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瀕死

今まで見た中で恐らく最大の大きさを誇る熊の化け物が、静かに魔弾を見下ろしていた。

三人はあまりの恐怖で体が動かず、ただ呆然と化け物を見上げるしかできなかった。

化け物は前足を地に着けると、魔弾のすぐ横まで近づき再度立ち上がる。

化け物が爪を振り上げた瞬間、ザロがすぐさま動き出した。

恐怖で体が硬直している魔弾の服を力一杯後ろへ引っ張り、ひっくり返った魔弾を庇うようにナイフを構えた。

仁もザロが動き出したのを見て、金属を拾いザロに続いた。

化け物が振り上げた爪を瞬時に振り下ろす。

ザロと仁は近くで見る化け物のあまりの大きさに恐怖し、防御姿勢をとるしかなかった。

しかし振り下ろされた化け物の爪は荷車の側面を勢いよく破壊し、その後も半壊した荷車を執拗に破壊していた。

荷車が完全に破壊されるまで、三人は化け物の暴れる姿を黙って見ているしかなかった。

ーーダメだ…あの爪で引き裂かれたらと思うと足が動かない…

荷車が完全に壊れると、化け物は大きな咆哮をあげ三人を威嚇した。

ひっくり返ったままの魔弾を庇うようにザロと仁が武器を構える。

威嚇の後、化け物は三人に見向きもせず瀕死の化け物に近寄って行った。

瀕死の化け物に近づき、匂いを嗅いだ後首や腹の傷を舐め、首根っこを咥えて仲間を引き摺りながら森の奥へ去っていった。

仁は化け物の姿が見えなくなると同時に、地べたに座り込んでしまった。

「マジで死ぬかと思った…」

ザロも緊張が解けたのか、仁の横に座り込んだ。

「ごめん、俺怖くて動けなかった…」

魔弾は素直に謝ったが、その表情には明らかに恐怖が残っており、普段冗談で返す仁でさえ頷く事しかできないほどの空気が漂っていた。

「奴が戻ってくる前に、すぐ街へ戻ろう。」

仁とザロが破壊された荷車の残骸から、無事な荷物を取り出そうとしている時だった。

魔弾はようやく立ち上がると、横たわるディーを見つけて駆け寄った。

魔弾の精神状態を気にかけていた仁が、慰めようと近づくと魔弾が振り返った。

「ジン…ディーを助けて…」

魔弾は泣きながら仁に懇願した。

子供のように涙を流しながら、懇願する姿を仁は無視することができなかった。

仁は魔弾を押し退け、ディーの傷の具合を確認する。

呼吸が早く肩から後ろ足にかけての深い傷は、仁から見ても助かりそうには無かった。

傷口を押さえながら涙を流す魔弾には、正直に言うことが出来ず無駄だと分かっていながらも、傷口に布を当て持参した包帯を巻いて圧迫した。

「ダン、ディーを急いで連れて帰ろう。」

荷物を集め終わったザロが二人を急かす。

「荷物はこれしか無かったから俺が持ってくよ。早く戻ろう。」

魔弾はディーを抱きかかえながら、歩き出す。

仁とザロは化け物の襲撃に怯え、魔弾はディーを助けたい一心で歩き、三人の歩く速度は来る時よりも遥かに早かった。

柵が見えてくるとザロは急いで駆け寄り、荷物を置いて柵を登り開けた。

柵の中に入ると、魔弾はすぐに仁に確認した。

「ジン、ディーはどこにいけば治してもらえる?」

仁は帰りの道中ずっと考えていた。

レテには医者なんていない、まして獣医なんて聞いたことがない。

もちろん病院なんてものも無い、じゃあレテの人たちは病気に罹ったらどうするのか。

仁自身は五年間、風邪すらひかずに過ごしていた為医者の存在なんて忘れていた程だった。

「急いで牧場に連れて行こう。」

仁にはこれしか言葉が出てこなかった。

魔弾は頷くと小走りで牧場に向かって行ってしまった。

「ジン、俺は急いで親父に話してくる。後で店に行くよ。」

そう言って、ザロは見張り小屋の中へ入って行った。

仁は三本の金属を見張り小屋の外壁に立て掛けると、急いで魔弾の後を追いかけた。

走っている途中仁の頭には祈りの間という選択肢もあったが、まずは牧場で飼育員に相談する方が正しいと判断した。

二人が牧場に着くと、掃除をしていた飼育員がすぐに二人に気付きゲートを開けた。

「ディー、お前化け物にやられたんか?随分深い傷だな。可哀想に。」

飼育員がディーの頭を撫でながら声をかけ、小屋の中に敷いてある藁にディーを寝かせた。

ーーえ?助けてくれないの?

魔弾はもちろん、仁でさえ飼育員の行動は冷たいと感じた。

すると飼育員はディーの目の前に跪き二人に言った。

「二人も、ディーの為に祈って欲しい。」

「分かりました。」

仁はすぐさま跪き祈り始める。

未だに神の存在を否定している魔弾には気安く引き受ける内容では無かった。

これまで何度も祈りの間で祈るふりはしてきたが、本気で祈るとなると話は別だ。

ましてや神を信じてもいない自身の祈りなど、冒涜ではないのかと不安さえよぎった。

ーーこれじゃ俺もサキさん達と一緒だな…ディーは俺を庇ってやられたのかもしれないのに…ディーは何も悪くないのにな。

魔弾は静かに跪き、両手を胸にあて祈り始めた。

ーーディーは何も悪くないんです。神様、いるならディーを助けてください…

魔弾は何度も何度も頭の中で繰り返した。

魔弾が祈り始めて十分程経った時、魔弾の膝に柔らかい何かが触れた。

「あぁ、ディー…良かった…治ったんだね…。」

魔弾は涙ぐみながらディーの頭を撫でた。

祈りを終えた仁と飼育員もディーの頭を優しく撫でた。

「神とお二人に感謝を。」

飼育員が深々と感謝を示し、すぐに仁はお辞儀を返した。

「神とお二人に感謝を。」

魔弾も深々と感謝を示す、信者誕生の瞬間である。

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