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6話 後輩


 欠席した祭祀当日の朝。


「あの……、ニコラ様」

 

 そう言って、嫌そうに私を睨んでいるのは、私付きの祭司補佐――アイネアだ。

 その声音には明らかな苛立ちが滲んでいた。


「重要なおつとめを放棄して何をしているんですか?」


 アイネアが苛立つ理由はよくわかる。

 彼女は半年前、聖学校を卒業し、私以来初めて大聖堂への配属を勝ち取った祭司補佐だ。

 最近はようやく祭祀への参加を許可され、少し浮かれながら新しい正装を誂えていた。


 けれど、私が急遽祭祀を欠席したことで、補佐であるアイネアも、聖堂待機になった。


「何って……、あの花の意図は昨日説明したでしょう?私はおつとめを放棄したのではありません」


 私は、昨日のうちに届けられた紫色の花を指す。

 魔女候補生たちは、基本的に敵意や害意を表に出さない。

 花言葉を使っているとはいえ、証拠を残すような真似をされたのは初めてだった。


 欠席の意思を翻すな、という釘刺しだろう。

 理由はわからない。けれど、彼女がここまで明確に意図を示した以上、逆らう方が怖い。


 発言の意図を読み間違え、相手の思惑を踏み荒らすのだけは避けなければならないが、これほど明確に意図を示してくれるのであれば、理由まで詮索するつもりはない。


 私は魔女になりたいわけではない。今回の儀式を欠席することで多少の不利益があるとしても、それくらいなら許容できる。

 これまでは学長の助言通り、波風を立てないようにしていた。そのため魔女を目指していなくとも祭祀を欠席したことはない。


 そんな裏側の事情はさておき、楽しみにしていた祭祀への参加を、私の勝手な判断で禁じられ、苛立つ気持ちは理解できる。

 感情を隠さない真っ直ぐさは美点だと思う。けれど、都の基準ではあまりに顔に出すぎている。

 

 そういった警戒心は、聖学校では教えてくれない。学ぶなら実地だ。


「いえ、あの花については理解しました」


 アイネアは花瓶のグラスベンベリーを一瞥し、顔をしかめた。


「そうではなく――、何故、自室待機を命じられた魔女候補生が、寝台の上で玉遊びをしているのかと聞いてるんです」

「ぷふっ――」


 思わず、笑ってしまった。


「……何が可笑しいんですか?」

「アイネアが素直で面白いなって」

「揶揄ってます?」


 アイネアは頬を膨らませる。完全に拗ねている。

 今は何を言っても癇に障るだけだろう。適当に話を逸らした方がいい。


「ふふ――、違うって」


 私は頭上で”弾かれた玉”を指した。


「あぁ、これのことね?これはまあ簡単に言うと……、防御魔術の訓練よ」

「防御魔術?」


 出足に突飛なことを言えば、人間は話の主導権を失うことが多い。

 アイネアは首を傾げ繰り返したが、聖学校で習う防御魔術を知らないというわけではないだろう。


「昔ね。私の幼馴染に、棒切れを振り回すことに命を懸ける少し変わった男の子がいたの」

「はぁ……」


 気の無い返事だが、眉間の皺が取れた。

 ひとまず、話を聞くことを優先したのだろう。

 聖学校時代に身につけたくだらない処世術が、アイネアにはまだ通用することを確認して、もう一段気を緩めた。


「その子はいつも私に喧嘩を売ってきたんだけど、そんな棒切れを振り回してたら危ないでしょ?だから私も身を守るために鍋の蓋を持って必死に耐えてたの。つまりそういうこと」

「いや、どういうことですか?」

「私、防御魔術の才能があったの」


 アイネアは心底混乱したように頬をひきつらせた。


「いえ、その話のどこに才能に繋がる話があったんですか?」

「三年間、一度も頭を割られなかった」


 それはもう十年近く前のこと。

 剣術道場の跡取り息子に絡まれて、練習台にさせられた時期があった。


 きっかけがどのようなものだったのかは忘れてしまった。

 手始めは鍋の蓋や、その辺に落ちていた木の棒で、彼の攻撃から身を守っていた。


 子供のお遊戯だったというのもあるのだろう。けれど、あまりに簡単に受けられたものだから、ムキになった彼に、しばらくの間剣の練習相手をさせられていた。


「女の子の頭を割ろうとするって――、その幼馴染、随分と迷惑な方だったんですね」

「本当にね」

「なのに何だか楽しそうに話しますね」


 どうだろう。

 私は戦うことが好きだったわけではない。

 けれど、聖学校時代のように、陰口を叩かれることはなかった。今のように毎日言葉の裏を読む必要もなかった。

 棒切れを振り回す幼馴染の相手をしている方が、今より気楽だったのは確かである。


 話している内に、アイネアの口角が上がったのを見て、片手に持っていた木製の玉を頭上に投げた。


「こうやって頭の上に玉を投げるでしょ」


 そしてもう片手で杖を構える。


「――『アレクソー』」


 短く呪文を唱えれば、私の頭上に一瞬、油膜のような壁が張った。

 直後、ポンっという軽い音を立てて、木製の玉が跳ね返る。


「ね?これで頭は割れないでしょ?」

「……今、玉見てました?」


 アイネアの表情は驚愕に固まっていた。


「見てないよ」

「嘘でしょう……」


 固まっていたアイネアは、しばらくしてようやく口を開いた。

 それから、自分の身体を包むように、両手で大きな円を描く。


「攻撃のタイミングは見ないとわかりませんから、目視で相手をよく見るか、常時の展開が基本だと習ったのですが。それに防御魔術ってもっとこう、範囲が大きいものですよね……。これくらい」

「それって無駄だなって思ったんだよね」


 防御魔術を大きく長く展開する必要なんてない。

 こういうのは感覚だ。気配を感じてここだと思った場所、タイミングで防御魔術を張ればいい。


「どうせ当たるのは一か所なんだから」


 そうすれば使う力を温存できる。


「……そう言えば、ニコラ様って魔女候補生でしたね」


 魔女候補生だから魔術の腕が特別というわけではないが、才能があったのは自覚している。

 かつて散々な目に遭ったお茶会で、この大道芸を披露したことで、魔女候補生たちに目を付けられたのではないかと疑っているくらいだ。


 頭を割られないために身につけた護身術が、結果として平穏を遠ざけたのだから皮肉な話である。

 

 とにかく、アイネアの機嫌は、どうにか怒りから呆れへ移ったらしい

 このまま放置しても良いのだが、手持ち無沙汰で一日中待機するのも大変だと思う。

 それに私も暇だ。


「では、午後からこの部屋でお茶会をしましょう。アイネア、手配をしてくださる?」


 魔女候補生らしい態度で言うと、アイネアは嬉しそうに『ハイっ!』と返事をした。

 

 アイネアは以前の私とよく似ている。大聖堂の華々しさに胸を躍らせ、魔女候補生の恐ろしさを知らずにいた頃の私と。

 この笑顔をもう少しだけ守りたいと思う。ままならない現実なんて、少しずつ知っていけばいい。



 * * *



「良いでしょう。かなり所作が洗練されましたね」


 手に持ったカップを置いて、私は言った。


「ありがとうございます。これからも精進してまいります」


 カップとソーサーを持ちながら首だけ傾げて微笑みを浮かべるアイネアには、作法を覚えたばかりのたどたどしさがない。

 この数か月ほどの彼女の努力の成果だ。


 大聖堂の配属とはいえ、魔女候補生でもないアイネアが上流階級の社交であるお茶会に招かれる機会は多くなかった。

 基本的に私の補佐として付いて回り、魔女候補生とのお茶会を後ろから見ているくらいだったが、彼女はその度に目をキラキラと輝かせていた。

 その真っ直ぐな憧れの視線を向けられては、知らぬ顔を決め込むのも気が引けた。


 こうして私はアイネアにお茶会の指導を始めた。

 義務ではなかった。

 けれど、あれだけ目を輝かせて見られると、知らないふりをするのも難しい。

 後輩は、思ったより可愛いものだった。


「そろそろ祭祀も終わりましたかね?」


 アイネアは、今朝のような苛立ちは薄れていたが、やはり気にはしているらしい。


 お昼を過ぎる頃には祭祀も終わる。

 本日行われるトリンマートンク次期領主の結婚式――婚姻の儀は、原則として昼に行われる儀式なのだ。

 

「いえ、まだ始まってすらいないと思いますよ」

「え――、何でですか?」


 もちろん時間帯変更の話を知っているわけもない彼女は、私の返答を聞いて、目を丸くした。


「詳しい理由は存じませんが、祭祀の時間が夕刻になったそうです」

「それって葬送の儀の時間帯――、慣例を破るとろくなことになりませんよ?」


 アイネアの物言いは尤もだが、真っ先に気付くべきはそこではない。

 自分が情報を知らされていなかったという事実を、彼女はどう受け止めるのだろうか。

 すぐに呑み込めるとは思えないのであえて黙っているが、危ういとも思う。


「誰ですか、そんな滅茶苦茶な予定を組んだ官僚」

「同意しますが、そのような言葉を安易に口に出すべきではないでしょう」


 上流階級に於いて、言質を取られることほど恐ろしいものはない。

 悪態がそのまま伝わればまだ良い方で、その言葉に尾ひれがついて拡散されることなど、別に珍しい話ではない。


 きっと大聖堂の関係者は全員がアイネアと同じように考えたに違いない。

 けれど、一度決定すれば、嫌な素振りを一切見せず、完璧に対応して見せるのが、魔女候補生であり、大聖堂の祭司たちである。

 私の前だから本音を零していると思いたいが、普段の彼女を見ていると違う気がする。


「アイネアは都で出世したいのでしょう?ならばそのような不満は呑み込めるようになるべきです」

「はぁ……」


 曖昧な返事をしたアイネアを見て、理解できるのはまだ先のことになるだろうと思った。



 お茶会を終え、アイネアと談笑していると、窓の外は暗くなっていた。

 点灯夫が点けた灯りがちらちらと見える。その割には、居住棟はいつもより静かだ。

 儀式の影響かと思っていたら、アイネアが私の胸元を凝視していた。  


「何見てるの」

「ニコラ様。――その宝石、光ってませんか?」


 アイネアは、私の胸元から視線を外すことなくそう言った。

 彼女に指摘され、自分の胸元に視線を落とすと、確かに宝石が淡い光を放っていた。

 

 けれど、それよりも彼女の言い回しが気になった。


「アイネア。これ杖だよ?」


 魔術杖。私たちのような平民は、聖学校で祭司資格を取ったあとに授けられるものだ。

 アイネアも持っているはずなのに、どうして『宝石』なんて曖昧な言い方をするのだろう。


「これって杖なんですか――?でもニコラ様の杖ってその――」


 アイネアは訝しみながら、私の耳飾りを指さした。

 私の耳飾りやアイネアの指輪のように、杖は肌身離さず持ち歩くために装飾品の形をしている。正確にはその中心に据えられた宝石こそが杖の正体である。


 アイネアも私が普段使っている杖が、耳飾りの形をしていることは知っている。

 だからこそ、胸元の宝石が杖だとは気づかなかったらしい。


「あぁ、そういうことね」


 確かにアイネアには言ったことがなかった気がする。

 普段、私も意識していないので、わざわざ伝えていなかった。


 アイネアの勘違いを正すため、私はいつも通り念じる。


 特に意識することはない。杖は身体の一部のような感覚だ。

 ただ意識するだけで耳飾りの宝石を核として、杖の形が形成される。


 私の杖は、筆より少し長い棒状をしている。

 細かな装飾は付いているが、他の魔女候補生たちと比べると質素なものである。

 先端では円環がゆっくりと回転し、その中心で耳飾り嵌められていた宝石が淡い炎を纏っている。


「これが普段使ってる私の杖ね」

「ですよね――」

「そしてこっちが魔女の杖」


 そういって胸元の宝石を指す。

 

「魔女の杖――、ですか?普通、杖って一つしか与えられませんよね」

「基本的に洗礼の儀を受けるのは一度だけだからね」


 私はアイネアの言葉を肯定した。

 杖は洗礼の儀によって与えられる。普通、人生で二度も洗礼は受けないだろう。


「じゃあ、何で二本も持ってるんですか?」

「魔女候補生になるときに、もう一度洗礼を受けたからね」


 私は、魔女候補生となって人生二回目となる洗礼の儀を受けた。

 嫌な思い出ばかりなので結果は思い出したくもないが、その時に二本目の杖を与えられたのだ。


「えっ待って、それって私が聞いてしまって問題ない話ですか?」

「別に魔女候補生だけの機密ってわけじゃないよ」


 あの日の洗礼の儀に参加した者であれば皆が知っている。

 アイネアは当時まだ聖学校生だったから知らなかっただけだ。


 私は胸元の宝石に指先で触れた。

 アイネアにしたり顔で説明したはいいけれど、実際私も混乱しているのだ。


 魔女の杖が今まで光を放つことはなかった。

 何かよくないことが起こっているかもしれない――、とは考えたくなかった。


「うーん、でもまあ今の所、これに装飾品以上の価値はないんだけどね」


 現実逃避をするように、アイネアに向かっておどけて見せる。


「そうなんですか?」

「だってこれ、杖の形に出来ないから」


 私はこれまで魔女の杖を使用したことはない。

 正確には出来なかったというのが正しい。


「魔女候補生になると、こうやって魔女の杖が与えられる。でもこのままじゃ使えないんだよ」

「使えないんですか?」

「まあね、本当のところは知らないんだけど、正式な魔女に選ばれて初めて杖の形になるんだって」


 魔女の杖は、魔女が魔女であるという証明である。

 それを継承した者こそが、正式な魔女なのだ。

 

「まあ要するに、私にとってはただの綺麗な石だよ」


 そう言った瞬間、手のひらの宝石が更に大きな光を放った。

 驚きで思考が止まる。


 宝石が変形を始め、身の丈ほどある錫杖のような形を取った。

 先端には、拳ほどの大きさの宝石が淡い炎を放ち、それを囲うように複雑な紋章が浮いている。


「ニコラ様――、これって?」

「……、」

「ニコラ様?」

「いやいや、そんなわけないよ」


 嫌な考えが頭を過ぎった。

 あり得ない。

 だって、これが使えるようになるのは――。


「嘘でしょ――」


 魔女の杖が顕現した。


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