第一部:三河の幼き異端児
後に「天下の悪知恵」「妖怪」と恐れられ、徳川の泰平という時代の仕組みを影で形作ることになる本多佐渡守正信。
武勇や情義を重んじる三河武士の家に生まれながら、正信は武芸を嫌い、ひたすら「人の利害と心理」を観察する異質な少年として育つ。
十七歳の時、鷹狩のお供をした正信は、家臣の統制に悩む若き主君・松平元康(後の徳川家康)に対し、「鷹も家臣も、情ではなく適度な飢えと利害で繋ぎ止めるもの」と不遜な進言を行う。その冷徹な才気に戦慄した家康は、自らの野望に不可欠な「知恵の器」として正信を側近に抜擢。二人の間には強い「暗き絆」が結ばれる。
しかし、家康の急進的な支配は領内に深い歪みを生み出し、三河全土を揺るがす「三河一向一揆」が勃発。正信は主君の「器」を試すため、自ら一揆勢の参謀となり、家康の喉元に刃を突きつける決断を下すのだった――。
一、異質の産声
天文七年(1538年)。三河国・額田郡(現在の愛知県岡崎市周辺)の土が、冷たい冬の雨に濡れていた。
国人領主・本多俊宏の屋敷では、新しい命の誕生に慌ただしい気が満ちていた。
生まれたのは男子。剛毅な父・俊宏は、生まれた赤子の元気な産声を聞き、満足そうに髭を撫でた。
「良し! 兄の正重に続き、我が本多家にまた一人、槍を振るう頼もしい武士が生まれたぞ」
俊宏の兄・本多忠高(本多忠勝の父)をはじめ、本多一族は三河でも指折りの「勇猛果敢な弓馬の士」として知られていた。
三河武士の誉れとは、主君のために命を捨て、敵陣へ真っ先に飛び込んで首級を挙げること――それがこの土地の絶対的な価値観であった。
赤子は「正信」と名付けられた。
しかし、成長するにつれ、正信は父や一族の期待とは大きく異なる異質の才能を見せ始める。
十歳を迎える頃、兄の正重はすでに竹刀を握り、屋敷の庭で汗を流して稽古に励んでいた。
三河武士の子供たちはみな、いかに強く槍を突き、いかに馬を巧みに操るかを競い合っていた。
だが、正信だけはその輪に入ろうとしなかった。
正信が好んだのは、屋敷の片隅の陰に腰掛け、庭を這い回る蟻の群れをじっと見つめることや、どこからか手に入れた兵法書や中国の古書を一人黙々と読み耽ることであった。
ある日、庭で蟻の群れに砂糖の粒を与え、その動きを観察していた正信に、父・俊宏が呆れたように声をかけた。
「正信! またそんな所で虫など眺めておるのか。武士の子ならば稽古場へ行き、正重と共に汗を流せ! 竹光でも敵の首を一つ取ってこそ一人前ぞ」
正信はゆっくりと顔を上げると、まだ子供とは思えぬ冷ややかな、澄み渡った瞳で父を見つめ返した。
「父上。蟻は餌を与えれば動きますが、道を塞げば互いに踏みつけ合って崩れます。人間も同じではございませぬか」
「なに……?」
「武芸を磨き、戦場で敵の首を一つ取ったところで、戦の潮目が変わるわけではありません。
大勢を動かすのは個人の武勇ではなく、人が抱く『利害』と『恐れ』にございます。一人の首を取るより、千人を戦わずして動かす仕組みを考える方が、遥かに価値がございます」
俊宏は二の句が継げなかった。十一歳の子供が口にする言葉としてはあまりに異様であり、そこには三河武士特有の「情」や「血気の勇」が一切欠落していたからだ。
俊宏は背筋に冷たいものを感じながら、苦々しく吐き捨てた。
「……へりくつをこねるな。そんな歪んだ考えでは、この乱世、戦場で真っ先に後ろから斬られるぞ」
正信はそれ以上何も言わず、ただ静かに深々と頭を下げた。その顔には、すでに周囲の大人たちを見透かしたような、冷めた微笑が浮かんでいた。
二、松平元康との出会い
天正ならぬ永禄の世へ向かおうとする三河は、苛烈な動乱の渦中にあった。
今川義元の圧倒的な影響下に置かれ、松平家は従属を余儀なくされていた。
松平家の若き当主・松平元康(のちの徳川家康)は、駿府での長い人質生活を経て岡崎城に戻ったものの、今川と織田という二大勢力の狭間で苦しい舵取りを迫られていた。
正信が十七歳になった頃、その「異質な頭脳」が、ついに若き主君・元康の目にとまる機会が訪れる。
秋も深まったある日、元康は気晴らしと領内の情勢視察を兼ねて、岡崎郊外の野山へ鷹狩に出かけた。
本多一族からも数名の若者が供として従い、その中には正信の姿もあった。
空高く放たれた鷹が、鮮やかに野鴨を捉えて舞い降りる。
家臣たちが「お見事!」「流石は殿の鷹!」と歓声を上げる中、元康はどこか暗い表情を浮かべたまま、馬上で溜息をついていた。
岡崎に戻ったばかりの元康は、三河の国人領主たちの扱いに頭を悩ませていたのだ。
三河武士たちは忠義心こそ強いが、頑固で自尊心が高く、一度毛嫌いされると命令に従わない。
今川への服属を嫌う者もいれば、独自に動こうとする者もおり、家臣団の統制は限界に達していた。
休息の折、元康は木陰で鷹を撫でながら、ふと供の者たちに語りかけた。
「鷹というものは良いな。主のために命をかけて羽ばたき、獲物を捉えて戻ってくる。
なぜ我が三河の家臣たちは、この鷹のように一筋縄で我に従わぬのだろうか……」
家臣たちが「殿の徳が足りぬわけではございませぬ」「時節のせいにございます」と口々に慰めの言葉を述べる中、後ろに控えていた正信が、低く静かな声で言った。
「殿。お言葉ですが、鷹と人間を同列に扱われては、三河は治まりませぬ」
一同が息を呑んだ。
主君の愚痴に対して真っ向から反論するなど、不敬の極みである。
兄の正重が慌てて正信の袖を引っ張ったが、元康は興味を示し、手で正重を制した。
「ほう……佐渡(正信)、申してみよ。なぜだ?」
正信は静かに前へ進み出ると、頭を低く垂れたまま、淡々とした口調で語り始めた。
「殿、鷹が主のために獲物を捕らうのは、主を慕っているからではございません。『腹が減っているから』にございます」
「……腹が減っているから?」
「左様でございます。鷹匠は鷹の腹の減り具合を正確に図り、飢えさせてこそ解き放ちます。
腹が満ち足りた鷹は、空へ放っても木の上に止まり、主のことなど見向きもせず空を見上げるばかり。三河の武士たちも全く同じでございます」
元康の目が鋭く光った。正信は言葉を続ける。
「三河の国人どもに恩義や忠義を説いても無駄にございます。彼らが動くのは、ただ一つ。
『飢えと利益』を見せられた時のみ。与えすぎれば奢り、与えなさすぎれば背く。
常に適度な飢えを与え、従えば餌を与え、背けば奪う。恩義ではなく『仕組み』で縛らなければ、三河の猛牛どもを御することはできませぬ」
周囲の家臣たちは顔を蒼くし、「無礼者!」「殿を鷹匠扱いする気か!」と怒号を上げた。
しかし、元康だけは声を出さなかった。
元康の脳裏に、雷が落ちたような衝撃が走っていた。
(……この男は、人間の本質を見抜いている。三河武士の誰もが『義』や『情』で語る中で、ただ一人『利害と恐れ』で世の中を見ているのだ)
元康はゆっくりと立ち上がると、正信の目の前に歩み寄った。
「面を上げよ、正信」
正信が顔を上げると、二人の視線が交差した。
元康の瞳には、恐ろしいほどの知性を前にした「戦慄」と、それ以上に「強い欲望」が宿っていた。
「正信。お前は恐ろしい男だな。だが……気に入った。明日より、我が側近として近くに控えよ」
「……ははっ。ありがたき幸せにございます」
正信は深々と頭を下げた。
その口元には、己の描いた筋書通りに主君が動いたことを確認したかのような、わずかな笑みが浮かんでいた。
こうして、のちに天下の運命を左右することになる徳川家康と本多正信の「暗き絆」が、三河の静寂なる野山の中で結ばれたのである。




