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3話 儀式の準備


 お茶会の翌日には、ローリンが補助金の手続きを整えてくれた。


 ――期待しておりますね。


 彼女にそう言われたことが、少しだけ嬉しかった。

 魔女になるつもりはなかったけれど、何もできない田舎者だと思われたいわけでもなかった。


 昨日の地図を頼りに、服飾店へと向かう。


 都はやはり広大で、通りも入り組んでいた。事前に目的地を示されていなければ、どこに行けばいいのかもわからず、延々と彷徨い続けていたかもしれない。


 そうして一時間ほど歩いたところに件の店があった。

 商店街に並ぶ店というより、閑静な住宅街の一角に大きく店を構えた高級店といった様子だった。


 店に入ろうとして、足が止まった。

 入り口には、本日休業という札が掛かっていた。


「え、そんなぁ」


 思わず声が漏れる。

 地図を握る指に、少しだけ力が入った。


 運が悪い。

 せっかく遠いところまで歩いてきたのに、徒労に終わってしまった。

 けれど、地図にはもう一つの丸がある。ならまだ大丈夫だ。

 魔女候補生はさすがだ。こういう事態も見越して店を二つ教えてくれたのだろう。


 そう思うと、少しだけ気が楽になった。

 私は地図を握りなおし、次の店へ向おうとした。その時、中から従業員が現れた。

 

「申し訳ございません。本日は臨時休業となっておりまして……」


 彼は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「そうですか。ちなみに明日なら開いていますか?」

「申し訳ございません……。営業再開は三日後を予定しております」

「それだと少し困ってしまうのですが」


 正装が必要になるのは九日後だ。

 儀式の時間帯を考えれば、前日までには用意を終えていければならない。


 三日後に正装を買ったとして、そこから仕立て屋に持ち込む。

 間に合わないわけではない。けれど、余裕があるとも言えなかった。


「――いえ、大丈夫です」


 方針の通り、もう一つの店に行けばいいだけだ。

 先程の店から歩いてニ十分くらいで、もう一つの服飾店についた。これだけ歩き詰めなのだ、身体が火照っており、首筋に汗が落ちる。

 

 息を整えて店の中に入ろうとしたら、中から従業員らしき男性が出て来た。

 

「申し訳ございません。本日は休業です」


 思わず頭を抱えてしまった。


「えっと、なんで休業なんですか?」


 自分でも驚くほど、声が低くなる。丁寧に尋ねたつもりだったのに、語尾が硬かった。

 けれど、問い詰めても店番は『申し訳ございません』の一点張りで理由を教えようとしない。


 こちらは疲れているのに、柔軟性のない対応する彼に苛立ちが募り、普段だったら思いつきもしない発想が次々と頭を過ぎる。


 ――魔女候補生って明かしたらどうなるかな。


 都で祭司は敬われている。まして魔女候補生と名乗れば、ただの客では済まない。

 名乗れば理由くらいは教えてくれるかもしれないし、上手く言えば特別に店を開けてもらうことだってできるのではないか。


 そこまで考えて、ぞっとした。

 私はいま、何をしようとしたのだろう。


 指先から、すっと力が抜けた。

 違う、そんなことをするために、魔女候補生になったわけではない。

 そもそも、なりたくてなったわけでもないのに。


 ――落ち着け、一端落ち着いて話を聞こう。


「あの、一応私は大聖堂の魔女候補生なのですが、どうして店が閉まってるのかだけでも教えてもらえませんか?」

「えっ、あの……、取引先の工房でトラブルがありまして。大変申し訳ございません」


 魔女候補生という立場を明かすと、店番は恐縮しながら教えてくれた。


「トラブルって何ですか?あ、いえ……。因みに営業の再開は?」


 彼が魔女候補生相手にすっかり恐縮しているのを感じ取り、追及を中止する。

 別に怯えさせるつもりはないのだ。


「……目途は立っていませんが、二日から三日程はお待ちいただくことになるかと」


 期限は八日後だ。仕立て直しに五日かかるとしても、二日後に店が開けば、まだ間に合う。

 そう考えると、少しだけ肩の力が抜けた。


 先ほどの店よりは、ずっといい。

 ここまで歩き詰めで足は重く、首筋には汗が張り付いている。今からまた、知らない店を探して都を歩き回る気にはなれなかった。


「そうですか、では二日後にまた来ます」


 二日後ならば、幸い、まだ少し余裕がある。


 そう思っていたのだが、再訪した私に、先日の店番が今にも床に額を擦りつけそうな勢いで頭を下げた。

 思わず首を傾げた。何をそんなに焦っているのだろう。


「申し訳ございません。営業再開は明日を予定しております」


 私はため息を吐いた。

 確かに彼は二日から三日と言っていた。なのに私は、二日で再開する方だけを勝手に拾っていた。その方が、楽だったからだ。

 それにただの予定確認のつもりだった『二日後に来る』という言葉は、彼にとって権力者からの圧力に感じられたのかもしれない。


 そう思うと、口の中で少し苦い味がした。


 今更、別の店を探す土地勘も気力もない。どの道、明日営業を再開するというならば、この店で正装を買えばいい。

 そのままレーネマリアが言っていた仕立て屋まで持ち込めば、まだ間に合うはずだ。彼女も急がせれば五日で仕立て直せると言っていた。


 まだ、焦る時ではない。そうやって頭に言い聞かせる。

 頭ではわかっていても、手のひらに爪が食い込んで痛かった。

 

 翌日、今度は特に問題もなく正装を買い、レーネマリアに紹介された仕立て屋に出向いた。

 

 店の前に立った瞬間、嫌な想像が頭を過ぎる。

 だが、工房は普通に稼働していた。


 職人たちが、手作業でいくつもの衣装を縫製している。完成品に近い衣装や、裁断されたばかりの布が並び、一人一人が手元に集中していた。


「あのーすみません」

「あーなんですか?」


 私は一番手前にいた職人に声を掛けた。

 時間的には、すでにぎりぎりだ。

 正装の仕立て直しとなれば、ただの客として話すより、最初から用件を明かした方が早い。


 そう思った時点で、さっきの店番の顔が頭をよぎった。

 けれど、今は迷っている時間の方が惜しかった。


「私、大聖堂の魔女候補生なんですが、レーネマリア様の紹介で正装の仕立て直しを……」


 言い切る前に職人に渋い顔をされた。


「あぁ、ダメダメ。魔女候補生様の衣装の相談となると、親方がいないと決められねぇんですよ」

「いないんですか?」

「ちょうど大きな商談があるってんで今はいないんだよ。すまねえが明日また来てもらってもいいですか?」


 申し訳なさそうに頭をかいた職人を見て、胸の奥に重いものが沈んだ。


 また一日。たった一日なのに、その一日がやけに重かった。

 ローリンの、期待しておりますねという声が、頭の中で何度も繰り返された。

 

 レーネマリアの名前を使える工房もここだけだろう。今更、この他に行くところなんてない。


 翌日、もう一度工房を訪れると、今度は親方が出迎えてくれた。


「昨日は申し訳ありません、弟子から聞きました。正装の仕立て直しをして欲しいってことですね」

「はい、レーネマリア様から紹介されたんですが、この正装を四日後までに仕立て直すことはできますか?」


 最初からレーネマリアの名前を出した。そうでもしなければ、優先的に仕立ててもらうことすら出来ないだろう。


「四日後ですか――?」


 親方の表情が硬くなる。無理を言っているのは承知の上だ。

 それでも何とか妥協点を探らなくてはいけない。


「はい、多少出来栄えが荒くなっても構いません。最低限、見た目だけでも人前に出てもおかしくない程度に整えていただければ」

「――難しいですね。ちょうど昨日、大口の注文を受けたところでして……、どれだけ急いでも六日は欲しいところです」


 親方は、頭の中で工程を確認しているのか、宙を見ながらそう応える。


「どうにかなりませんか?見栄えはともかく、簡易的に仕上げるとか」

「無理言わないでください、魔女候補生の正装にそんなことをしたらうちの工房の名が地に落ちます」


 親方の声は、責めるというより困り果てていた。

 無理を通そうとする客をどう説得すればいいのか。そんな顔だった。


 血の気が引いた。

 正装を握る手から、力が抜ける。


「もちろん、なるべく希望に沿うようにはします。ですが、それを踏まえて六日はかかります」


 もう、打つ手がなかった。

 それでも、ここで引き下がれば終わりだ。喉の奥が詰まり、直ぐには声が出なかった。


「……四日後までに、できるところまででいいです」


 自分の声が、思っていたより小さかった。


「……お願いします」


 その声は、もう親方には聞こえていなかったかもしれない。

 親方はしばらく黙っていたが、やがて不承不承といった様子で頷いた。


「お預かりはします。ですが、間に合うとは思わないでください」


 その言葉だけを残して、親方は正装を受け取った。


 案の定と言うべきか、四日後に受け取った正装は、刺繍は途中で途切れ、飾りも仮止めのまま残っていた。

 親方は、私が引き取ることに最後まで難色を示した。


 結局、私は中途半端な衣装を抱えて、洗礼の儀を迎えることになった。

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