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一宿一飯の恩25




 十射して、矢を取りに走る。

 二百メートルほどの距離を全力で走り、魔法で集めた土の山から矢を抜いて矢筒に納め、また走る。

 矢羽の傷みや矢軸の歪みに気付かずに的を外せば、その日は禁酒と自分で決めている。矢筒から取り出して番えるその時に、微妙なバランスの狂いを見抜くしかない。十射して、また走る。

 

「お疲れ様。今ので百射よ」


 荒い息しか出て来ない。

 ゆっくりと整理運動を終えると、サクラが温い茶を渡してくれた。


「ありがとう。悪いな、付き合わして」

「見てるだけで楽しいから、気にしないで。あ、丁度ファルから念話が来た。神殿の書庫を出たって。ウイトがいい子にしてたから、ジュース飲みに中央広場に寄ってから、晩ごはんの買い物して家に帰るみたい」

「じゃあ、俺達も帰るか」

「うん。ママレーグマ、ウイトにも見せたかったね」

「管理所が絵付きの魔獣図鑑を毎年出すらしいから、文字を覚えたらプレゼントするさ」

「三年くらい先かしら。はい、汗を飛ばしたわよ」

「助かる。ウイトに汗臭いから寄るな、とか言われたら泣く自信があるからなあ」


 だいぶ西門に近い位置で弓の練習をしていたので、夕暮れ前に帰宅する事が出来た。


「ぱぁぱー。まぁまー」

「ただいまー。ウイトがいい子にしてたみたいで、ママ嬉しいわ」

「ただいま。ファル、ウイト、調べ物お疲れさん。なんで尻を揉むんだお前は?」

「サクラだけズルイです。これはっ、たまりませんねえ!」

「野郎の尻なんか揉む価値もねえよ。それよりなにかわかった事は?」


 リビングの定位置に座り、煙草に火を点けて礼を言う。


「意地悪ですねえ。今日は印持ちの派遣記録を発見しましたよ。しかも、神殿関係者が写本を歴史研究の資料にしていた物らしく、余白に走り書き等も見受けられました。これがそれを写したメモです」

「でかした。何年前の物か確認取れる資料か?」

「公暦で千五百年ほど前の年号の派遣記録です。走り書きに三百年前との簡単な比較、として箇条書きがいくつかありました」

「二倍嬉しいな。それが入ってた魔法の保管箱、かなりの当たりかもな」

「そうですね。上司である年上の美人神官への愛と妄想を綴った少年の日記も、かなりの読みごたえがあり楽しめました」


 何してんだ千二百年前の少年よ。お前の恋心とスケベ心が、遥かな時を経て精霊様の手で暴かれたぞ。


「他人事じゃねえから頼む、あんまり口外してやんな」

「もちろんですが、どうしても伝えなくてはいけない一文がありました。あの方は、天秤神の神子様が大陸法典と共に広めた食文化、つまり炊き麦を主食に醤油味や味噌味の汁や総菜をいただく事を好む、と」

「・・・やはり来てたか、日本人」

「どうしよう、歴史上の人物とかかもしれないよ!?最低でもサムライ希望!」


 知るか。最低でもとか失礼にもほどがあんだろ。


「俺達と同じ日本から来たとは限らねえんだ。あんま期待はすんなよ」

「異世界や平行世界の日本にあたる国から来た可能性もあるって事?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。まあ、この夏はサクラとファルが交替で調達休んでウイトと書庫だ。調べりゃもっと判断材料が出てくるかもな」

「頑張る。そしてペルデさん達が家の前着いたって」

「こんばんはー。おじゃまします」

「こんばんは。カイト殿、いつもいつもおじゃまして申し訳ないです」

「こっちもそれ以上に世話んなってる。わざわざ礼を言い合う必要はねえだろ。座ってくれ」


 茶を飲みながら煙管を使う。ファルとペルデさんが夕食の準備をしているので、重要な話題は出ない。今日の酒は何にするかだの、今日の調達はどうだっただのと駄弁りながら、ウイトと毬で遊ぶ。


「お待たせしました。出来た料理から運びますので、つまみながら飲んでてください。サクラ、ビールの用意とかお願いね」

「おっけー。ウイト、もうゴハンだから毬をおかたづけしようね」

「あいっ」


 素早い動きで毬をかたしたウイトが、俺に向かって走る。ゴハンと聞くと三倍速く動くのは何故だ。


「うきゃー。ごはん。ぱぁぱ。ごはんっ」


 突撃を受け止め、顔より高く持ち上げてから胡坐の真ん中に座らせる。


「ウイト坊はパパっ子ですよねえ」

「甘いな、ジェイク。おませさんなウイトは、ツマミ系の食い物が一番貰える場所を知ってるだけだ。満足したらサクラかファルに一直線よ」


 そうこうしているうちに、次々と総菜が並べられていく。

 つまんで飲んでろと言われたが、俺もジェイクも、ウイトさえも料理に手を出していない。


「また待っていたのですか。飲んでていいんですよ、本当に」

「ファルもペルデさんもお疲れさん。ありがとうな」


 いただきますをすると、それぞれが好物を小皿に取ってウイトの前に置く。


「毎度の事だが、あんま甘やかすなよ」

「ウイトが味の濃いおかずを食べた後に、麦ご飯を口に入れてあげるカイトに言われてもねえ」


 ウイトは満腹になると、気の向くままに誰かの隣に座ったり、歩き回って遊びはじめたりする。重要な話題が出るのはいつもこんな時だ。


「今日の会議ですが、明日に持ち越される事になりました」

「調達中止にするほどの案件なんか?」

「ええ。やがて行われる神子様直々の街渡りに、我々はどう関わるべきか。いくつもの案が論じられましたが、結論が出るには至りませんでした」

「十年以上先の事を決めるために、明日の仕事を休むとか。大丈夫かこの街」

「成功を約束された街渡りだと、今からお祭り騒ぎですから」

「国境を越えたら神でさえも俺達を見られねえのに、その先の成功が見えるってのか?」

「ええ。誰もが信じて疑いません」

「俺達はこの街のやり方に口を出さねえ。けどな、そのやり方が許せねえと思ったら、明日にでも街を出るぞ」


 声に滲んだ本気を感じ取ったのか、ジェイクが頭を下げながら「明日の会議の出席者全員に伝えます」と請け負った。

  


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