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夢中  作者: ツノウサギ
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 〈 12月7日 〉




 心にモヤモヤがあるとき、寝れば一旦マシになると誰かが言った。大多数の人間はそうなのだろうし、間違ってるとは言わない。だが、毎晩のように明晰夢を見る人間のことを想定した発言をしてくれとは思う。

 多分寝ると意識が一度プチッと途切れるからこんなことを言っているのであろうが、明晰夢の中で意識が継続している私にはまるで効果がないのだ。


 バスの運転手が停車駅を言い、誰もボタンを押さなかったようでバス停がスルーされていく。

 次で目的地だ。手首の腕時計を見ると、短い針が12を指している。このまま行くと少し遅れそうだ。


 昨日は珍しく二回死んだ。


 一回目は朝、二度寝の夢中で。二回目はいつも通り、夜の夢での死だ。その、一回目の死が最悪だったのだ。

 朝っぱらから眠るという休日の特権をフル活用した振る舞いによって、テンションが上がっていたのだろう。普段なら絶対にしない死に方を選んでしまった。


 刺されて死んだのだ。


 他殺によって死ぬのは初めてだった。雪だるまの頭は他人と数えるのは違うと思うので、まあ初めてと言っていいだろう。


 昨日の朝、「もう一眠りつくのだゾ」など宣っていた私はその前にコーヒーをガブ飲みしていたため、朝食後の歯磨きを終えてなお寝付けなかった。カフェインは強し。

 そこで、なんとなく死に方を考えてみたのだ。

 ──飛び込み、服毒、首吊り。自殺はあらかた試したもんな、事故死にしようかかな、でもなにで死のう。あ、自殺と言えばハラキリはしたことないかも! いまは令和ですがな!! うーん……。

 あ、殺されたことないな。


 なんでそうなる。

 深夜テンションという言葉はよく聞くが、どうやら早朝テンションというものも存在するらしい。じゃなきゃこんな思考回路を構築しまい。

 とにかく私は、「殺されてみるか!」と謎な決意を果たし、色々な殺され方を考えた末に刺殺を選んだ。結局ハラキリとそう変わらないではないか。


 カフェインと格闘して一時間と少し。録り溜まっていた昼ドラみたく、恋人の元カノに刺されるという設定の夢に落ちた。


 子どもの頃に気に入っていた、祖父の家にあったファミコンソフトをプレイしながら来訪を待った。ソファが尻に柔らかい。

 ガチャリと音が立ち、リビングから覗いてみると、大きなリュックを抱えた女が立っていたのだった。黒髪の長い、貞子みたいな女。


 女──エセ貞子は何か言いながらリュックから果物包丁を取り出し、土足のまま侵入して私のお腹に包丁を突き立てた。


 エセ貞子は私を押し倒して馬乗りになり、何度も包丁を抜いては刺した。エセ貞子の長髪が私の顔をペシペシ叩く。感じ慣れた死の心地が私を包む。


 初めての、他人による死。その感触をゆっくりゆっくり味わおうとして。

 

 ──味がしない、と思った。





 目を開ける。

 席は埋まっているが立つ人はいないくらいの人数がバスに乗っている。


 ぐわん、とバスが左折して、揺れるつり革が横目に見えた。

 そのまま、肺を潰すような大きな溜め息をついた。負の感情をたっぷり孕んだ溜め息を。


 私は、死から目覚めるときの感覚が好きだ。


 わだかまりも悩みも面倒も、全てを前世の私と一緒にリセットして朝と共に新生高沢(たかざわ)梨歩(りほ)を誕生させるような感覚が、違う人生を味わっているみたいで好きなのだ。


 だから盲点だった。死そのものが不快だと、目覚めた後も不快だとは。


 他人に殺される、というのがどういう感覚なのか、興味がなかったと言えば嘘になる。

 だが、私は薄っすらと(殺されるの怖いだろうなぁ)と思っていたわけなのだし、夢で殺されることが快の方向に行くことはそもそもなかったのだろう。


 他人に殺されるというのは、一人で楽しみたい食卓に、うるさい人に上がられるみたいなものだったのだ。

 死の直前まで、胴に乗っかるエセ貞子の重さや声があまりに饒舌で、死の感覚を満足に味わうことができなかった。


 多分今後、殺されて死のうと思うことはないだろう。それだけ最悪な心地だった。

 あまりに、不完全燃焼だ。


 ふと、『次は』と始まって、集合場所の駅名がアナウンスされる。


 はーい降りまーす。

 ボタンを押そうとし、誰ぞに先を越された。







「中野くん、おはよ」


 待った? と声のトーンを抑えて訊く。

 駅舎にもたれかかってスマホを見ていた中野くんは顔を上げて、「いえ特に」と、口角を下げたまま言った。


「おはようございます、高沢先輩」


 集合場所変えてしまってすみません、と彼は付け足す。


「別にいいよ」と私は答える。「でも、先輩って呼び方やめてね。仕事のこと思い出しちゃう」


 先の不機嫌を引きずって、棘のある言い方になってしまった。平日における呼び名を持ってくるんじゃない、という意味も籠っている。


「それは失礼しました」と表情を変えずに彼が言う。

 では行きましょうか、と中野くんは、ふと思い出したかのように振り返った。


「今日のお洋服、似合ってます」


 その顔がまるで仏頂面なので、私は少し吹き出してしまった。

 私の服装はと言えば、ワイドデニムと白いニットで、それを覆い隠すようにコートを重ねたあまり色気もないものなのだ。

 恐らく、この男はデートでの心構えとか銘打たれた記事を読んだのであろう、と思った。



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