一宿一飯の恩32
「ファル、例の奴はまだ着いて来てんのか?」
「はい。距離は変わらず。未明に他の魔獣を捕食していましたが、こちらを諦める気もなさそうです」
「神殿には伝えたんだな?」
「もちろんです。今日は西門からの調達だけと決めたそうですよ」
「そりゃ良かった。しかし、送り狼じゃなく送り虎か。この大きさの乗り物じゃ、大門開けるよなあ」
「人を餌と認識したなら、イスタルトはごちそうの皿ですね」
「草原で狩るしかねえな。そのつもりでいてくれ」
「では、戦闘参加者を集めて話し合いましょう。いつものメンバーにワーグとフウリでよろしいですね?」
「ワーグはいいが、フウリもか。無理はさせねえぞ?」
「当然です。冥護次第ですから、とりあえず話し合いには参加させるべきかと」
「了解。それで頼む」
一番に屋根に来たサクラが、毛氈をもう一枚出してテーブルを置く。茶と菓子の用意が終わる頃には、皆が揃っていた。
「突然の話で申し訳ないが、昨夜から鉄箱車を尾行する魔獣がいる。虎型でジェイクよりでかい。鉄箱車はもうすぐ森を抜け、一時間ほどでイスタルトに到着する予定だが、そのまま大門を開けて街に入るのは危険と判断した。草原に誘き寄せて狩る。草原は、森を出て東門までの約五km。魔獣に攻撃魔法が効くかは不明。なので、魔法が効かない前提で話し合いたい。じゃ、質問でも意見でも自由でいいからはじめよう」
茶で唇を湿らせながら、意見が出はじめるのを待つ。目的がはっきりしている話し合いは、一度意見が出はじめれば、結論が出るのは早い事が多い。地球でも異世界でも、それは変わらないだろう。
「まずは冥護の確認をせぬか? ワシはそなた達の冥護を知らぬ。その逆もじゃ。意見の出しようがない」
ありがたい。これで、フウリの冥護を聞いてから作戦を立案できる。
「なら俺からいくか。瞬きする間に怪我が治る。痛みは残るが、通常の怪我よりは早く痛みは引く。力が強い、足が速い。目が良く見える。そうだな、遠目と夜目はもちろん、飛びかかってくる魔獣の髭の靡きすら見える。後は刃筋。剣が何かを切り裂く時、刃が少しでも角度を変えると最後まで斬れないもんだが、俺が斬る時はそれがない。剣の刃が魔獣の体に入れば、思った場所まで斬れる。それとこの刀。切り裂くことに長けた故郷の剣だが、切れ味が最上なのはもちろん、何をどれだけ斬っても刃が鈍らない。そんなとこだ」
言いたくない事があるなら隠してもいいんだぞ、思いながらサクラを見やる。
「じゃあ、次は私ね。怪我が瞬時に治る。けどカイトみたいに痛みは残らない。すべての精霊と会話が可能。精霊に頼み事が出来る。だから、離れた場所を見たり聞いたり出来る。使えない魔法がない。魔法に使う魔力は人間で一番らしい。そしてファル。受肉した私の相棒。私がもう一人いるようなもの。以上、かな」
やはり、サクラにとってのファルは姉以上らしい。いつもいつも、なんだかんだで仲が良い。ファルがいなくて俺とサクラだけでこの世界に来ていたらと思うと、どれだけ感謝しても足りない。
「やはり、凄まじい力よな。ワシも怪我はサクラと同じじゃ。魔法はそこらの娘程度だが、鍛冶に関する魔法なら国で一番じゃった。魔獣に攻撃しようとしても焚き火程度の火が出るだけだが、武具を打つ際に火力が足りぬと判断すれば鉄をも溶かす火を出せ、鉄を生む魔法を一晩続けても息切れはせぬな。そして、創れない武具はない。質はカイトの腰にあるような鍛冶神の作には負けるが、それに次ぐ。そして、ワシが創った物に限り、ある程度だけ自由に動かせる。この鉄箱車がそうじゃな。戦う時は、武具を二つ三つ操って魔獣に当てて倒すのだが、四つ以上は無理じゃな」
「離れた場所から、魔獣に攻撃可能なんだな?」
「そうじゃ。猪の魔獣程度なら、一撃かのう」
ずいぶんと強力な冥護だ。それなら、大幅な戦力増強になる。
「で、この刀、剣が鍛冶神の作ってのは本当か?」
「間違いなく、そうじゃ。鍛冶神の神子じゃからの、間違えようがないわ。遥か昔、宴の席で時の神が、武神にいつか来たる神子の事を話したらしい。武神の喜びようは語り草になるほどでな。鍛冶神に息子の武具を打てと頼み込んで、自ら相槌を打って打ち上げた剣じゃ。強力な武器が溢れるほどある世界の息子が、何故に剣を己の武器と定めるか、そう言いながら嬉しそうに毎日毎日鍛冶場に通うたと聞いておる。ずいぶんと愛されておるのう?」
「神託の一つも受けた事がねえんだがなあ」
「神子はその神に似るという。カイトは成長したウイトが自分の見えている場所で何かしようとするとして、ああせよこうせよといちいち口を出すのかのう?」
それはない、断言する。どうやら俺は、父たる存在にそれなりに信用されているらしい。
「神に祈る気なんてこれっぽっちもねえが、ありがとう、って独り言が武神に届いたら嬉しいな」
「届くであろう。似た者同士じゃ」
「よし。これだけ時間をやれば、誰かなんかいい案が浮かんだだろう。誰から聞かせてくれる?」
全員が、視線を逸らす。勘弁してくれよ、おい。
「某とワーグは、カイト殿の言う通りに働くのみです」
「お前さん達がそれぞれの判断で戦闘する時もあるんだから、ちゃんと考える癖はつけろよ?」
「はい。ワーグにはこれまでのカイト殿の戦闘を事細かに伝え、それを二人で考えて話し合ったりしています」
「たまにはカイトの事も構ってあげてくださいね、ジェイクさん。最近二人がべったりだから、たまに寂しそうなんですよ」
「ないない。それより、魔法使いはどう動くんだ、サクラ?」
「いつもと同じよ。先にある程度の対策を決めてもらって、後は念話で思いついた策を伝えてフォロー。魔法が効かない時は、カイトの方針に従うのが一番安心だもの」
戦闘前にも、少しは考えてもらいたいんだがなあ。
「フウリはなんかないか?」
「サクラ達の隣で三振りの剣を操り、カイト達の邪魔にならぬように魔獣を狙うくらいかのう。戦闘の専門家ではないでの。やれるのはそのくらいじゃ」
結局は俺が決めるんかよ。
「森から二km離れたら停車。魔法使いとフウリは屋根から援護体勢。音と匂いで誘い出す。来ないなら弓の俺が囮に出る。攻撃魔法とフウリの冥護と俺の弓は射程に入り次第、各々の判断で撃つ。接近されたら、魔法で逆ハの字の高い壁を出すか。出口は狭く頼む。出口の先頭はジェイク。多分、虎は速い。剣は薙げ。タイミングはペルデさんの念話を信じればいい。続いてワーグ、間合いは任せるが、ジェイクの一薙ぎを生かせ。二人を守る結界はサクラとファル。ジェイク達を抜けるようなら、俺が刀で斬る。以上。質問は?」
風が変わった。見れば、森を抜けている。
下手したら、虎を刀で狩るのか。行者の無茶よりはマシだと、自分に言い聞かせた。




