奴
ゴウは二人の表情を見て安心したのか、また少しずつ酒に口をつけ始めた。
立ち上がっていた魔弾は席に戻り、つまみを頬張りながらゴウに聞いた。
「ところで、“奴”って何なんですか?」
「あー!それ俺も気になる!」
やはり仁も知らなかったようだ。
「“奴”は俺たちがまだ幼い頃、両親を襲って喰った化け物だ。普通の化け物とは比べものにならないくらいデカイ図体で、それでいて動きが早い。両親は一目で危険を感じ取って、俺たちを逃がした。今まで森の奥から出てくる事は無かったんだが、前々回の収穫祭の時に薪の調達に行った木こりと、護衛で同行したジジイと俺が崖上からこっちを見下ろす“奴”を確認した。」
ーー熟練の駆除人が一目で判断できるくらいにヤバイって事かよ…。
「“奴”が街を襲う可能性ってあるの?柵内で応戦とか対策取れない感じなの?」
仁が柵内から安全に攻撃する方法を提案すると、ゴウは少し考え答えた。
「強固に作ったとはいえ、柵が奴の巨体に耐えられるか分からない。何より海岸付近に現れた目的も分からない。」
ゴウのあまりに真剣な表情を見て、二人は不安を顕にする。
「“奴”ってそんなにヤバイの?ただデカイから間合いが広くて危ないって事じゃなくて?」
仁が普通の化け物より若干厄介な程度と思いたい一心で確認する。
「“奴”は頭も良い。因みに俺の両親が喰われた後、大陸から応援に来た駆除人を3人喰ってる。ジジイが抜けたいま、俺とシトの2人で駆除できるのかは分からない。」
ーー駆除人を5人も喰ってるってマジでヤバくね?!そんなヤベーやつが街に襲来したら壊滅不可避じゃん…。
「それなら尚更、柵の内側から全員で迎え撃ったほうが良くない?!全員の一斉攻撃で柵の負担最小限に抑えてさ!」
ーー確かに!流石なんですけど!ジンの意見に完全同意!!
「俺とシトはなぜ奴が海岸に居たのかが引っかかった。海側から街の侵入を試みるつもりなのかと思った…。もしそうなら俺たちは海側を警戒するべきだろ?」
その時二人は、海岸沿いを歩いた事を思い出した。
「確かに…泳げば入れるよね…。実際俺らは入れたし…。」
「船の行き来があるから港は柵で囲えないもんな。でもそれなら監視もそっちに回したほうがいざって時にすぐ行動できるのでは?この件、タキリ様には話したんですか?」
「ジジイには話した。今頃シトと一緒に話しに行ってるはずだ。」
ーーもし仮に港から侵入されたとして、どうやって食い止めるんだ?流石にこんなに人がいたら守りながら戦うなんて絶対無理だよな…。
「せめて化け物が今どこにいるのかが分かればな…。」
魔弾は気付かないうちに声に出していた。
「分かれば防げるのか?」
ゴウが魔弾の一言に興味を持ったようだ。
「例えばだけど、化け物を怒らせて柵の前まで誘導するとか。化け物が出払ってる時に寝ぐらに罠仕掛けるとか。方法は色々あると思うんですよ。実際いつどこで仕掛けてくるか分からないから、人員配置の件も厳しいわけで…。」
「そうか、なら俺たちは見回りに出たほうが良いって事だな?」
ここで考えがまとまったのか、仁が会話に入った。
「戦わないで偵察のみって事でしょ?それなら俺たちでも全然できるんじゃない?」
ーージン、正気か?!俺は無事に街まで戻る自信ないぞ?
魔弾の困惑した表情を見て、仁が続ける。
「監視組を二班に分けて、可能性の高いエリアから順に探す。見つけたら狼煙でいけそうだと思うけど…。」
「その間、俺とシトは何をするんだ?」
「見張り小屋は親父さんに任せて、ゴウとシトは港の監視でいいんじゃない?誰かが見つけたらすぐに狼煙で合図すれば合流できるじゃん。」
「待って、そもそも素人の俺たちだけで探索とか無謀じゃないか?それにサキさん以外は“奴”を見た事無いわけだし、“奴”以外の化け物もいるしかなり厳しくないか?」
魔弾はなんとか仁を納得させようと、必死な表情で訴えた。
「“奴”はすぐ見分けがつく。背中が赤毛の化け物は、“奴”しかいないからな。」
ゴウの放った“赤毛”というキーワードを耳にした瞬間、魔弾と仁の表情が凍りつく。
「俺たち昨日、“奴”見ました…。」
「確かにすごいデカかったね…荷車狂ったように壊してたのが忘れられない…。」
「昨日…俺がサキを街に運んだ時か?どこで見たんだ?」
「場所はうまく説明できないんだけど、川沿いの道を歩いていく場所。見回りの場所は決まってるって言ってたから、ザロならすぐ分かると思う。」
「俺たちが仕留め損なった化け物を助けに来たんだと思います。俺たちには見向きもしなかったから…。」
「“奴”が他の化け物を助けに来たのか?狼の化け物は群れで動くが…熊の化け物は縄張り争いもあって大体単独で行動する。なんなんだ、海岸に現れたり訳がわからないな。」
ゴウは二人の話を聞いて混乱したようだ。
「“奴”はなんで助けに来たのかな?自分の子供だったのかな?」
混乱していたゴウだが、仁の疑問には即答した。
「額に眼球が現れたら、子は成せない。だから“奴”に子ができる事は絶対に無い。」
「子供じゃないのかぁ…じゃあ何で助けに来たんだろうね?」
仁もさらに疑問が深まったようだ。
ーー傷舐めたりしてたな。あれは化け物の間では普通の手当感覚か?それとも特別?
魔弾も昨日の記憶を手繰り寄せるが、その表情は恐怖に蝕まれていた。
「あのさ、毒が効かなかったあの化け物を捕獲して、何とか“奴”を誘き出せないかな?もちろん罠設置しまくりの準備万端状態で。」
仁の言葉は一見すると無慈悲に聞こえるが、街への被害を想定した場合そんな甘い事を考えていられないと魔弾は理解を示した。
「あの化け物なら、まだ首から腹にかけて毛が生え揃ってないだろうしすぐ見つけられそう。俺とジンの二人で何とかなりそうだしな!ジン、捕獲する用に麻酔とか作れたりする?」
「確かに麻酔は必要だよね…ちょっと帰り祈りの間で、書物を漁って調べてみるよ。じゃあ準備万端になるまではゴウとシトで港の監視をしてもらって、捕獲完了後に“奴”を迎え撃とうじゃないですか!」
ゴウは二人の勢いについてこれず、頷く事しかできなかった。




