偵察
テーブルの上に広げられたうちの一枚はレテの島全体の地図で、もう一枚はレテの街の地図だった。
シトの話の内容は、昨夜の時点で作戦に色々と変更が加わったという内容で、魔弾はあまり驚きもせずに話を聞いていた。
大きな変更は二点あり、見張り小屋はザロの父親とサキが担当し、残りで港の監視に当たる事。
もう一つが、偵察にはゴウかシトのどちらかの同行が必要になった事だ。
もともと監視組のみでの偵察に不安を感じていた魔弾にとって、これは最高のニュースになった。
「ダン、ここまでに何か不足は無いか?」
シトが魔弾の意見を聞こうと、視線を向ける。
「港の監視って、どこを拠点に使うんですか?できれば坂の上から見渡せる方が監視もしやすいと思うんですよね。」
「拠点?…見張り小屋みたいな建物が必要って事か?」
シトにはあまりピンと来なかったようで、その表情は魔弾を小馬鹿にしているように見える。
「朝から晩まで一日中監視なら、絶対に必要だと思いますよ。それに来るなら絶対に海からって分かってるし、海を広範囲に見渡す必要があるのでは?しかも、夜の海は真っ暗で見えないんだから、坂の上から波止場を監視するくらいしか出来ないでしょ。」
ザロの父親も魔弾の意見に同意したようだ。
「俺がキオに話をする。ダン、キオの倉庫なら問題ないか?」
「はい、見晴らしの高さも問題ないと思います。それと日が落ちたら波止場を松明で明るく出来ますか?波止場で侵入を感知できれば、対応しやすいと思います。」
魔弾とザロの父親が話を進めていく中、ゴウは黙って聞いているがシト同様あまり納得はしていない様子だった。
「分かった。すぐに松明も含めて俺からキオに話しておこう。」
やはり年長者の言葉は強いのか、納得していない二人をよそに魔弾の提案は受け入れられた。
「じゃあ行こうか、ダン。」
そう言って、シトが立ち上がる。
ーーえ?どこに?
「じゃあ、荷物は俺が運んでおくよ。」
ザロが魔弾の麻袋を肩に担ぐ。
ーーえ?偵察行くの?ゴウさんとじゃなくて?
「無理はするな。」
先程まで不機嫌そうに見えたゴウの表情も、今は心配そうな表情に変わっていた。
魔弾が立ち上がると、シトはすぐに門に向かって歩き出した。
魔弾もシトを追いかけるように歩き出す。
「あのぅ、今日ジンはいないんですか?」
「ジンは朝早くから、作業場にこもって毒を作ってる。多量に必要になるかもって言ってたからな。」
ーーあぁ…だから鍛冶屋さんに来れなかったのか…。
二人が門に着くと、二頭の馬が待っていた。
シトはすんなりと馬に跨がり門の外に出ようとした。
「ちょっと待ってください!俺、馬に乗った事ないんですけど…。」
シトは一瞬驚いた表情を見せ、すぐに馬から降りた。
「一応普通の馬ではないし、普段は大人しいから初めてだとしても大丈夫だと思うが…。どうしようか…徒歩でも俺は構わないぞ…。」
ーー普通の馬じゃない?え?どう見ても普通の…馬じゃないじゃん!
魔弾は恐る恐る馬の首を撫で、優しく声をかけた。
「お前、ディーみたいな感じなのか?」
「こいつらはディーと同じで、柵の外専用の馬だ。レテには二頭しかいないから、普段はあまり外に出さない。普通の馬より、頑丈だから早い上に安定して乗れるぞ。」
馬の蹄はディーと同様に普通の蹄ではなく肉食獣の様な鋭い爪がついており、脚はサラブレットのような繊細で美しい物ではなく太く力強さが感じられる。
ーー怖いけど、ちょっと乗ってみたいな…。
魔弾は意を決して鐙に足をかけ跨がった。
馬は驚きもせず、大人しい。
「なんだ、大丈夫そうだな。じゃあ行こう。」
そう言って、シトは馬に跨り門の外に出て行く。
魔弾は跨がっているだけで馬が勝手に前の馬に着いて行く為、傍から見ると初心者には見えない様だった。
シトは魔弾が大分慣れてきた様子を確認すると、徐々にスピードを上げていった。
馬が走る際に振り落とされないように、魔弾は足の力を緩める事なくひたすら集中する。
見張り小屋が見えてくると、シトはスピードを緩め馬から降りて小屋へ入っていった。
魔弾は特にサキと話す事も無かった為、降りて馬との距離を縮める事にした。
「お前たち頭がいいんだな!てか草食なんだよな?なんでそんな凶暴な牙生えてんの?」
魔弾が優しく話しかけながら首を撫でると、馬は魔弾の頭に顔を擦り付けた。
「おいおい、涎つけるなよ。案外懐っこいんだな!可愛いな、お前!」
ーー癒される…馬の目ってなんでこんなに優しい目なの?可愛すぎる…。
魔弾が馬を見つめながら癒されていると、シトが怒りながら小屋から出てきた。
シトはすぐに柵を開け、馬に跨がると大きな声で叫んだ。
「すぐに閉めろよ!分かったな!」
魔弾もすぐに馬に跨がり、シトに続いて柵を出た。
すると、小屋からサキが出てきて乱暴に柵を閉め小屋へ戻って行った。
ーーなにアレ…なんかブチギレてね?あんなんでちゃんと監視できんのかよ…。
しばらく無言のまま二人は馬を走らせると、畦道の横に川が見えてきた。
「少し休憩しよう。」
そう言うと、シトが馬から降りて水を飲み始めた。
魔弾も馬から降りて岩に腰掛けた。
「うわ…股が痛い…。」
馬から降りるまでは緊張で気がつかなかったのか、魔弾は座りながら股を摩った。
「まぁ、ずっと乗ってればすぐ慣れるだろ。それにしても、サキの我儘はどうにかならないのか?あれじゃ一緒に監視する親父が可哀想だ。」
シトが先程の見張り小屋での出来事を思い出し、突然不機嫌になる。
「何か言われたんですか?」
「自分を港に配置しろだの偵察は自分の方が向いているだの、ずっと文句言って怒ってた。俺は柵を閉めるように伝えたかっただけなんだけどな。」
「あー…話を聞いてくれない事良くありますよね。あのジンでさえたまに呆れてる時ありますよ。」
「ジンですら呆れるのかよ…。ゴウも甘やかし過ぎだろ。」
初めて二人の意見が一致した瞬間だった。
シトはそれが嬉しかったのか、魔弾に干し肉を半分渡した。
休憩を終え畦道をさらに進んで行くと、突然馬達が足を止めて進まなくなってしまった。
シトは無言で馬から降り、背中の武器に手を伸ばした。
魔弾も馬から降りて新調したばかりの槍を手に警戒する。
シトは体勢を低くし、ゆっくりと茂みをかき分け雑木林を進んだ。
魔弾も恐怖を押し殺しながら、シトの背を守るように後ろを警戒しながら着いて行く。
しばらく進むとシトが足を止め、辺りを見回し警戒した。
魔弾の緊張は限界まで高まり、武器を手に固唾を飲んだ。
「まだ近くにいるかもしれない…。」
シトが動物の死骸を見て、小声で魔弾に言った。
魔弾もそれに目を向け、一瞬固まる。
ーーおい…コイツ…首元の火傷も…やっぱりそうだよな?
「すぐに街に戻りましょう!早く戻ってタキリ様に報告しないと!」
魔弾が目にしたのは、“奴”が助けたはずの化け物が頭を潰され食い荒らされた姿だった。




