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夢中  作者: ツノウサギ
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 集合場所の変更は昼食を予約していた店が臨時休業になってしまったからだということを知りつつ、昼食を取るカフェに着いた。三人程度が為している列に並ぶ。


「臨時休業って言われたの突然だったでしょ? よくお店見つけたね」

「一応他のお店も探しておいたので」

「さすがシゴデキ」


 中野くんがスマホをいじり、カフェのホームページからメニューを見せてくれる。「がっつりめのパスタが人気らしい」と中野くんの評。


「重めのメニューが多いですけど大丈夫ですか」

「なぁに、朝飯がコーンフレークだけの胃袋には余裕ですとも」


 きのこのたっぷり乗ったパスタのメニュー名を心に留め、中野くんに礼を言った。彼は既にメニューを決定しているようで、すぐにスマホを収め、肩に掛けたカバンから文庫本を取り出した。

 暇なのでチラリと覗いてみるが、海外作家の詩集のようで趣味に合わない。


 暇を持て余し、自分のスマホで他のメニューにも目を通している内に順番が来る。

 うん、いい香り。


 席につき、お冷を持ってきてくれた店員さんに注文を言った。ふわりとした服装のおばさまが右斜め前に座っている。

 彼女はナイフでハンバーグを小口サイズに切り分け、丁寧に口に運んでいる。


 それを見ていてなんだか、喉につっかえるような感覚があった。ナイフという言葉が、何か引っかかるのだ。

 うーむ。マジカルナイフ、ナイフといえば包丁、包丁といえば……。

 

 脳裏に、果物包丁を握った女が過る。


 エセ貞子──。


 急に、沼へ片足を突っ込んだような気分に陥った。


 パスタは和風だしが効いており、きのこも分厚くて美味しかったが、私がモヤモヤしてなければもっと美味しかったことだろう。




 昼食を堪能したあとは予定通り、腹休めも兼ねて、街を散策する前に映画を観に行った。

 予約の際に私が選んだ、ほのぼのと見れそうな映画だ。


 食後なのでポップコーンは買わない。中野くんはコーヒー、私は野菜ジュース──健康のためとかでなく、純粋に味が好き──をそれぞれ買い、チケットに書いてある席番に座った。

 コマーシャルが一段落すると、劇場が少し暗くなる。クリーム色のハイネックに黒いカーディガンを重ねた、全体的に黒強めな中野くんが劇場の影に溶け込むような感じがした。


 ビーッビーッ。


 横目に中野くんを見ていたら、聞き覚えのある警報音が鳴ったので視線をスクリーンに戻す。映画窃盗犯を捕まえるべく駆ける、頭が赤ランプの紳士の音である。

 スタイリッシュな走りを見せる窃盗犯を、赤ランプが同様華麗に追う。


 チューッ、とストローからジュースを吸い、なんとなく既視感を抱いた。嫌な予感をする既視感を。


 窃盗犯に向かって駆ける赤ランプと。

 私に向かって駆ける長髪な女が、脳内で重なる。


 エセ貞子──。


 薄赤いジュースの甘みが、まるで血特有の鉄の味みたいに感じた。

 そのあと映画が始まっても、主人公見せた笑顔が私をめった刺しにしたときのエセ貞子と重なったりして、全くもって集中できなかった。




 映画から出て、気になっていた雑貨屋へと向かう。

 デートプランは「こういうのは男がするべき」と譲らなかった中野くんが作ったのだが、中々どうしてセンスが良い。まぁ、他人に行動予定を敷かれているというだけで割と息苦しさはあるのだが。


 とにかく私はそこそこにウキウキしたまま、雑貨屋をうろついた。アジアンな雰囲気のトートバッグや、猫が描かれたマグカップなどが並んでいて、どれも絶妙な存在感がある。


 ちょうどボロくなっていた手鏡の代替品を探し、腰を屈めながら一品一品よ~く見る。私の横で、中野くんは一心不乱に、とぐろを巻いた蛇の箸置きと見つめ合っていた。


 お、手鏡発見。あさぎ色の外面の右端に、小さい白詰草の絵が描かれていて愛らしい。好みなデザインのものが見つかってワクワクしたまま、細部までよく見ようと手に取った。

 掌ほどの鏡に、私の像が映る。


 黒髪を肩辺りで切って、薄いメイクでお情け程度に自らを彩った女。

 女。

 ふと、呼んだ? とでも言うように、見覚えのある黒髪女が私の脳裏を掠める。


 エセ貞子──。


 もう、手鏡を買う気にはならなかった。




 辺りはすっかり夜闇に呑まれて、店の灯りばかりが目にうるさい。冬の夜は早い。

 気分的な原因で、私は少し俯いてしまう。


「お疲れのようでしたら少し休みましょうか」

「……ん、だいじょぶ」

「そうですか、無理はなさらず」


 気遣いを見せる中野くんに断りを入れつつ、ペットボトルのお茶を含む。そして、楽しくない、と思った。

 中野くんのせいじゃなく、完全に私の問題である。全部私の──いや、エセ貞子のせいである。アイツ許さん。


 やっぱり、今後殺されて死ぬのはやめたほうがいいな、と思った。

 ここまで引きずるとなると、ただでさえ楽しくない現実がいよいよ最悪なものになってしまう。今でさえ消化試合だと思ってギリギリなのだ。


「もう少し歩いたらイルミネーションですね」


 もちろん私は死から目覚める感覚が好きであるわけだから、それさえしっかり楽しめれば良いのだ。しかし、どんな死を遂げるかも重視したいのもまた本音。まだ夢を見始めて一ヶ月だ、色んな死に方を試して損はない。

 だが、他殺がダメとなると、死に方の大きな一括りが潰れちゃうな。


「お手洗いとか大丈夫ですか?」


 決してマンネリとかではないが、そもそも私が思いつく死に方なんてそう多くはないのだ。

 その中で自死か事故死に限定されるのだから、同じ死に方になってしまうのも受け入れる他ないのかもしれない。でもなぁ……それじゃあ、終わりが同じだ。


「あの」



 別な人生を死んでる感覚になれないじゃないか。



「着きましたよ」と、中野くんが私の肩を叩く。


「……へ、あっ、ごめんごめん考え事してた。ほんとだ人通り増えたね」

「やっぱりお疲れなのでは?」

「いやっ、大丈夫だから」


 中野くんは釈然としない様子で「そうですか」と言い、視線を前に戻した。その視線を追うように、私も前を見る。


 人波に一切埋もれず、木々に絡みつく電飾が煌びやかに存在感を放っている。まるで地上の銀河だと、事前調べのときに見たブロガーが言っていた。

 銀河は言い過ぎだと思うが、それでも綺麗だ。


 私が「おぉー」と感嘆の声を洩らすと、中野くんが木を囲む石段を指差す。


「僕も少し疲れてしまったので、座って休憩しましょうか」


 そう言って彼は腰掛け、私に横を促した。浮ついた人混みの中を歩くのも憚られたので、素直に従う。


 一息ついて思う。本当に綺麗だ。

 長年恋愛とは縁遠い人生だったため、家族や学生時代の友人付き合い以外でイルミネーションを見に来ることはなかったのだが、久しぶりだと感動も増すらしい。


 ふと、バババババ………と、喧騒を散らすようにプロペラ音が飛んできた。

 反射的に音の方向を見上げる。

 プロペラ音は、空のなかで流れ星みたいに飛んでいるヘリコプターからもたらされていた。東京の青黒い夜空で瞬く、一筋の鉄星。


 あのヘリから見たら、このイルミネーションはどんな風に見えるのだろう。上から覗いたら、きっと、本当の銀河みたいに見えるに違いない。



 ──そんな場所でする落下死は、きっと感動ものだろうな。



 水が上から下に流れるが如く自然にそう思って、遅れて自分が何を考えたのか理解した。


 中野くんが「高沢せんぱ、……さん」と切り出し、私の視線を自身のほうに引き戻す。すると、肩にかけていた大きなバッグから可愛らしい包みを取り出す。


「一応今日が一ヶ月記念日なので、プレゼントです」


 そう言って、中野くんは私に包みを押し付け、開けるように言う。中身を見ると、たっぷりとしたマフラーだった。


「普段会社で着けてるマフラー、かなり使い込んでいたようでしたしこれからもっと寒くなるので」

「え、あぁ、ありがとう……!」


 早速巻いてみると、首まわりだけ暖房にあたったみたいに暖かくなる。デザインはシンプルすぎるきらいがあるが、機能性重視なのもまた中野くんらしい。


「あったかぁーい」

「それは良かったです」


 ふと、ここがイルミネーションスポットではなく、例えば居酒屋だったら、と思う。

 酒や焼き鳥の匂い、ガハハと笑うおっさん方。なんでこんな場所でプレゼントなど、と思うだろうし、幻滅もするだろう。シチュエーションと場所選びというのは何事にも大事だ。


 そして、一昨日の死を思い出す。

 海辺に行った。冬なのに海というのもそこで死のうと思うのも、新鮮で面白かった。

 シチュエーションと場所選びで、死が一段階彩られた。


 天啓を受けたような心地になり、中野くんの目を見つめる。数秒はポーカーフェイスを貫いていた彼だったが、五秒を越えた辺りでなんだか困惑したような顔を作った。「……なにか」


「いや、中野くんは何で私に告ってきたのかなって気になっただけ」

「…………はぁ」

「いやね、正直私、中野くんのこと感情なくした仕事モンスターだと思ってたのよ。『恋愛にうつつを抜かす者、社会人にあらず』みたいな考え持っている人だと思ってた」


 私はかなり失礼なイメージをぶっちゃけて、中野くんを見据えた。


「ね、なんで?」


 私より三個下の中野くんは、黒縁の眼鏡を掛けてその奥に小さな双眸を隠している。センターパートにしている黒い髪は軽くうねっていた。彼はパーマを当てるようなタイプには見えないから、たぶん天パだろう。


 中野くんは真顔のまま頬を掻き、息を吸ったり吐いたりした。口に掌を当て、観念したように話し出す。


「シンパシーを、感じたんです」


 ほう、と私は零す。


「僕、大学受験を失敗していまして。家庭の事情で浪人することもできなくて、特に行きたくもない滑り止めの私大に入ったんです」


 私たちを冷ややかに夜風が撫でる。喧騒が耳をつんざく。


「それまで勉強では負けたことがなくて、大学受験もただの通過点みたいに思ってて、でも通過できなくて。

 それから、まるで他人の人生を生きてるみたいな感じがするんです」


 中野くんの背後では、電飾の銀河が弾けんばかりに輝いている。


「失礼かもしれませんが、高沢さんにも同じような雰囲気を感じたんです。仕事も何もかも、本当に自分がやっているものなのか実感が湧かないみたいな感じが、僕と似ていると思ったんです。

 だから、シンパシーです」


 要は、気になったんですよ。そう彼は締めくくった。

 つづけて照れたように俯いてしまう。彼の耳が爆発しそうなまでに赤らんでいた。寒さゆえか、それとも。


 私は頬が緩み、ま、そんなもんだよな、と思う。彼も所詮は男だったということだ。


 別にいい。それでいい。


「ね、中野くん」と、私は彼の背を叩く。

 顔を上げた中野くんの口から、白い息が漏れる。

 

「年末さ、どっか温泉でも行かない? 一緒に」





 その日デートから帰って、私はすぐ眠りこけた。マフラーを首に巻き、コートを着たまま。


 夢の中で私は、電飾の銀河に向かって身投げした。


 潰れて目覚めるときには、エセ貞子のことなど何処かに行ってしまっていた。



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