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一宿一飯の恩23




 思えば、一人でこの街を歩くのは初めてかもしれない。

 東門寄りの路地。木工製品を扱う露店が集まるこの通りは、冷やかして歩くだけでも楽しい。


「兄ちゃん、うちの木食器は他とは品質が段違いだよ。見てっとくれ」

「食器は新しいの揃えたばかりで。また今度寄らして貰います」


 客引きの声に答えながら道を行く。

 結構な時間歩いて、やっと露店の切れ目が見えた。


「こんにちは。これ積み木ですよね?」

「おう。なんだ兄ちゃん、若いのに子持ちか。うちのおもちゃは口に入らない大きさで塗料を使わず、丁寧に面取り角取りをした自慢の品だ。ゆっくりと見てってくんな」

「ありがとうございます。おお、良い仕事してますねえ」

「なんだよ兄ちゃん、とんでもなく嬉しい褒め言葉じゃねえか。よせやい」


 日本ではありふれた褒め言葉も、こちらでは最大級の賛辞になるらしい。


「積み木のセット、一番積み木の数が多いのはどれです?」

「既製品はすべてこの平箱に一段詰めたやつだ。ただこれは、箱の上下に少しのズレもなく溝を切ってある。五つ重ねて置いてもぐらついたりたりしねえ。数が欲しいならいくつか買えばいいだけさ」

「上手いねえ、親父さん。じゃあこれを五つ貰いますよ。いくらになります?」

「いや、五つ買えって意味じゃなかったんだがなあ。一つ銅貨二枚だから、青銅貨一枚になる。そうだな、ただ値引きをするんじゃつまらねえからおまけをやろう。ほれ、これも持ってけ」


 言いながら箱から取り出したのは、サッカーボールほどの毬だ。


「いやいやいやいや親父さん。芯が何かはわからねえけどこの幾何学模様、相当な腕の職人が作ったもんでしょ。銅貨で買えるとは思えねえよ。なんでそんなのおまけにすんのさ」


 親父さんがでかい声で笑い出す。いい笑顔だなあ、おい。熊っぽい耳と愛嬌の良さに、ついついジェイクを思い浮かべてしまう。


「兄ちゃんは、どれだけ俺を喜ばせるんだ。この毬はな、うちのかかあが作った。芯はありふれた綿、糸もそうだが一本一本かかあが丹精込めて染めたもんだ。俺が木工でおもちゃ作るのを好む職人だからよ、おまけ用にって暇に飽かして無駄に凝りやがってな。これはここ数年で一番の出来だ。遠慮はいらねえから、持ってってくんな」

「せめていくらか払わせてくれません?」

「ガタガタぬかすなら積み木も売らん。兄ちゃんがあれだけ褒めた積み木だ。自慢じゃねえがうちでしか買えねえぞ?」

「あーもう、負けだ。はい、青銅貨一枚。ただ今度、息子連れて差し入れに来ますからね!」

「残念だが俺がここに露店を出すのは、月に一度あるかないかさ。おもちゃの露店は気晴らしでな。普段はこの先の職人横丁にある工房に篭もってらあ」

「なら、自己紹介からはじめましょう。俺はカイト。調達の仕事をはじめたばかりの若造です」

「なんだよ。俺みてえな場末の職人が、武神の神子に名乗らねえといかんのか。フレベだ。武器の拵えと弓を作る職人だが、おもちゃなんかを作る方が楽しいのさ」


 俺が握手を求めて伸ばした手を、フレベさんががっしりと握る。


「よし。自己紹介はしました。次は雑談がてら商談といきましょう」

「な、何だ何だ。積み木ならもう兄ちゃんのもんだぞ」


 フレベさんの隣に移動し、懐から風呂敷を出して積み木と毬を包む。


「フレベさんは、神子の事をどのくらい知ってます?」

「昔話に聞いた程度だ。神の愛し子、此処ではない何処かより招かれ、神に与えられし冥護を振るいて、常しえに善を為す。大昔、北の山脈を越えた国に鍛冶の神子、遥か西の国に天秤の神子がいてこの大陸の民はその恩寵を享けていたらしいってな」

「で、その武神の冥護はどんなもんだと思います?」

「武神様の冥護だ。とんでもなく強いとか、そんなんじゃねえのか?」

「そんな感じです。そんだけのもんでしかねえんです」

「んなバチあたりな言い方すんじゃねえよ・・・」

「だってね、思うだけで魔獣の背後に移動出来る訳でも、神さんに持たされた剣がどこまでも伸びて魔獣を貫く訳でもねえんですよ?」


 武神への不敬が過ぎたか、フレベさんが困り顔で黙り込む。


「すんません。武神を馬鹿にするとかじゃねえんですが、気に障りましたか」

「ああ、違う違う。確かに俺は朝に晩に武神様と製作神様へ祈りを捧げるが、愛し子たるカイトの言葉に怒る訳がねえよ。と、呼び捨てはマズいな」

「いえ、カイトと呼んでください。こちらこそ、根がチンピラな上に職人さんとか好きなんで、かなり気安い敬語になって申し訳ねえです」

「根がチンピラって神子としてどうなんだ。まあそれは置いておくか。いやな、カイトが弓を欲しがってるのはわかるんだが、魔法使いが魔法が効かねえ魔獣に備えて携行する程度の弓じゃ満足しねえだろ。どうしたもんかと思ってな」

「いえいえ、とんでもない。その魔法使いが使う弓を買いに来たんですよ」

「冗談にしか聞こえねえぞ。先だって狩られた純白の大狼な、あれの骨と腱をうちでも仕入れたんだ。あれを剣一振りで倒す男が、魔法使いの弓なんぞ使ってどうする」

「練習ですよ。俺は、弓を使った事がねえんです」


 フレベさんの目が見開かれる。


「練習。練習と言ったな。弓の腕を磨いて、どんな弓を使うと言うんだ。違うな。どこでどんな弓を使うために練習をするんだ。答えろ、カイト」

「森がどこまでも続くなら、あの大きさで極限まで強くした弓を。土漠や砂漠、岩山や浜辺があるのなら大きさに拘らず極限まで射程を伸ばした弓を」

「街渡りをやらかすってのか・・・」


 意外にも、他の集落を探しに出る行為には名が付いているらしい。街渡り。神殿の文献を手分けして調べた時には見なかった言葉だ。


「街渡りに、俺の弓が必要なんだな?」

「ええ。必須です」

「いつまでに必要だ?」

「何もなければ十年。ですが、早ければ早いほど助かります」

「複合弓は、秋を待って組みはじめる。次の春には完成だ。射程を伸ばす弓は、家伝の書物を読み込むのに今年の夏を使う。いや、複合弓を組むから下手をすると来年の夏までだな。それまでには案を纏める。それでいいか?」

「よろしくお願いします。お代は先払いで良いですか?」

「カイトがどこから来たのかは知らんが、ここでは納品時に支払いだ。それと練習用の弓は、明日以降に取りに来い。少しでも丈夫にしてから渡したい。職人横丁で俺の名を出せば、工房の場所はわかる」

「わかりました。では明後日の昼過ぎに伺います」


 とんでもなく力強い握手を貰い、積み木をぶら下げて家路を辿る。

 ウイトは積み木を喜んでくれるだろうか、なんて考えが浮かぶ。まるでそこらのとっつぁんだ。


「ただいま。遅くなった」

「おかえりなさい。あら、でっかいお土産ねえ」

「おう。ウイトは?」

「お昼寝終わってリビングで遊んでるわよ。はい、お水。手洗いうがいね」


 急いで手洗いとうがいをしてリビングに向かう。


「ぱぁぱ。かたな。かたな」


 それはもう嬉しそうにウイトが見せてくれたそれは、長方形の木を三個縦に重ね、その上に三角形の木を乗せたものだった。

 子供の口に入らない大きさ、塗料の塗られた形跡はない、丁寧な面取り角取り。

 良い仕事ですね、フレベさん・・・

 

「凄いでしょ。ジェイクさんのお父さん手作りの積み木よ。友達に子供が生まれたらお祝いにあげるように、って預けられたのをウイトにくれたのよ」

「・・・そうか。ジェイク、フレベさん元気だったぞ」


 言いながら、右手の風呂敷包みを持ち上げて見せる。


「ま、まさかその包みは・・・」

「カイトちゃんチャンネルで嫌になるほど見ましたが、戦闘が絡まない時のカイト様の間の悪さは、本当に凄まじいものですね。呪いでもかけられてますか?」


 別のもん掛けてやろうかこの腹黒精霊。



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