第59話 最後の目的地
モーレンゼには帰りにも寄ることになる。
そんなわけで観光もそこそこに、ベンゼル達は着いてから三日後にはモーレンゼを出発していた。
そして街道に沿って北東へ進んでいたある時。
「――そうだな、でも……ん? お、おい!」
指示を出していないにもかかわらず、シュライザーが突然進路を変えた。
「どうした? 何かあったか?」
「ぶるるっ。ぶる」
街道を逸れたシュライザーは、首をグイグイと前に動かして『あそこに行きたい』と告げてくる。
「森? あんなところに何が……いや、そうか」
「ん? わかったんですか?」
「ああ、多分な。よし、いいぞ。お前の好きにしろ」
ベンゼルが手綱を緩めると、シュライザーは「ぶるっ!」と嬉しそうに返事をした。
☆
数日後。
モンスターを蹴散らしながら今日も森を進んでいると、シュライザーがピタッと立ち止まった。
「ここか?」
「ぶるっ」
「そうか」
辺りにはここまでと同様、ただ木々が生い茂っているだけで、特別なものは何もない。
シュライザーが反応を示さなければ、ベンゼルは間違いなく素通りしてしまっていた。
よくはっきり覚えているものだと、ベンゼルは感心するばかりだ。
「シュライザーはこんな遠くまでお兄ちゃん達を運んでくれたんだね」
そう、ここはかつて勇者パーティーがシュライザーと別れたところ。
言い換えれば、シュライザーがルキウス達と会った最後の場所だ。
彼はあの時、自分達が進んでいった方角を見ると、悲しそうに頭を下げる。
シュライザーのことだ。
あの時、自分達の命令を無視して最後までついていってたら、もしかしたらルキウス達は生きていたかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えているのだろう。
ベンゼルは御者台から飛び降りると、シュライザーの頭を優しく抱きしめた。
「改めて言わせてくれ。シュライザー、俺達をここまで連れてきてくれて本当にありがとう。お前の足がなければ、ルキウス達の力をもっても魔王を倒せていなかったかもしれない」
シュライザーはその体力と足で、二年もかからずにシャントリューゼからここまで連れてきてくれた。
普通の馬ならその倍は掛かっているはずで、敵に時間を与える分、自分達はより劣勢になっていただろう。
もしかしたら、ルキウス達の決死の魔法も通用せず、無駄死にになっていたかもしれないのだ。
そんな中、相打ちという結果に終わり、世界に平和を取り戻せたのは、シュライザーの活躍によるところが大きい。
「お前は自分にできることを十二分にしたんだ。だから悔やむ必要はないし、むしろそのことを誇ってくれ。きっとルキウス達もそう望んでいる」
その言葉に同意するように、リディーがシュライザーに向かって大きく頷いた。
「……ぶるっ!」
少しの間をおいて、シュライザーは顔をあげた。
その表情はいつものように凛々しく、頼もしい。
「それでいい。で、どうする? 今日はここら辺で休むか?」
「ぶるるーん!」
「フッ、そうか。じゃあもう少し頼む」
ベンゼルは頭をポンポンと叩くと、リディーと御者台に上がる。
そして再び北東へと進んだ。
☆
十日後。
ベンゼル達は目的地に到着した。
「……思っていた以上、ですね」
二人の前には瓦礫の海が広がっていた。
ここは魔王との決戦の地。
ルキウス、ゼティア、フィリンナが命と引き換えにヴァルファーゴを討った――ヌリーシュだ。
「ああ。それほどの魔法だったのだろう」
最初に来た時は無傷な建物も残っており、まだ辛うじて街と呼べる状態だった。
それが今ではただただ瓦礫が広がるばかり。
ルキウス達が放った魔法――スーパーノヴァの威力の凄まじさが改めて窺える。
「すみません、私のわがままでこんなところに」
ルキウス達の分まで世界を巡ろうと決意した時、ベンゼルはゴールをモーレンゼに設定していた。
ヌリーシュがこうなっていることは予想がついていたし、それにここには辛い記憶しかないからだ。
それでもやってきたのは、リディーの要望があったからである。
あれはカンパーニ村を発ってすぐの頃のこと。
今回の旅のゴールについて話していた時、リディーは『何かお兄ちゃんが身につけていた物とかあるかもしれないから』とヌリーシュにも行きたいと伝えてきた。
もちろん、ベンゼルはそれを快諾した。
あの爆発だ、何も残っているはずがない――そうわかっていながらも。
「いや。さあ、俺についてきてくれ。足元に気をつけてな」
「……はい!」
実際に目にして、形見はないと気付いたのだろう。
リディーは顔には出さないものの落ち込んでいるようだった。
その後、ベンゼルが記憶を頼りに向かったのは、魔王と相対した城があったところ。
万が一、形見が残っているのであれば、この付近にあるはずだから。
「――ここでお兄ちゃん達は魔王を倒したんですね」
「ああ」
答えると、リディーは目を閉じ、両手を組んだ。
その隣にベンゼルも並ぶと、かけがえのない仲間達に祈りを捧げた。
「よし。じゃあ手分けして……ん?」
無数に転がっているなんの変哲もない石。
その一つに、なぜか視線が引き寄せられた。
「どうしたんですか?」
「いや……」
なんだろうと首を傾げながら、ベンゼルは両手で顔くらいの大きさの石を持ち上げる。
「――なっ!」
瓦礫の間に青い石がついた髪飾りが埋もれていた。
「それは?」
「……ゼティアがつけていた髪飾りだ」
「えっ!?」
思わぬ発見に二人は目を丸くする。
直後、ベンゼルは違和感を覚えて振り返った。
また別の石に、不自然に視線が引き寄せられる。
「まさか……」
急いで瓦礫をどけると、そこには金色のイヤリングが一対。
ベンゼルはこれにも見覚えがあった。
「これはフィリンナのものだ……」
ベンゼルが言うと、リディーはぱぁっと顔を明るくした。
ゼティアとフィリンナの物が残っているのなら、ルキウスの物も残っていると考えたのだろう。
実際、ベンゼルもそんな考えに至っていた。
(しかし、これはどういうことだ)
髪飾りもイヤリングも、これといって特別なものではない。
なので常識で考えれば、爆発によって消失しているはずだ。
それなのに、なぜここにこうしてあるのか。
しかもイヤリングに関しては、どちらか片方だけでなく、両方とも残っている。
偶然という言葉では片付けられない。
(それにさっきの不思議な感覚も)
そして視線が引き寄せられる感覚。
今思えば、誰かが「ここだよ」と教えてくれているかのような。
(もしかすると……)
ベンゼルは少し考えて、やがて導き出した答えにフッと笑った。
残された者のため、せめて物だけでも。
そんな思いから、きっと女神様が大切に守ってくれていたのだ、と。
「あ、あの」
リディーが不安と期待が入り混じった顔で見てくる。
ベンゼルは頷くと、先ほどから気になって仕方がなかった瓦礫のもとに。
フンッと石を持ち上げると、手のひらサイズの布製の人形が眠っていた。
髪の部分だけ金色で作られたそれは、お世辞にも上手とは言えない。
だが、一生懸命作ったであろうことが伝わってくる代物だ。
「それ……」
「ルキウスが肌身離さず大切に持っていたものだ」
言いながら、ベンゼルはリディーに人形を手渡す。
「お兄、ちゃん……」
するとリディーは胸に人形を抱えて、肩を震わせた。
ベンゼルは肩を叩くと、先にシュライザーのもとへ向かう。
リディーが人の目を気にせず、思いっきり泣けるように。
それから三十分ほど経った頃、目を真っ赤にしたリディーが戻ってきた。
その顔はどこかすっきりした様子で、いつもの明るい彼女だった。
「じゃあ、帰るか」
「はいっ!」
そしてヌリーシュというゴールを迎えた二人は、故郷への帰路に就くのだった。




