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一宿一飯の恩33



「魔獣接近! 速いっ!」

「ダメです、攻撃魔法通りません!」

「もう壁出すわよっ!」


 怒鳴り声が届く距離。

 高さ五メートルほどの石壁、その狭い出口の向こうに虎が見える。

 矢を番え、射る。何も考えない。刀を抜く距離は、決めている。

 矢が切れる前に、その時は来た。

 弓を放り、刀を抜く。やれ、ジェイク。


「おおおおおおっ!」


 狭い出口の虎の位置。大剣が、壁を砕いた。

 跳躍。駆けながら跳んだ。数本の矢が突き立ち、フウリが飛ばした剣で浅い傷を負った、毛皮の下の筋肉が歓喜している。


「らあああっ!」


 空中。その突きは避けられまい。

 槍を叩く爪。逸れた。浅く脇腹を突いた槍がすぐに引かれる。いい腕だ、ワーグ。引きの速さは、槍の巧さだ。

 走る。着地の前に一太刀。それでまた、次を生かせば良い。

 机のゴミを飛ばすように息を吐く。振り切った。虎の足首が飛び、血がしぶく。


「おらあああっ!」


 ジェイク。大剣。踏み込んで、叩きつけた。それで良い。見ろよ、虎が圧に負けて腰を落としかけた。飛びのけ、ジェイク。


「せらああっ!」


 槍が虎の頬を抉る。一間、待つ。三連突き。

 ワーグが引く。追わせるものか。

 声にもならない、息。無事な前足の肩に、切っ先が入る。もらった。腱と骨を断ち、振り抜く。


「傷口に攻撃魔法、ぶち込め!」


 ジェイクが虎を誘う。

 乗りかけた虎をワーグが浅い突きで牽制。

 待つ。

 傷口から血が溢れた。


「魔法の通りが悪いわ! 腱すら切れない!」


 なら、やる事は一つだ。


「やるぞ。合わせてみせろ!」


 前に出る。血だらけの顔と、睨み合う。もう、一歩。

 足首までしかない前足を軸足にして、爪が振られる。やるじゃねえか。腹のくくり方で、お前の生きた道が見えてくる。

 虎は、群れない。いつも独りだ。

 振られた前足の戻るべき位置を斬る。爪先が皮一枚繋がって揺れた。


「うおおおおおっ!」


 ここしかないと、ジェイクが踏み込む。

 背に大剣が食い込んだ。深い。断ち切れずとも、背骨は折れた。


「ここおおおおっ!」


 虎の胸に槍が埋まる。口金までも。

 傷もそれを与えた二人も一顧だにせず、虎の牙が俺に迫る。

 振り上げ、打ち下ろす。

 素振りの太刀筋。抑えた呼気。三歩下がり、残心。

 頭を割られた虎が、音を立てて倒れた。


「お疲れさん」


 納刀して声をかけた途端、ワーグが座り込む。ジェイクも大剣を杖にしてようやく立っている。


「良い勉強をさせてもらいました。ワーグ、立て。カイト殿より先に我等が崩れ落ちていいのは、最後の時だけだ」

「はい。見苦しいとこをお見せしたっす。カイトさん、勉強になりました。ありがとうございました」


 物騒な話だ。俺の前で死ぬな。言いたくても、口には出しかねる。


「ジェイク、これほどの剛剣があるのかと心が震えた。二人で土下座してでも、フウリに剣を打ってもらおう。重さとバランスを好みにして、切れ味を上げる。考えただけでわくわくするな」

「・・・鍛冶神の神子殿がどれほどイスタルトに滞在なさるか存じませんが、某如きの剣を打つ暇はないでしょう。お言葉だけは、ありがたく受け取りますよ」

「だから、二人で依頼すんだよ。ウイトの子守もする男の剣を新調するんだ。嫌味の一つでも言う奴がいたら、ぶん殴ってやる」

「だからカイト殿が殴ったら、相手は死んじゃいますって」


 苦笑しているが、納得してくれたならそれで良い。


「ワーグ。俺の故郷では槍の名手だけが、柄を朱に塗る事を許されたそうだ。ジェイクの親父さんは腕の良い職人でな、武具の拵えもやるんだ。赤が嫌いじゃないなら、柄に革を張ってその上に糸を巻いてもらうか。こちらの夏は日差しがきつい。朝から調達に出たら昼過ぎには、金属槍は持てなくなるほど熱くなるぞ」

「そん、なっ。おいらなんかが、そんな由緒ある拵えの槍を使うわけにはいかないっす」

「何を言う。お前ほどの槍の使い手は、イスタルトにもいないぞ。なんだあの連続突きは。一呼吸で三度の突きとは、自分の目を疑ったぞ。それに、カイト殿が許したのならそれでいいだろう。誇れ」

「わかりました。連続突きは練習はしてたんっすが、あの速さで三連が成功したのははじめてっす。武神様に心からの感謝を捧げます。いつかご先祖様みたいに、魔獣が前足を上げて下ろすまでに五連突きを決めるのが目標っす」

「まだ若いんだ、届くさ。それよりそろそろ行くぞ。疲れは街で癒せばいい」


 鉄箱車に目を向けると、屋根まで石の階段が出来ている。あの魔獣の進路を限定させた壁に比べたら簡単なんだろうが、俺からすると魔法の無駄遣いに思えてならない。


「お疲れさん。フウリ、冥護の攻撃ありがとな。サクラとファルも、壁をありがとう。ペルデさんも、よくこの二人に魔法を合わせてくれた。ウイトも応援ありがとうな」


 ウイトの「あいっ」と笑顔。サクラのドヤ顔。ファルの嬉しそうな無表情。ペルデさんの微笑。フウリの表情だけが優れない。


「フウリ、どうした?」

「恥じておるのじゃ。駆け寄る魔獣にちょこちょこ攻撃しただけで、何の役にも立ってはおらぬ。虎が飛んでからなぞ、そなた達の戦いに見惚れるばかりで、手出しの一つも出来なんだ。神子だのとおだてられながら、二千年も生きてこれかとな」


 二千歳に突っ込んじゃダメなんだよな、これ。


「そんな事はないわよ、フウリ。あなたが虎の足を狙ったから虎は跳躍を見せて、私達はそれに対応して高く壁を出した。低いままなら飛び越えられて、誰かが怪我をしたかも知れない」


 サクラにはじめて呼び捨てにされて喜んだフウリだが、すぐにまた表情を曇らせた。


「そうじゃろうか・・・」

「それに、失敗なら私とファルもしてるわよ。虎が飛んだ瞬間に魔法でジャンプを押さえたら、ジェイクさんの剣が当たって戦闘は楽になったはず。出来なかった私達は、次は出来るようにするだけよ。だから一緒に次は頑張りましょ」

「じゃが、こんな役立たずなワシを、サクラはカイトに必要な人間だと認めないのではないか? カイトの槍を鍛えるのはワシの望みじゃが、女として人間として未熟なワシを、カイトのそばに置きたくないと思っているのではないか?」


 涙ながらにフウリが訴える。サクラもすでにもらい泣きだ。


「何を言ってるの、フウリはウイトのお姉ちゃんでしょ! もう大切な、私達の家族じゃない! そんな事を言ったら怒るわよ!」

「わかった。ワシは父神に誓うぞ。次からは、こんな醜態は見せぬのじゃ」


 どうやら話は纏まったらしい。


「フウリ、俺とジェイクからお願いがある。大剣を鍛えてくれねえか?」

「ふむ。たしかにあれほどの使い手に、その背の剣では足りぬのう。カイトの槍の次ならよかろう。ワシに任せるのじゃ」


 あれ? 嘘泣きしてたのかお前さん。


「槍より先がいいんだがなあ」

「すまぬが、鍛冶神と約束したのじゃ。武神の神子に会い、武人として認めたのなら、その刀に見劣りせぬ槍を贈る。男としてワシとワシの精霊が武神の神子を欲したならば、魔法神の神子に認められた上で側室となるとな。サクラには認めてもらった。第二夫人として、夫の槍を優先するのは当然じゃ」


 酸欠の魚のように、サクラが口をパクパクさせている。バカが、してやられやがった。

 どうすんだこれ。



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