一宿一飯の恩14
朝のランニングと素振りを終えて家に帰ると、水ではなく冷えたビールを手渡された。
なんだこれ。飲むけど。
「汗かいたでしょ。お風呂沸いてるわ。着替えとタオル置いてあるから、いってらっしゃい」
「お、おう」
驚いた事に、用意されていた着替えは黒い甚平だった。湯上りの火照った肌に、麻の肌触りが心地よい。
「いいタイミングです。さあ、お座りになってお待ちください」
「お、おう」
見慣れたリビングが、すっかり和風の居間になっている。ダイニングテーブルはどうした。
畳こそないが、柔らかなカーペットにコタツ高のテーブル、座布団、ウイト用の小さな木椅子。
「ぱぁぱ」
白い甚平のウイトが手を振る。なんだこのかわいさ。
「おう、今行くぞー」
「席ここね。春も半ばだから、暖かい日の家着は甚平にしたの。二人はね。サイズはどう?」
暖炉の向かい、座布団に座るとすぐにビールを渡される。
「怖いくらいに丁度いい」
「良かった。座布団やテーブルは初日に職人さんを紹介してもらって仕立てたのよ」
「お魚が焼けましたよー」
ファルが鮎に似た塩焼きの皿を並べていく。
「魚が流通してんのか!?」
「都市の東側、農業と牧畜の用地を川が横切ってるわ。かなりの清流よ。ただ、魚はかなりの高級品ね。この魚はなんと、一匹青銅貨五枚也」
待て待て待て待て。
「銀貨二枚の朝飯・・・」
「ウイトの一日遅れの誕生日だもの、家賃と同じ値段の料理くらいなんでもないわ」
「なら安いくらいだな。つーか、主賓のウイト君が限界らしい。ファルによだれ拭かれてんぞ」
「そうね。冷める前に食べましょう」
「ウイト、手えこうやって。そうそう。では、いただきます」
「いただきまーす」
「いただきます」
「いたきぁーす」
麦の握り飯。拳大の茶色いパン。茹でたじゃがいも。山菜っぽい野菜のおひたし。原色の野菜サラダ。鳥の丸焼き。とろけるチーズの乗ったなんかのステーキ。具だくさんのスープ。銀貨二枚の焼き魚。
どれから食べるか聞かれたウイトが木のフォークでビシッと指し示したのは、握り飯だった。
微笑みながらファルが取り皿に握り飯を取り、見せ付けるように鳥の丸焼きの骨を持ちながら大きく腿肉を切り取る。まるで海賊肉だ。ウイトは口をポカンと開けてそれを見ていたが、握り飯の横にそれが乗ると俺とサクラに視線を移した。
「いっぱい食べて大きくなれよ?」
「そうよー。たくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん寝るのがウイトの仕事。じゃないとパパみたいになれないわよ」
ガッ、と小さな手で骨を掴み、小さな口一杯に肉を詰め、豪快に食い千切る。鼻でふんふんと呼吸しながら一生懸命に肉を噛む愛しの我が子は、男の本能に目覚めたのかもしれない。
「うまいか?」
何度も頷く。
「それでこそ男だ」
「カイト、ビール新しいの開けるよ?」
「お前さん達はなに飲んでんだ?」
「林檎の発泡酒。度数が低いから飲みやすいの」
「ならビールはもういいや。昨日ジェイクさんと飲んだ蒸留酒がまだあるからあれにする。せっかくの魚だ。骨の欠片も残してやんねえ」
「魚好きだもんね。私の魚も食べる?」
「俺な、自分だけ楽しむのも、自分だけ我慢すんのも嫌いだ」
サクラとファルが微笑む。子供を見守る母親みたいな目をするんじゃない。
竈のある台所とリビングをへだてる壁代わりの棚から酒樽と木杯を取って戻ると、サクラが酌をしてくれた。
「ね、ウイトがお昼寝したらさ、三人でいちゃいちゃしよっか?」
吹き出しかけた酒を無理に飲み下して、盛大にむせた。




