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1話 魔女候補生


 そもそも、魔女候補生になるつもりはなかった。


 聖学校を卒業した後は、地元へ戻り、養父のもとで祭司として働く予定だったのだ。

 それが何の因果か、気付けば七人の魔女候補の一人に選ばれていた。


「やったじゃん二コラ!さすが天才少女!」


 結果、卒業後の送別会では、発表とともに同級生に詰め寄られることになった。

 次々と送られる祝福の言葉の中に、ときどき嫌味や嫉妬混じりの言葉が混ざるが、今更気にすることでもない。


 聖学校での三年間は、基本的に悪意を受け流すことで心の平穏を保ってきた。

 歴代最短とか、前代未聞とか、そういった賞賛を受けることの多かった私にとって、他人からの嫉妬は切っても切り離せない関係だった。


 最初は『嫌だなぁ、何でそんなことを言うんだろう』と、泣き言を言っていた。

 けれど、そのうちすべての人間が悪意ある言葉を投げかけてくるわけではないことを理解した。

 嫌な言葉は受け流せばいいと覚えたことで、その後の学生生活はとても気楽なものになった。


 同級生たちの祝福が収まると、教師陣からの挨拶が始まる。

 しかし彼らから送られる言葉は、同級生たちの祝福とは違い、どこか奥歯に物が挟まったようなものばかりだった。


 挨拶が終わったところで、学生生活で一番懇意にしていた先生に会場の外へ呼び出された。

  

「二コラ。今回のことは申し訳なく思っている」


 彼は開口一番に謝罪を口にした。


「何で先生が謝るんですか?」


 私が訝んで疑問を返すと、彼は理由を語ってくれた。


 そもそも、私が選ばれたのは魔女候補。

 正確には、領地で定められた魔女候補生制度における”魔女候補生”という立場だった。


 聖学校が帰属する祭祀部のトップには、慣例として魔女が就任することになっている。

 この次代の”魔女候補”こそが魔女候補生なのだ。


「基本的に、魔女候補生に選ばれるのは、名門一族のご息女だ。いくら実力主義を標榜しているとはいえ、昔の領主様は、一体何を考えて聖学校の”推薦枠”なんて用意したのだろうか」


 虚空を睨みつける彼の姿は、何処かやるせない様子だった。


「学長に、二コラを魔女候補生に推薦するのは反対だと進言したが、却下されてしまった」

「はぁ……、そうですか」

「どうしてお前はそんなに反応が薄いんだ?」

 

 先生がそこまで言うのであれば、魔女候補生への推薦が、あまり望ましいことではないのは理解出来る。

 高貴な方々と競い合わなければならないというのは、確かに気が重い。


 けれど、私は元々魔女になることを望んでいない。

 適当にやり過ごして、魔女が決まったあとは地元に帰ればいいのだ。

 先生は、私の返答が気に入らなかったのか、呆れたように頭をおさえた。


「私は魔女候補生の立場が危険だと言っているんだ」

「悪意を受け流すことには慣れてます」


 小説での高貴なご令嬢と平民の扱いの差を考えれば、多少の嫌がらせがあることくらいは想像できる。

 けれど、それは聖学校での日々と変わらない。

 

 相手が悪意の片鱗を見せたら受け流せばいい。少なくとも私はこれまでそうやって生きてきた。


「ニコラ。そういう話では――」


 そこで彼は言葉を切った。

 会場の扉が開き、数人の卒業生がこちらへ歩いてくる。


 先生は一度だけ彼らを見て、それ以上は何も言わなかった。

 公の場で推薦枠への不満を口にするのは憚られたのだろう。彼は私に会場に戻るように伝えると、足早にその場を去った。


 送別会の最後、学長が私のもとへとやってきた。


「栄えある魔女候補生に選ばれた君に、大切なことを三つ伝える。

 一つ、魔女や他の魔女候補生には礼を尽くしなさい。彼女たちは高貴な生まれだ。

 二つ、大聖堂で波風は立てないこと。祭司としての将来に関わるからね。

 三つ、間違っても魔女を目指そうとしてはいけないよ――」


 ――魔女候補生に推薦しておいて、魔女を目指すなとはこれ如何に。


 結局、私はその言葉の意味を半分も理解できないまま送別会を終えることになった。



 * * *



 聖学校から、私の配属される大聖堂のある都までは、列車で半日ほどの距離だった。


 聖学校のあった地方都市と比べ、領地の中心地である都は、規模も華やかさも賑わいも桁違いだった。

 

 通りの名前も、建物の形も、行き交う人々の服装も、何もかもが多すぎた。

 目で追おうとするたびに、別の声が耳に入る。

 気づけば、荷物を持つ手に力が入っていた。


 大通りを歩けば店の呼び込みに声を掛けられ、大道芸人や劇場、道端で花を売る少年少女が目に入る。

 

「すみません。大聖堂はどこにありますか?」


 駅舎にほど近い場所にあった、兵士の詰め所で道を尋ねる。

 

「お嬢ちゃん、祭祀部に用があるのかい?」

「はい、本日から大聖堂に配属されることになりました」


 私がそう言うと、それまで少しやる気のなさそうだった兵士が居住まいを正した。


「祭司様でしたか。失礼いたしました。案内は――、部下にさせますので少々お待ちください」


 すぐに、案内役の兵士が付けられた。しかも馬車付きだ。


 都では、祭司はこのような扱いを受けるのか。

 私が地元にいた頃は、祭司である養父は、地元の住民たちにもっと馴れ馴れしい態度で親しまれていた。

 だから、まさか祭司であることを明かすだけで、露骨に態度が変わるものとは思いもしなかった。


 以前から噂には聞いていたが、都に勤める祭司は、田舎の祭司とは扱いからして違うらしい。 


 何もしていないのに敬われる立場に、私は少しだけ居心地の悪さを覚えた。


 駅舎から大聖堂のある地区まで、馬車で一時間ほど掛かった。

 大聖堂の広大な敷地は大きな塀に囲まれていた。

 門前には兵士が立っており、私は事前に教えられていた通り、紹介状を渡して通してもらう。


 門から先は小さな森となっていた。少し進むと途端に視界が開け、真っ白な大聖堂の威容が飛び込んで来た。


「綺麗……」


 思わず呟いていた。

 荘厳という言葉がぴったりだ。正面にそびえたつ巨大な建物は、繊細な意匠が施され、ここがどれだけ尊い場所であるかを示している。

 その他にもいくつも大きな建物が並び、それぞれが内部で行き来できるように繋がっているのが見える。


 建物の手前には広大な噴水広場があり、沢山の人や馬車が行き交っている。


「聖学校からいらっしゃった、魔女候補生のニコラ様ですね」


 馬車を降り、大聖堂の入口に到着すると、若草色の官僚服を着た男性に声を掛けられた。

 あちらこちらに視線を飛ばしていた私は、思わず肩を震わせる。


「あっ、はい……そうです」


 都に到着して以来、ずっと感じていた緊張が無意識に声に現れた。


「ようこそいらっしゃいました。ここがトリンマートンク領都、祭祀部本部の大聖堂です」


 都の官僚に恭しく挨拶され、私はまた居心地の悪さを感じた。

 釣り合っていないというか、これまで丁寧に扱われたことがないので落ち着かない。


 大聖堂の中を案内される。

 案内役の官僚によると、ここでは祭司や、官僚などの関係者が頻繁に出入りし、常時数百人規模の人間が働いているらしい。


 廊下ですれ違う人々も皆、堂々としていた。

 ただ歩いているだけでも所作が洗練されていて、端々に聞こえる会話ですら難しく、何を話しているのか半分も分からない。

 私だけが、廊下の歩き方からして、分かっていないような気がした。


 私の育った地方の聖堂とは根本的に違う。


「二コラ様――」

「あっはい、何でしょう」


 関係ないことを考えていたため、名前を呼ばれて上擦った声が出た。


「ニコラ様は、お部屋を確認したあとは、どのように過ごされる予定でしょうか」

「えと、とりあえずは荷物の整理をしようかと……」


 聖学校の寮から送った服や日用品などは、既に大聖堂内に新しく賜る部屋に運び込まれているそうだ。尤も貧乏学生そのものだったので、私物はそれほど多くない。一時間も掛からず片付いてしまうだろう。


「そうですか。ではある程度落ち着きましたら、是非、サロンまでお越しください。魔女候補生の方々から、歓迎のお茶会を開きたいとの要望を頂いております」


 お茶会という言葉に僅かに胸が高鳴った。

 小説でしか聞いたことのない言葉である。

 しかし、懸念はすぐに思い浮かんだ。


 歓迎――。その言葉だけを聞けば、ありがたい話のはずだった。

 けれど、案内役の口調は、どこか予定を告げる時のものに近い。

 参加しますか、と尋ねられた気はしなかった。どちらかというと参加することになっています、と言われているような気がした。


「か、歓迎してくれるのは嬉しいですけど、私、作法なんてわかりません」


 聖学校の在学期間で学んだことは、一般教養と祭祀の知識と、魔術の扱い方だけだ。卒業後は地方祭司として田舎に配属されるので、都の――、まして上流階級の文化など教えられなかった。


「安心してください。その辺りの事情も考慮してくださるでしょう。魔女候補生の方々に、無知を笑うような狭量な方はいらっしゃいませんから」


 聖学校の教師陣を恨みたい気持ちになりながらも、そう言われてしまえば断れるはずもない。

 参加の返事をした後、自室へ戻って荷物を整理する。片付けは直ぐに終わった。


 しばらくすると、先程とは別の案内役の女性が部屋を訪ねてきた。


「お茶会の準備が出来ております。既に皆さまがお待ちですので、サロンまでお越しください」

 

 彼女に連れられて、サロンと呼ばれている部屋まで行く。

 扉を開けるとそこは別世界だった。


 見たこともないような大きな絵画や、目もくらむような調度品。豪華ではあるが華美ではなく、意匠を施された開放的な窓から、木漏れ日のように柔らかな光が差し込んでいる。


 部屋の中央には、白のレースが掛けられた円卓が鎮座しており、それを囲むように六人の少女が座っていた。


 その瞬間の胸の高鳴りは、期待なのか不安なのか分からなかった。

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