一宿一飯の恩26
血相を変えてサクラが寝室に飛び込んできた。
「夜這いにしちゃ騒々しいな。どした?」
「大変よ!大変なのよ!」
ここまで取り乱すとは、考えたくもないが身内の誰かに何かあったか。
「落ち着け。事実だけを一言で言え」
サクラが、震える唇でゆっくりと息を吸う。
「海上に、鉄の船」
「リビングに集まるぞ。ペルデさんに念話、二人に来てもらえ」
「わかったわ」
ベッドから飛び起きて着替えを急ぐ。
調達に出る服装になるが、革の上着は手に持つ。剣帯よし。刀よし。弓よし。巻きゲートル、忘れていた。やはり、焦りがミスを呼ぶ。深呼吸をしてから、リビングに向かう。
「おはよう。まだ日の出には早いよな?」
「おはようございます。そろそろ日の出ですよ。はい、お茶をどうぞ」
「ありがとう。サクラの母親から連絡か神託は?」
「海上に船と知らせを下された際に、戦争になる心配はないと」
「戦争以外の心配はしろ、って事か?」
「何かを予見しながらも、それを伝えていない感じはありました」
「お待たせ。ペルデさん達、調達装備に着替えたらすぐ来るって。ファルも着替えてらっしゃい。ウイト寝てるから、出て来る時ドア開けといてね」
「わかったわ。お茶はそこにあるわよ。ではカイト様、着替えてきます」
「ゆっくりでいいからな。全員揃うまで待って考える」
革の上下に着替えを済ませてあるサクラが、火を出して俺を見ている。いつのまにか、無意識に煙草の準備をしていたらしい。
「ありがとう」
返事はない。
「・・・なにか、嫌な予感がするの」
茶の木杯を持ちながら、飲もうとしないサクラが呟く。
「千年の静寂が破れる音を聴いたんだ。不安にもなるだろうが、大丈夫だ」
「そう、かな?」
「大丈夫だ」
少なくとも、俺がいる。
「ん。なんか安心したかも。ありがとね」
「お待たせしましたっ!」
ファルが慌てた様子で、定位置に座る。どうでもいいが、家ん中で走んな。
「慌てる必要ねえっての」
「いえ、嫉妬センサーが反応したので。弱気になったサクラを励ましていい雰囲気にでもなっていたら、急いで邪魔をしなければと」
なんとも無駄な機能を搭載した精霊だなあ、おい。
サクラも舌打ちなんかすんじゃねえよ。
「おじゃまします」
「カイト殿、カイト殿っ」
ジェイク達が来たらしいが、興奮しすぎだ熊よ。
「カイト殿、ご下知をっ!」
「殿のご下知とあらば見事に敵陣を二つに割ってお見せしまするっ!」
テーブルを叩くんじゃねえタコ。
ジェイクの言葉にすかさず乗ったサクラだが、あまりの熱演にジェイクはドン引きである。
「おはようございます、皆様」
「おはようございます、ペルデさん。熊と時代劇オタクは落ち着け」
全員に茶が行き渡り、ようやく話し合いが出来そうだ。
「船の件はジェイク夫妻に街の会議に上げて貰う。こんな事が起こってます。それで街としての決定を聞いてくるよう頼まれました、とな。だからすべては街の会議で決まる。それが前提の話し合いだ。んじゃ、ファルから頼む」
「はい。夜明け前、サクラと私に魔法神様から神託がありました。領海に北から帆船が侵入。鉄張りの船だが戦争にはならない。どうするかはカイト様に任せる。以上です」
少な過ぎる判断材料に、誰もが無言になる。
「まず、船と念話で連絡は取れるのか?」
「可能です。人に寄り添う精霊はペルデ並みに強いのが一、この街の印持ちよりかなり落ちるのが八。ですが、こちらから念話を飛ばせば良いだけですので」
「なら会議では、対話するかしないかって議論になるな」
「対話を選択しない場合はどうなるので?」
「そのまんまだろ。印持ちより弱い精霊がほとんどなら、この街まで到達出来ないと予想して無視。相手は船だから海岸線の街、いや遺跡か、遺跡を少し漁れるかどうか。敵対したくないならいい手ではある」
ジェイクとペルデさんは目を閉じて、思考をめぐらせている。サクラは天井、ファルはテーブルに視線を落としている。
「対話しないとなりますと、相手の意図する事が見えないままですね。カイト様はそれで良しとするのですか?」
「相手が見えなくても、自分は見えるだろ。問題は船なんだよ。相手にはある、自分にはない。なら自分がそれを作れるのなら、予想範囲内では対等かそれ以上にはなれる。こちらの強みは戦闘向きの印持ち。あちらに何らかの印持ちがいるとしてもな」
「もしやカイト殿が考えているのは、外交を含めた対話ですか?」
「当然じゃないんか?」
「某なら、とりあえず対話してから判断します」
その言葉に、ファル以外が頷く事で同意を示した。
「ファルは?」
「どれほど船旅をしてきたかはわかりませんが、水は精霊に頼むとして食料は無限ではありません。補給を要求されたら、海まで行けないからと断るのですか?」
皆が黙り込む。
「んー。ちょっといいか?」
「どうしました、カイト様」
「いや、神様あんま信用してねえのって、俺だけなのか?」
綺麗に誰もが絶句している。口開けて呆けんな、いい歳なんだから。
「俺だけみてえだなあ。なら悩む必要なくねえ?」
「どういう事でしょう」
「戦争にならない、その言葉を信用してるお前さん達や街の連中なら、上下関係を作る外交もいらねえ気のいい隣人が海岸まで訪ねて来たって感覚なんだろ?」
「そうなります。私個人としてはカイト様の、知らない国の使者はとりあえず疑うに賛成ですが、それは十数年サクラの姉として、地球の歴史や文化に触れた経験からです。ただの精霊のままなら、考えもしませんでしたね」
「なら念話飛ばして必要な物があるなら俺達が空間魔法で運んで、可能なら技術交流をはじめる。それでいいんじゃねえの?」
「カイト様はそれでいいんですか?」
「かまわねえよ。さっき話したようなこの後の力関係を決める判断なんて、地球生まれの悪い癖だ。神様信じてるってんなら、黙って人と精霊のためになる事をすればいい。街の会議もそんな感じで決まるだろ。そしたら、ファルに念話を飛ばしてもらえばいいさ。ほんでファル、かなり面倒だろうが埠頭がまだ使用可能な遺跡を、自然に寄り添う精霊の手を借りて探せねえか?」
「それはもう見つけてあります。千年前の国際貿易港の埠頭は魔法で建築した使い勝手の良いもので、保護魔法の継続も自然に寄り添う精霊達が継続しています」
「なら大丈夫か」
「会議に出席する面々には某と妻が伝えます。他には何かありますか?」
「食料と嗜好品、生活物資を援助するかしないか。するならその規模。街への来訪を受け入れるか、受け入れるなら長期滞在も考えねえと。あとなんかあるか?」
「港への物資運搬は私達が請け負うと伝えませんと。それと、交易や印持ちの相互派遣についても今から議論を尽くすように。私が思いつくのはこのくらいです」
「新鮮な野菜と果物の用意も。大航海時代から、壊血病は船乗りにとって最大の敵よ」
いつの間にか、ジェイクとペルデさんはメモを取っていたらしい。一度それをじっくり見てから、立ち上がった。
「では、某と妻はこれで。会議が終わり次第、報告に来ます」
「まだ朝早いんだ、メシでも食ってけばいい」
「お言葉は嬉しいのですが、神殿で協議してから会議に向かいますので時間が」
「了解。大神官には、自分達で良く考えて決めて欲しいと伝えてくれ」
「わかりました。それでは、失礼します」
ジェイク達が急いで出て行く。
煙草に火を点けてくれたサクラに礼を言い、温くなった茶を飲む。
「えっ、えーっ」
「きゃっ」
二人が声を上げ、何もない場所をじっと見ている。
長い。神託なのだろうが、かなりの時間ピクリとも動かない。
灰皿に落とした火種で二度目の煙草に火を点けたが、それも吸い終えてしまった。
ほうっ、と息を吐いたファルがこちらに向き直る。
「失礼しました」
「神託か?」
「ええ。魂の母を疑うカイトちゃんへの、ささやかな仕返しだそうです」
魂の母ってなんだよ。仕返し、とんでもなくろくでもねえんだろうなあ。
「で?」
「ある夜の泥酔したカイトちゃんの妄想、というのを見せられました」
ヤバイ。これは魔獣より、北から忽然と現れた鉄の船よりヤバイ。あのエロファルが頬を赤くしてるんだからマジヤバイ。
「何を見たかは知らねえが、今すぐ忘れろ!」
「そんなっ。恥ずかしい姿勢を強制してそれに従う私を罵り、焦らしに焦らした上で痛いくらいにお尻を掴んでおねだりの言葉まで言わせる、全裸で戦闘準備万端のカイト様を忘れろと!?」
これは恥ずかしい。そんな妄想してねえよと言いたいが、俺ならノリノリでやりそうだから恥ずかしい。
ちらりとサクラを見ると、真っ赤な顔で「あうあう・・・」とか言ってる。
「神様に伝えてくれ。カイトが心から謝罪してると・・・」




