一宿一飯の恩37
魔犬の群れは、剣の稽古相手として悪くない。
素振りで体を慣らすように、一匹、二匹と数を増やしていく。
「どうしたワーグ、五匹相手じゃ犬にも劣るかっ!」
「うおおおおっ!」
体育会系の雰囲気丸出しで煽るジェイク。気合を入れて魔犬に斬り込むワーグ。どちらもウザいな。
いざとなれば介入するために、ファルとペルデさんが真剣な表情で戦闘を見守っている。
「お疲れ。休憩だ。ファル、水を出してやってくれ」
「まだやれるっす!」
「次は魔法と連携取りながらだ。ペルデさんの練習も兼ねるから、ミスは許さない。休め」
「はい。ありがとうございました。休憩するっす」
ワーグはようやく片手剣の血を拭い、左腰の革鞘に納めた。荒い呼吸の合間、ファルに礼を言いながら水を受け取っている。
槍の拵えは今日の午後に終わるらしい。だが、しばらくは剣の稽古になる。槍が達人の域なら、剣は上級者止まり。イスタルトに滞在するうちに、槍ほどでなくとも剣を使いこなしてもらおう。片手剣なら、小楯を持たせても良いかもしれない。
車座になり、茶を飲む。俺とジェイクはそれに煙草だ。
「カイトさん、ジェイク兄。煙草ってウマイんっすか?」
ジェイクと顔を見合わせるとすぐ、「止めてください」と小声で言われた。お母さんかお前は。
「うまくはねえな。習慣性があるから、やめられないだけだ」
仕方ないので嘘を言う。うまいに決まってんじゃねえか。
「武人が嗜むものではない。カイト殿は体に影響がないからいいが、某のは悪癖だな」
「やっぱ昔は荒れてたんか、ジェイク?」
慌て出しやがった。図星だな。
ペルデさんがくすくす笑っている。
「やんちゃしてるジェイクか。想像すると笑え・・・」
南風に吹かれた瞬間、頬が粟立った。首、肩、胸とそれが広がってゆく。
「ファル、結界に残る魔犬をすべて処分しろ。終わったら、最大強度で俺達に結界。急げ」
「魔犬の処理、終わりました。五メートル間隔で三重に結界を構築。私の全力です」
何も聞かず、ファルが指示に従った。どこでこんな呼吸を身につけたのか気になるが、今はただありがたい。
「最悪、俺とファルが残る。その時は、ジェイクの指揮で撤退。そのまま門内の守りにつけ。サクラが来たら、ペルデさんにウイトを頼みたい。いいか?」
「承知しました」
「そんなっ、魔獣ならおいらも・・・」
「黙れ、ワーグ。カイト殿の指示に従わぬ奴は某の敵。斬るぞ?」
「落ち着け。今からファルに見てもらう。最悪、と言っただろ。ファル、精霊に頼んで南を見てくれ」
ファルの言葉を待つ間、刀を地面と平行に差し直す。激しい足捌きになるなら、この方がいい。森に入るなら別だ。
「地球で言う、ゴリラが三体。南門寄りの森です。森から五kmの範囲に、初見の魔獣はそれだけですね」
「またかよ。ここはアフリカじゃねえぞ」
「まだあります。二足歩行で手に石槍、腰に石斧。毛皮を腰に巻いています。食事中ですね。一体に魔犬一匹。生食です」
おいおいおい。
「監視を続けてくれ。ペルデさん、申し訳ないですがサクラに念話を。西門通用口でペルデさんにウイトを預け、俺とファルに合流しろと」
「わかりました」
ゴリラが動物ではなく、野蛮人だとされていた時代があると、何かの本で読んだ気がする。
性器を隠す羞恥心。毛皮を剥ぐ、石器を作る、知恵と技術。武器を使うに適した、体の構造。さらに雑食だとしても、魔犬を喰らう。それはもう、新たな人類ではないのか。
地球のゴリラと同じく、臆病な種ならまだいい。だが、ゴリラが人間並みに欲望を持つなら、戦争も考えなくてはならない。
(了解したわ。すぐに向かう)
「サクラから念話が来た。ジェイク、西門は頼む。可能なら、他の門にも武神殿から増援を出してくれ。ペルデさん、門内に着いたら神殿に念話して、西門と南門を使用禁止にした上で、伐採と調達に出てる人達を街に戻して欲しいと伝えてください。泊りがけの調達者には、サクラが念話を飛ばします」
「承知。すぐに向かいます」
「わかりました。各門へ増援も出すように進言します。それと、幸い泊りがけの調達にはどのグループも出ていないはずです」
「伐採と近場の狩りだけか、ツイてるな。頼みがある時はペルデさんに念話する。なるべく一緒にいてくれ。ワーグ、フウリを頼むぞ。もし出て来ようとしたら、止めてくれ。ペルデさん、ウイトをお願いします。わがまま言ったら、がっちり叱ってやってください」
それぞれ了承の返事をくれた三人が、西門に引き上げてゆく。
「言語はどうだ?」
「吠えているようにしか聞こえませんね。食事を終え、森の円をなぞるように西に移動開始」
「こちらに来るなら、少し引くか。森から三km距離を取る。他の魔獣と戦闘になったら、良く観察してくれ。せめて、魔法と飛び道具の有無を知りたい」
何かを待つ時間は、とても長く感じる。何度か煙管を使いながら、じっと待つ。
「ゴリラ、魔犬の群れと接触します。低い唸り、指示でしょうか。一体が左に回り込むようです」
「知能が発達してるなら、かなり厄介だな」
「ゴリラは温厚な動物でしたよね」
「この世界では違うようだ。冥護だとは思うが、南風に吹かれた瞬間、頬から胸まで鳥肌だ。敵の気配としか言えねえよ。あれが何か、魔法神に聞くのはダメなのか?」
「詳しくは知りませんが、神にも制約があるようで、神子へといえども無制限に物事を教えられないようです。危険が迫るとかその危険が何かとかは教えられないから、注意だけは怠るなとサクラと私は言われ続けていました。戦闘、はじまります。・・・回り込んだ一体が投石。大きく吠えました。声ですね、これ。嘲る雰囲気です。引き付けた所へ、二体が踊り込みました。槍が速い。ワーグの突きに負けていません。あっ。最後の魔犬を槍ではなく拳で殴り殺しました。槍が折れたようで、叱るような唸り声。槍が無事な二体は座り込みました。一体が何かを探しているような仕草です」
「槍の柄にする乾燥した硬い木だろ。叱った方のゴリラ、背中が白くねえか?」
「白いですね。何かを探す方は黒です」
勘弁してくれよ。街の外は魔境じゃねえか、この世界。
「年長のゴリラが若いのを率いてる。軍隊か、最低でも戦闘部族と戦うくらいの覚悟が必要だな。槍の柄をどうやって加工するのか、よく見ててくれ」
「はい。時間がかかりそうですから、こちらもお茶を飲みましょう。サクラが来たら、昼食ですね」
「ウイト、俺達がいないメシなんてはじめてだよな」
何気なく口にしたその一言で、ファルが今にも泣き出しそうな表情になった。こんな表情は見た事がない。慌てて、ファルの手を強く握った。
ウイトの名前を呟きながら、ファルは街を見ている。




