石斧と石槍で武装したゴリラが三体」

「なんですって。まるで猿人じゃない!」

「まだある。年長のゴリラが若いのを指揮している」

「それって・・・」

「魔犬の群れを狩るのに、単純な作戦も見せた。斥候の可能性は高い」


 どうしたもんかねえ。お、たまに食うと豆パンうめえなあ。


「ヤバイなんてもんじゃないわね」

「まあな。それよりサクラ、領域内のゴリラを探せ」

「それならファルに頼みましょう。その方が早いし正確」

「じゃあ、休憩中のゴリラの監視はサクラにお願いするわね。カイト様が、折れた石槍の柄を加工するところを良く観察して欲しいそうよ」

「了解。これね。・・・カイト、槍も斧も研がれてる。これじゃ新石器時代よ!」


 鉄を使い出す一歩手前か。こちらの人類のように文明の発達がほとんど進まないなら良いが、そうでないならとんでもない事になる。


「ごちそうさまでした」

「いました。南に群れ。約千体です」

「軍か?」

「授乳中のゴリラがいます」

「朗報だな。斥候が一隊だけとは思えない。伐採部隊や調達者は無事か?」

「群れがだいぶ西寄りです。群れから北方向に三体。東方向に三体。その中間がここです」

「なら大丈夫か。婆ちゃん大神官に念話して、武神殿と城の代表で会議の用意をしろと伝えてくれ」


 八方に斥候を放っての移動。作戦どころか、戦術や戦略まで考えている魔獣なのかもしれない。いや、魔獣ですらないのか。


「柄の加工するみたい。私の身長くらいの木、他の槍より太いよ。枝を石斧で落としてる」

「生木だから太くしたんか」

「石斧で先端を割った。・・・穂を差し込んで、皮紐で巻いてる」

「わかった。監視を続けてくれ」

「カイト様。神殿と城はジェイク達の一報で会議の準備をしていたそうです。こちらから、情報を渡してよろしいですか?」

「もちろんだ。常時念話を繋いどいて、会議に参加で構わねえよ」


 政治に関わる事はしないが、こっちは戦闘が本職の神子だ。

 それに、この街には恩を受けた。それは返す。


「感謝の言葉が長々と続いています。時間の無駄ですし、面倒ですね」

「武神の神子から伝言だと言え。こちとら日本人だ、一宿一飯の恩は返す。以上」


 鯉口を斬り、音を立てて戻す。

 そういえば、あの猿の魔獣はどうしただろうか。

 二人も昼食を終えたらしい。ごちそうさまでしたの後に、新しい茶が注がれた。


「フウリから念話。こっち来ていいかだって」

「ウイトを頼むと伝えてくれ。で、ゴリラや知性のある魔獣について、情報があれば聞いといてくれ」

「ん。・・・武装してるって言ったら、絶句したよ。・・・おおっ、ナイス提案。鉄箱車にいつものメンバー乗せて、こっち回ってもいいかだって」


 たしかにあれなら、結界が破られても中にいれば安全だ。


「その発想はなかった。礼を言って、そうしてもらえるとありがたいと伝えてくれ」

「・・・すっごい喜んでる。年上だけどかわいいのよね、フウリ。あ、エルスも一緒でいい?」

「ああ。知らない街に嫁さん一人じゃ、ワーグも働きが鈍る」

「ありがと。・・・食糧とか買い込んで、夕方には到着したいって」

「了解。会議はどうだ、ファル」

「体面にこだわりすぎですね。それに、神子二人が自分達より上の存在だという考えが拭えず、とても指示なんて出せそうにありません。もうカイト様が王で良いのでは?」

「そんで大陸から魔獣を根絶やしにするまで、何千年と戦い続けんのか。お前ら抱く時間もねえな」

「カイト様に王は似合いませんね。ええ。調達で慎ましく暮らしましょう」


 さすがファル。大陸の明るい未来と自分の桃色の未来を秤にかけて、迷わず自分の欲に従いやがった。


「こっちから聞こう。斥候を帰して街の位置を知られるか、斥候を倒して街の位置に見当をつけられるか、どちらを選択するか聞いてくれ」


 今までなら、群れる魔獣には攻撃魔法が効いた。そうでなくとも効きが悪い程度なら、勝算は充分にあるはずだ。知性があれば、危険を恐れる。


「斥候は帰したくないが、神子様にそれを願っていいのかと議論がはじまりました」

「今から狩ると伝えろ。サクラはフウリに念話、夕方前に終わりそうだと」


 戦闘前の一服といくか。


「これからも鉄箱車は使うだろうから、準備はこのままするって。ねえ、もう車で良くない?」

「だなー。あ、火ぃくれねえか」

「どうぞ。今後の対応を話し合うため、会議は続けるように言いました。それを吸い終えたら、はじめますか?」

「そうだな。匂い流して、来ないなら結界に閉じ込めちまえ。魔法が効くかの確認の前に、結界のテストだ。のこのこ来てくれたら、森から二kmの位置で結界に閉じ込める。魔法が効いても、一体は残せよ。武器が通るかも確かめる。んじゃ、やるか」

「では、はじめます」

「俺の匂いは抜いて流してみな。発情したら儲けもんだ」

「了解です」

「忘れてた。サクラ、弓くれ」


 矢筒はいつも右腰につけているが、弓はサクラの空間魔法の中だ。


「はい、弓。魔法、効くといいなあ。おー、反応したわね。辺りを見回してる。発情してはいないみたい。三体固まって、草原に近づいてる」

「まあ、適当に油断してる芝居でもしてりゃいい」

「なら、こうです」


 ファルが抱きついてくる。


「ズルいっ!」


 サクラも追加だ。弓を置いて腰に手を回すついでに、尻を撫でる。二人とも、甘えた声を返してきた。


「群れから離れてきてる斥候がこれ見たら、怒鳴り込んでくんじゃねえか?」

「んふー。いいじゃん。見せつけてやるわ」

「んっ。同意します。あら、目がいいのか三km先からこちらを見て、槍で素振りしました。本当に怒ってるんで、あんっ。もう、いけないお手てですね、カイト様」


 ファルの瞳が潤んできた。これ以上は洒落にならない。


「冗談だ。そろそろ戦闘に備えるさ」

「姿を隠しながらこちらに向かってますから、かなり時間がかかりますよ。その間に楽しんでてもいいくらいです」

「ちょっとファル、初見の魔獣との戦闘前よ。いい加減にしなさい。それとも、人に近い知性を持つ魔獣に見られながらしたいの?」


 明らかにからかい目的の最後のセリフだろうが、それを聞いたファルがぶるりと震えながら俺に抱きつく力を強めた。目がとろんとしている。

 サクラがドン引きだ。自重しろ、ドM。



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