空気抵抗は速度に比例する
試験を終えたその晩、二人の青年が寮を出て、町を覆う城壁を飛び越え南へ歩いていた。
渋っていたアレフだが、給料がほぼ魔獣撃破報酬に比例することもあり、最悪魔獣狩れば無駄足にはならないかと思い、ついてくることにした。
「ありがとねついてきてくれて、足元が見やすくて助かるー!」
「転んでもケガしないでしょ、君。さっきのでよーくわかった」
つい先ほど、ヴェルヘンがその辺にいた口が肥大化した犬の魔獣に喰われた。
茂みから不意に飛び出した魔獣からアレフを庇い、ヴェルヘンは頭からすっぽりと飲み込まれ、腹をガジガジと噛まれた。常人は間違いなく致命傷を負うはずだ。魔獣との戦闘は遠距離から一方的に勝利することしか経験してこなかったアレフは、初めて魔獣の恐怖というものを正確に理解した。それでも、恐怖で震える手で迷わず魔獣に杖を向け、ヴェルヘンごと業火に包もうとした判断は素晴らしかった。
流れている血が歯が折れた魔獣の物でなければ。
「君何なの?人間?魔獣に噛まれたと思ったら噛んだ歯は折れてるし、口を裂いて出てくるし。
そして当然のように無傷だし」
「むしろ俺が知りたいよ、なんでみんなそんな脆いの」
「お前が異常値なだけだよ、もしかしてあれか?魔力凝固でも体内で起きてんの?」
「なにそれ」
「これだから脳筋は...杖の魔力式推進機構を向かい合わせたときの魔力が固体化して硬くなるあの現象だよ」
「まりょくすいしんきこう」
「噓だろ?魔法の基礎なんだが...
広がる螺旋に魔力を込めると力場が発生します「なんで?」そういうものです、納得しろ。
杖にそれが仕組まれています。それを用いて我々魔術師は魔法を飛ばしています。
...これ知らないってことはさてはお前、試験に魔法使ってないな?ただぶん投げただけだろ!」
「最初からそう言ってんじゃん、と見えてきた。
たまに見る謎オブジェ、これ星喰って名前あったのね」
「奴の足の付け根?から30年くらいに一度、炎を吐いて空を飛び、移動するらしい。
その時に魔力の多い森の上に着地するから魔獣が逃げてきて大遷移が起きるってわけ」
魔獣の多くが寝静まる深夜。
魔法と筋肉で南へ駆ける二人の青年はそれを目にする。
天高く聳える不気味な先の尖った塔のような生物を。
星しか見えぬ暗闇の中、赤く輝く根元の魔力の集積を。
「ところでたまに見るって何?こっち来たの初めてって言ってなかった?」
「巨大な鳥に掴まってたまに空飛んでるからその時に」
「そっかぁ」
彼らがわざわざ深夜に南へ走った理由は物見遊山のためではない。
とはいえ、今日討伐に急ぐ程の蛮勇の塊でもない。
「ここが魔力吸収範囲ギリギリか」
「見るからに急に葉っぱが萎れてる、これ以上は危険だね」
近くにあった川辺からいい感じの石を拾い上げる。
「今日知りたい事は二つ!そもそも投石が阻害されないか、そして届くか!」
「一応当てないようにね。無いとは思うけど反撃あるかもだし」
星喰の足元に向けヴェルヘンは石を大きく振りかぶる。
空気を裂き、すさまじい速度で放たれた石は...
ぽすっ
「あれ?」
「あー」
確かに星喰にまで届いた。
ただ、届いただけであった。
放たれた石に対して、星喰からの干渉は無かった。
そこにあったのは無慈悲な空気抵抗だけであった。
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「俺は....弱いっ!!!」
「初速は早いんだけど空気抵抗がね。最終的にぽすって感じ。到底威力が足りないな」
翌朝、町に問題なく帰ってきた二人。
与えられた寮にひっそりと帰ってきたヴェルヘンはひどく落ち込んでいた。
渾身の力で投げた投石は確かに星喰の足元まで届いていた。
空気抵抗により速度を失った石がサラサラの砂に静かに埋もれただけであって。
それだけ、星喰の魔力吸収範囲は広かった。
「一応魔法で空気を退けることはできるんだけど、結局魔法吸収が邪魔なんだよなぁ」
「空気!空気さえなければ!!」
空気抵抗への怒りの叫びが気持ちのいい朝に木霊した。




