2話 歓迎のお茶会
「ようこそいらっしゃいました」
六人の中では、一番年長に見える少女が優雅な所作で立ち上がり、物腰柔らかな笑顔を向ける。
私は目を瞬かせ、洗練された淑女の姿に息を吞んだ。
思わず見とれてしまうほどに優雅で気品がある。
――これが魔女候補生、本物のお嬢様。
田舎育ちの私にとって、絵本から飛び出て来たようなお姫様のような衝撃があった。
「――あ、今日から魔女候補生として大聖堂に配属されたニコラって言います。よろしくお願いします」
一瞬の沈黙が流れ、私は慌てて挨拶する。
無作法と笑われないだろうか。心臓が激しく脈打つのを感じながら、勢いよく下げた視線を、今度はゆっくりと戻す。
けれど、私の心配をよそに、彼女はまるで聖女のように優しげな表情で、クスクスと笑っていた。
「安心なさって。わたくしたちは新たに同志となるニコラ様を歓迎いたします」
まるで私の緊張を解くためにそうしたとばかりに微笑んでいる。
いや、本当にそうなのかもしれない。
そのあとすぐに私は席に着くように促された。
彼女たちの紹介は簡潔に済まされた。
最初に紹介されたのが、真っ先に立ち上がって歓迎を示してくれた少女、この会の主催である――レーネマリアだ。
それから、比較的年上に見える少女が二人紹介され、残りの三人はほぼ私と同い年くらいに見えた。
――私が15歳だから、レーネマリア様は18歳以上だよね。多分。
唐突に年齢を聞けるわけもない。恐らく紹介された順番的にも年齢順だろう。
「わたくしたちは既に三年ほど、魔女候補生としての経験を積んでいます。何かわからないことがあれば気軽に聞いてくださいね」
レーネマリアの次に紹介された少女、ヴィヴィアンナだ。
彼女も歓迎してくれているようで、朗らかな笑顔を見せている。
意外だったのは、同い年くらいに見える少女たちですら、三年は魔女候補生としての経験を積んでいるということだった。
「魔女候補生はそんなに前から集められてたんですね」
「えぇ、でもわたくしとエイダ様は、正確には二年ほどになりますね」
そういってヴィヴィアンナの言葉を静かに補ったのは、私と同い年くらいに見える少女――トワイノールだった。 年が近そうなのに洗練された所作と、澱みのない言葉に、差を感じずにはいられない。
そんな律儀な彼女に対し、レーネマリアはクスクスと笑った。
「ええ、わたくしと、ヴィヴィアンナ様が三年前から、アドミリア様とローリン様がその少しあと。トワイノール様とエイダ様が二年前になりますね」
どうやら、有望な者がいれば、順次集められていたということらしい。
つまり、今日ここへ来たばかりの私は、同じ魔女候補生でありながら、彼女たちより二年も三年も遅れているということだった。
「今回二コラ様が参加されて七名揃いましたから、これでようやく本格的に魔女の選抜が開始できます」
ヴィヴィアンナは嬉しそうにはにかんだ。
彼女の説明によると、聖学校側にはこれまで何度も要請を行っていたが、中々魔女候補生を擁立しなかったらしい。
魔女の選抜にやる気を見せる彼女を見て、私は事前に準備してきた言葉を思い出した。
「やはり、皆さんは長い間努力してきたんですね。私のような田舎者では、全然敵いそうにないです……」
私は、魔女候補生となっても魔女を目指しているわけではない。それを周知するための言葉だ。
聖学校時代も同じような手段を使っていた。『脅威ではないので虐めないでください』というお願いでもある。
「そんなことありませんよ。わたくしたちは始めるのが少し早かっただけですから」
しかし、それを弱音と捉えたのか、ヴィヴィアンナが真っ直ぐに私を見つめた。
「魔女候補生の立場は対等ですもの。もちろん多少の有利不利はあるでしょうが、結果はその時になるまでわかりません」
同調するように、レーネマリアも続いた。
その真っ直ぐな物言いに、私は目を丸くした。
先生に不安を煽られ、少なからず警戒をしていたのだ。
釘を刺されたり、平民を見下した言葉を投げかけられたり、無作法をあげつらったり。
ありえそうな悪意を想像しては、身構え、心の準備と対策を考えていた。
けれど、彼女たちは一切そういった言葉を口にしない。
「……私でも魔女になれるのかな?」
そうしてポツリと独り言が漏れるくらいには驚いていた。
「――あ、」
余計なことを言ってしまったと思った。
あの二人がどのように思っていたとしても、他の四人が私を疎ましく思わないとは限らないのだ。
「それは貴女の努力次第ですよ」
しかし、トワイノールは茶化すでもなく、戯言だと聞き流すのでもなく、ただ一言それだけ返した。
同時に、他の五人全員も同意したように頷いた。
その朗らかな笑みには悪意の欠片もなく、ただ当たり前のことを返しただけのように見えた。
努力次第――。その言葉は、思っていたよりもまっすぐ胸に入ってきた。
魔女を目指してはいけない。
学長の言葉を覚えているはずなのに、その時だけ、少し遠いもののように感じた。
一通り、挨拶が終わると、和やかな雰囲気でお茶会が始まった。
サロンまで案内してくれた女性が私の給仕となり、勧められるままお茶やお菓子を口にする。
「まぁ、このお菓子は初めて食べる不思議な食感ですね」
私と同い年くらいの魔女候補生――エイダは六人の中では一番表情豊かだった。
「えぇ、わたくしの実家で最近パティスリーを開きました。そこでは王都で流行りのお菓子なども取り扱っております」
今回のお茶菓子を用意したのは、アドミリアらしい。
「わたくし、とても気に入りました。お義姉様にも紹介してよろしくて?」
「えぇ、ローリン様のお義姉様には是非とも味わって頂きたいです」
ローリンがそう言うと、アドミリアはとても嬉しそうに笑った。
終始、そのような様子でお茶会は進み、私がついていけていないことを感じ取ったのか、やがて話題は私のことへ移っていった。
「推薦枠で魔女候補生に選ばれるくらいだもの、ニコラ様はとても優秀なのでしょうね」
話題を口にしたのは、アドミリアだった。
「いえ、どうですかね?確かに聖学校の成績は良い方でしたけど、皆さんに誇れるほどか……」
「ご謙遜を――。次代の魔女選びを真の実力主義とするために作られた推薦枠制度ですもの。ただの学生が選ばれることはないのではなくて?」
ただの学生ではないと言われてしまえば、私も引っ込みがつかなかった。
これでも聖学校時代の成績はずっとトップを取り続け、送別会では天才と持て囃されたこともあるのだ。
魔女候補生の手前、謙遜していたが一般学生程度と思われるのは心外だ。
「まあ比較的魔術の腕を褒められることは多かったですね」
「へぇ――、わたくし是非見てみたいわ」
手を合わせて楽しそうなエイダが反応した。
その純粋な眼差しで見つめられれば隠したままでいるのも罪悪感を覚えた。
「はい、では少し――」
そういって、聖学校時代に特異と言わしめた魔術を披露する。
「わたくし、そのような使い方は初めて見ました。素晴らしいです」
「ニコラ様はやはりとても優秀なのですね!」
魔術を披露するとエイダに続いてアドミリアも褒めてくれた。
他の魔女候補生たちも、少し驚いたように目を瞬かせている。
彼女たちの反応は、聖学校時代に受けたものと変わらなかった。
いや、寧ろ成績争いや余計なしがらみがない分、純粋な驚きと賞賛を示してくれた。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
聖学校で向けられた賞賛には、どこか棘が混じっていることが多かった。
けれど、彼女たちの目に浮かんでいるのは、純粋な驚きに見えた。
魔女候補生たちは、皆、親切で、驕りもなく、立場を振りかざすこともない。
それを知れただけで、私は肩の力を抜くことができた。
お茶会が終盤に差し掛かると、レーネマリアは魔女候補生に必要なことを教えてくれた。
「二コラ様もご存じかもしれませんが、祭司が纏う儀式の正装は、朝装・陽装・晩装と時間帯ごとに違います」
「はい、陽装は聖学校時代に用意しています」
厳密には三種類の正装が必要だが、地方祭司は陽装だけ十分だと教わった。
「そうですか――。ですが陽装を含め、正装を新たに誂える必要がありそうです」
「陽装は聖学校時代に使っていたものではダメなんですか?」
「魔女候補生には、その格に見合った正装を用意する必要がありますから」
確かに、田舎の貧乏祭司が纏う衣装と、都のお嬢様が纏う衣装の格が同じはずもない。
「それに加えて、特別な祭祀――例えば領主一族が関わるような儀式では、その度に衣装を新調する必要があります」
その話を聞いて、私は思わず目を瞑った。
衣装を新調するだけでも、金銭的に痛手なのだ。それに加えて、高貴なお嬢様が纏うような高級品を毎回用意しろと言われ、わかりましたと素直に頷けるはずもない。
――もしかして、これが魔女候補生を目指すなと言われた理由?
金銭感覚の違い。用意するべき物を用意出来なければ周囲からどのような目で見られるのか、想像に難くない。
どうすればいいのか答えられずにいると、ローリンが苦笑いを浮かべて声をかけてきた。
「魔女候補生の格式に合った物を手配するのは大変ですものね。でも大丈夫ですよ、魔女候補生には聖堂から補助金が出ますから」
「そうなんですか?正直、それは助かります」
心の内を言い当てられた驚きよりも、心配が呆気なく解決したことに安堵した。
「大変急な話にはなりますが、ニコラ様のお披露目は、十日後の洗礼の儀となります」
しかし、安堵したのも束の間、レーネマリアはさらに大きな課題を告げた。
十日後。
思わず、頭の中で日数を数えた。今日を入れても十日。
補助金の手配をして、朝装を用意して、意匠を選んで、刺繍まで施す。そんなことを、十日で。
「十日後ですか?洗礼の儀ということは朝装が必要ですよね……」
「おっしゃる通りです。さすがにそれまでに正装を新しく誂えるというのは難しいと思いますので、今回は既製品で構いません。ただ、魔女候補生の格に見合った意匠や、個人を示す刺繍だけは施すようにしてくださいね」
レーネマリアはそう言って、後ろに控えていた彼女の侍女に一枚の紙を持ってこさせた。
「こちらはわたくしの物ではありますが魔女候補生の立場と格を示す紋章と意匠の図案の例です。わたくしの家の紋章を基調としていますが、ニコラ様も自分に見合った正装を見立ててください。少々大変かもしれませんが、魔女候補生としての手腕が試されます」
あらかじめ準備を整え、必要な情報を的確に渡す。これが、魔女候補生に求められるの手際の良さなのだろう
ならば、私はまず何をするべきか。
「ニコラ様はこれから時間もない中、お忙しいでしょう?わたくしが補助金に関する書類の手配を致しますね」
「本当ですか?ありがとうございます。ローリン様」
考える間もなく、ローリンが手を貸してくれた。
とてもありがたい提案だ。これで少し余裕が出来そうだ。
「えぇ、ですから洗礼の儀に向けてしっかりと準備をなさいませ。――期待しておりますね」
ここまで丁寧に準備を整えてくれた彼女たちの期待に、応えなければならない気がした。
ならば、真っ先に考えなければならないのは、正装を買い求めることだ。
どうやって正装を用意しようかと考えていると、ヴィヴィアンナが侍女を呼んだ。
彼女もあらかじめ準備していたのだろうか、侍女に地図を広げさせた。
その地図には、目立つように二か所の建物が丸で囲んであった。
「正直、わたくしは既製品を着ることが無いのであまり詳しくはないのですが、その辺りに都の祭司が通う服飾のお店があると聞いたことがありますよ」
呆気なく場所も判明する。
肩透かしを食らった気分になるが、都を歩き回る手間を考えたら、やはりありがたい。
私がお礼を告げると、レーネマリアが侍女に指示し、新たに書き込みをさせた。
「ちなみに、わたくしはこの店で服を仕立てることが多いです。買い求めた正装は、このような工房で仕立て直しするとよろしいですよ。仕立て直しなら、急がせれば五日もあれば仕上げてくれるでしょう」
「そうなんですね。ヴィヴィアンナ様、レーネマリア様、ありがとうございます」
私が考えるよりも先に、必要な手立てが次々と示されていく。
その親切さと手際の良さに感心する一方で、自分だけが取り残されているようで、少しだけ息が詰まった。
それでも、手元の地図には行くべき場所が示されている。
なら、まずはそこへ向かえばいい。
そう思うと、ほんの少しだけ息がしやすくなった。




