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第三章 多重共線性と、摩擦係数の増大

 西園寺さんとの疑似成功に味をしめた僕は、週末、さらに分母の汎用性を実証すべく、渋谷のセレクトショップへと繰り出した。恋愛のアルゴリズムは、あらゆるセクターで等しく機能しなければならない。「あ、そのジャケット、お客様の雰囲気にすごく合ってます! 普段からそういうカチッとしたお仕事されてるんですか?」アパレルショップの店員、城崎さんが僕の腕にそっと触れながら、解像度の高い褒め言葉を繰り出してきた。触覚フィードバックの感知。そこから僕の職業に対する高い関心。これらはネットの海からスクレイピングしたモテる男の余裕の技術における承認欲求の狙い撃ちそのものだ。つまり、彼女は僕を予約済みのパートナー候補として完全にマークしている。僕は試着室のカーテンを背に、堂々と告げた。「好きです。僕の次の分母になってください。付き合いましょう」城崎さんの営業スマイルが、絶対零度の急速冷凍をかけたかのような速度で凍りついた。「は?……あ、いえ、私はお洋服の提案を……」「照れる必要はありません。僕が先ほどレジ横のお菓子を差し入れした際の返報性の論理として、君は今、最高のスマイルというリソースを僕に割いている。これは経済的かつ心理的なギブアンドテイクの合意です」「あの、警察呼びますよ?」警察。国家権力という究極の外部エラーの登場に、僕は計算を中断せざるを得なかった。おまけに、翌週のオフィスでは、なぜか受付の西園寺さんが僕の姿を見るたびに、物理的な距離を五メートル以上あけるようになっていた。データを詰め込みすぎた僕のシステムは、明らかに過学習を起こし、制御不能の暴走状態に陥っていた。カチャ、と静かな部屋にキーボードの音が響く。頼みの綱のスプレッドシートは、今や赤色のアラートコードで埋め尽くされている。



 時計の針が、二〇二六年五月二十四日二十一時四十五分を指した、その刹那の記録であった。 一千回のアプローチを試みる前に、僕というシステムそのものが社会的にデリートされかけていた。


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