一宿一飯の恩27
「おー。おっ。わあ。うきゃー」
「ウイト、楽しそうね。ところで千を数えてだいぶ経つけど、いつまで続けるの?」
夏の昼下がり、強い日差しの下で腕立て伏せ。ウイトは麦藁帽子をかぶり、背中の上だ。
「ウイトが楽しそうだからつい、な。そろそろ手足の置き場が汗で大変な事になってきた。ウイトだっこしてくれ」
「ほら、おいでウイト」
「うー」
「わがまま言う子はジュースなしよ?」
「だっこ!」
「食い気味にだっこせがんだな、ウイト」
「言葉を完璧に理解してるよね。夜泣きもおねしょもしない。天才かしら」
手足の泥を落としながら、ゆっくりと立ち上がる。滴る汗で、手足をついていた土は泥に変わっていた。
「ほら、泥を落として。熱中症は大丈夫?」
「ありがとう。口ん中がネバつく以外は平気だ。不老なのに老廃物出るとか、不思議だよなあ」
浮かんでいる水の玉で手足を洗い、サンダルをつっかけて玄関から家に入る。うがいの爽快感に驚いた。そのまま風呂の水で汗を流す。
「着替え置いとくよー」
「わりいなー」
「ファルが、ビールとお茶どっちがいい、だってー」
「茶でー」
脱衣所にサクラがいないのを確認して、着替えを始める。
サクラが今朝、神に何を見せられたのかは怖くて聞けないが、たまに俺をちらちら見ては顔を赤くしたりする。油断は出来ない。
「はい、お茶です。かなり温くしておきましたよ」
「ありがてえ。いただきます」
横を見ると、ウイトが嬉しそうにジュースを飲んでいる。一口飲んでは木杯の中を覗いて、カランと氷が鳴れば木杯を揺らして笑う。うちの子かわいすぎるんだが大丈夫だろうか。拉致されてどっかの神子にされないか、心配になってきた。
「ペルデが、船と連絡を取って欲しいと。いますぐやりますか?」
「条件やらなにやら聞いてからだ」
「わかりました。お待ちください。・・・補給は無条件で提供。・・・街への来訪と滞在も歓迎。・・・交易や印持ちの相互派遣は前向きに検討中。・・・何より、念話から運搬まで私達に頼らざるを得ない事に恐縮している。だそうです」
「気を使わせても申し訳ないから、ここから念話で中継すると。それと会議中のペルデさんにはサクラが念話。船とはファルだ。混線はしねえんだろ?」
「はい。伝えました。サクラ、ペルデをお願い」
「了解。うん、繋げたよ」
詰めた煙草に火を点ける。この優しい小さな火はファルだな。
「ありがとうな、ファル。じゃあ、船に呼びかけてくれ。一番強い精霊といる女にするか?」
「それがいいかと。こちらの状況は隠さなくて良いのですか?」
「当然だ。友好的に接するなら、隠し事はしない方がいい。さて、はじめての外国人か。お互い戸惑うだろうが、ファルならやれる。好きなタイミングではじめてくれ」
「呼びかけます。・・・っ!」
俺の言葉に間髪を容れず念話を飛ばした男前なファルが、たじろぎを見せた。
「相手は、鍛冶神の神子です。個性的な口調で驚きました。・・・武神と魔法神の神子と友誼を結ぶため、陸路より安全な海から来たそうです。混乱させたなら謝ると」
「サクラはあっちの神子を歓迎するか?」
「もちろんよ。味方は多い方がいいに決まってるわ」
「二神の神子は鍛冶神の神子の来訪を心から歓迎すると。それから、希望する補給物資の話を頼む」
ウイトにおいでおいでして、胡坐の上に乗せる。まだ氷の残る木杯に、ポットの温い茶を満たす。「ありあとー」頭を撫でながら、ファルの言葉を待つ。
「街への来訪と滞在を許可してもらえるなら、補給はいらないと」
「無理をしてる感じは?」
「ありません」
「なら問題ない。土産は帰りに持たせりゃいいんだ」
「えっ。・・・森林伐採の許可を求めています。・・・許可してくれるなら、森を抜けて街まで。・・・五メートル四方の鉄の箱に九人が入り、魔法で木を伐採、鉄の箱を破れそうな魔獣がいたら冥護で狩る。だそうです」
「会議の返事を待つ。にしても、戦車かよ。軍事オタクが異世界に来て、自重せずにはっちゃけたんかな。ツレにはしたくねえタイプかもな、鍛冶神子。ファル、動力聞けるか?」
「はい。・・・冥護、だそうです」
なんでもありかよ、異世界。
「カイトと私がいいなら、それでいいって。会議」
「適当だよなあ、この街。ファル、了承して港の位置も知らせてくれ。地図くらいあるはずだ」
「はい。・・・地図があるそうです。三日で港に到着。・・・船は即時帰国」
「この街への滞在予定は?」
「未定。・・・一年に一度、同じ日の到着予定で定期船を出したいと。この船がその第一便」
「サクラ、会議の連中に聞いてくれ。最低一年、九人滞在か。一年も国を空けんなよ、鍛冶神子」
「任せるって。ペルデさんが凄く謝ってる。カイトが怒ってるだろうって」
ペルデさん担いで下克上したろか。
「鍛冶神子に了承したと。船と会議に、交易や印持ちの派遣を望むなら、三日で素案を出せと。サクラ、会議には、期限を過ぎたり、丸投げするならもう何も手伝わねえって伝えてくれ」
「鍛冶神子は来年の定期船で指示を持ち帰って再来年に小規模な交易くらいで、お互い無理はしたくないそうです。人材は希望者のみを前提としてお願いしたいと。ちなみに滞在する九人は鍛冶神子と、印持ちの鍛冶師とその妻が三組、武者修行希望の槍と剣の名手、その妻の文官。鍛冶神子と鍛冶師は無償で技術を伝えるそうです。一年間、神子と三人の印持ちを派遣してきた前例が出来ますね」
「サクラ、ペルデさんに説明を頼む」
「鍛冶神子には念話の飛ばし方を伝えました。何もなくても毎日、午後の早い時間に私から念話を飛ばします。他に何かありますか?」
「街から港に向けて、俺達も伐採するかねえ」
「いいんじゃないかな。日中はウイトにクーラーや日よけの魔法使うけど、結界張りながらなら作業も野宿も大丈夫でしょ」
「同意します。鍛冶神子に伝えますか?」
「頼む。そんなトコだな。どっちも念話切ったら教えてくれ」
やけに静かだと思ったら、ウイトは昼寝していたらしい。俺の膝を枕にしているウイトを起こさないように茶で口を湿らせ、煙草を煙管に詰める。
「念話を終えました。ウイトに遮音も。火をどうぞ」
「こっちも終わり。なんか疲れたね」
ファルがウイトを寝室に運び、サクラが菓子と茶を用意した。三人揃ってから、それに口をつける。
「で、どうだった、鍛冶神子は?」
ファルの目が、剣呑な光を宿した。
「簡単に言えば、いけ好かない女、です」




