一宿一飯の恩22
草がナイフ。木は猛スピードで迫るバイクだ。
(魔獣との距離変わらず。もう少しで森を抜けるわ。頑張って)
もっと引き離さねえとヤバイんだよ!
必死に足を動かしながら、心の中で悪態をつく。
甘かった。ウイトのおやつより甘かった。
猪型の魔獣だがここは森の中、木が邪魔で突進なんて出来やしない。アクション映画よろしく、木の幹を蹴って華麗に回避しながら森を移動してやる。とか思ってた俺は中二の夏に帰れ!
(森を抜けるわ。目を庇って!)
右手を翳して足元だけ見ながら、森を抜けた。
多分、障害物がなくなった事で猪はスピードを上げる。サクラかファルが何かしてくれなければ、追い着かれるのは時間の問題。
(泥濘で猪のスピードを落とすわ。カイトは正面の岩を目指して。私の身長くらいあるけどジャンプして、それを足場にそのまま飛んで!)
「出来るかボケーッ!」
(ファルが大丈夫って言ってるから大丈夫。多分。飛ばないとカイトが落とし穴に嵌るわよ)
岩が迫る。ジャンプ。
南無三っ!
届いた。岩の頂点を噛んだ右足。膝を曲げて溜め、渾身の力で飛ぶ。
たっけ。飛び過ぎた。高い。ここから落ちるのか。キュッ。穴と玉、無重力でキュッ。
とんでもないスピードで地面が近づく。背筋が凍る。
ゾワリと鳥肌が立つ感覚がしてすぐに、俺は地面に叩きつけられた。
立つ。刀。ある。助かった。痛みは、知らん。
水平に差している刀を、剣帯の革を捩るようにして抜く。
猪が四匹、俺に向かってくる。群れの半数。サクラとファルが上手く落とし穴で間引いてくれたらしい。
右からジェイクが駆け出していた。いいタイミングだ。あれなら、最後尾の猪に横から一撃入れられる。
両手剣が地を掃うように振るわれる。ガヅン、と鉄パイプで車を殴ったような音が、俺のところまで届いた。走りながらなんなく猪に重い両手剣を当てるジェイクは、やはり腕が良いのだろう。ハンマー投げのように両手剣を回し、猪から両手剣を抜いた。
(左は水で捕らえるわ。先頭は土で体勢を崩す。右のは風で殴ってから目潰し狙うけど、期待はしないで)
念話が終わる前に左の猪が、大きな水球に囚われてもがき出す。
正眼に構え、待つ。
目前に迫った猪の、後ろ足から岩が生えた。つんのめった猪が宙を舞う。
開き足、左前。空中の猪と目が合う。それほどに、見えている。
最小限の振りかぶり。首に振り下ろす。
残った猪が、首を左右に振りながら俺を見た。目潰しを受けたのだろうが、ずいぶんと人間臭い仕草をするもんだ。
ちょこんと鼻面に前蹴りを当てる。大げさに痛がるんじゃねえ。下段に構えて、送り足で右に回る。
怒った猪が、突進のために姿勢を下げて力を溜める。
勝った。
走りこんで来たジェイクが、大上段から両手剣を振り下ろす。両手剣の半ばまでもが、地面に埋まっている。下半身を真っ二つにされた猪は、痙攣して息絶えた。
「そんな、使い方っ、して、良く武器、がっ、持つな」
「まず息を整えましょうよ、カイト殿」
呆れ顔のジェイクに言われながら、刀を納めて剣帯に差し直す。
近づいてきたサクラが、革の水筒を俺に投げる。怒ってますと顔に書いてある。
「蚤は飛ばしたわ。それで、何か言う事は?」
水筒に口を付けず高く離してうがいをした後、同じように水を飲む。ジェイクに水筒を渡すと、俺の真似をしてむせた。
「正直すまんかった。死ぬかと思ったよ。頼まれたって、こんな狩りはもうやんねえ」
「わかってるならいいわ。次に無茶したら、三日三晩泣きながら背後に立ち続けるからね!」
どんな脅しやねん。心配をかけたのは事実なので、何も言わずに頷いておく。
「メジャーのピッチャーより速く石投げて当てて、金メダリストより速く走って逃げたんだがなあ。堅過ぎ速過ぎだろ、魔獣」
「どれだけ強くても、私達は人間だもの。でも、これだけは言っておくわ」
腰のポーチから扇子を取り出し、俺が首を斬った猪を指す。
「抱き首、見事也ッ!」
扇子を開いて「ワッハッハッー」とか言ってるバカは放っておこう。
「カイト殿、抱き首とは何ですか?」
「あー。俺達がいた国の古い話だ。戦士階級が自死したり軽い死罪になる時にな、この刀って剣で腹を斬るんだ。でもそれで死にきるのは、痛みに長く苦しむ事になる。だから同じ戦士階級が、楽に死なせてやるために首を斬る。腕の良い奴は皮一枚だけ残してな。それを抱き首ってんだ」
「なるほど。某には想像もつかない世界ですが、戦士の嗜みなんですね」
「ところでファル。残りの猪で実習授業するなら、夕暮れ前には終わらせろよ?」
ウイトを奪い取り、「応援ありがとな」と言うと「あいっ」といい返事が返って来た。
「それは良い考えです。皆さん、いつものメンバーに分かれて話し合いをしてください。緊急時には介入しますので、今見た魔法を安全に試す良いチャンスです」
わいわいやりはじめた皆から少し離れると、ジェイクとペルデさんがついて来た。
「ごめん、煙草吸いてえや。ペルデさん、ウイト抱いてて貰っていいですか?」
「私で良ければ喜んで」
「ウイト、ちょっとペルデさんにだっこして貰おうな」
「あいっ。ぺるでたーん」
ニコニコ顔でウイトを抱くペルデさんを見ながら煙管に煙草を詰めていると、サクラが歩いてきて火を点けてくれた。
「どした、授業はいいのか?」
「思いついてグノーツさんの槍に人間無骨って彫ろうとしたら、邪魔すんなってファルに追い出された」
当たり前だ、バーカ。




