第3話 背番号17、親のサポートに感謝する
2016年7月、アリゾナの抜けるような青空と肌に突き刺す日差しの下、鳳陽斗は背番号17のアリゾナ・ドジャースのユニフォームに袖を通し、最低気温が30℃を下回らない灼熱の中練習に打ち込んでいた。
マイナーの地で背番号17を選択したのは意味があった。海を渡り、真の意味でパイオニアになった伝説的レジェンド投手を超えて見せる。彼がつけていた背番号16+1、自ずと気合が湧いてくる。
ストレッチとアップを終えてバッティングゲージへ
「ようハルト、本当の地獄へようこそ」
先に施設で練習を始めていたラテン系の若者が、陽斗の巨大な肩を叩く。彼らの多くは、週給290ドル、日本円にして31,000円という生活の中で、ハンバーガーやピザをかじりながら必死にメジャーへの切符を争っている。勿論陽斗も例外ではない。陽斗はずっと母のサポートを受けここまで繋いできたのだ。
「…150万ドルのサイニングボーナスが無ければ3年…いや、2年続いたかも怪しいな。」
自宅コンドミニアム(長期滞在者向けの宿泊・別荘利用施設)内のジムで汗を流しながら陽斗はつぶやく。今自分は親の資産を燃やしながらマイナーの地で野球に打ち込んでいる。絶対に成功するという意思を強く持ち、今日も自分を追い込んでいくのだった。
◇
当初、球団はアリゾナのルーキーリーグでじっくり慣らす方針だったが、陽斗の肉体レベルがそれを良しとしなかった。身長は2cm伸び体重は5kg増えて、192cm95kgに。体重を落とさず筋肉量を増やせたのは、球団から紹介された家政婦さんを週4日で雇入れ、栄養に富む食事を提供してくれたからに他ならない。
「流石にピザ、ハンバーガー、タコスで身体は作れないからね…。」
自分がもし将来球団に物申せる立場になったら、給与だけでなくこの辺りも変えていけたらと思う陽斗だった。
そうして16歳のマイナーでの最初のシーズンの成績は驚くべき結果となった。アリゾナルーキーリーグで圧倒的結果を残すと7月末には飛び級で1Aグレートレイクス・ルーンズへ。さらにそこでも制圧するとついにはシーズン終盤A+のランチョクカモンガ・クエークスへ。
怪我防止の為盗塁は100%成功するであろう場面でのみ試みるという教えを守り、ヘッドスライディングの禁止、連投禁止、50球の投球制限という管理野球の中で16歳の陽斗が残した成績は以下の通りである。
2016年 鳳 陽斗 成績 (ルーキー・A・A+合算)
投手成績
登板 10
先発 10
完投 0
完封 0
投球回 26回 2/3
打者 100
防御率 0.68
勝敗 3勝0敗
勝率 1.000
奪三振 42
失点/自責点 3/2
与四球 5
敬遠 0
与死球 1
被安打 12
被本塁打 1
WHIP 0.64
K/BB 8.40
K/9 14.47
BB/9 1.69
打者成績
試合 52
打席 185
打数 154
安打 58
打率 .377
本塁打 11
打点 36
二塁打 14
三塁打 2
塁打 109
得点 35
盗塁/盗塁死/成功率 4/ 1/.800
四球 26
敬遠 2
死球 3
犠飛 2
犠打 0
併殺 1
三振 22
出塁率 .470
長打率 .708
OPS 1.178
wRC+ 215
投手では主にピギーバック(2番手先発)として起用され、K/9 14.17という驚異的な奪三振能力とWHIP 0.64という支配力を見せた。
打者でも盗塁を控え長打を量産。その結果OPS1.178、wRC+ 215というリーグ平均を遥かに超越する驚異的な打撃指標を記録する。
ゲームみたいな指標だな。と呆れるコーチだが陽斗は完全に手応えを掴んでいた。2016年当時、高校野球のエースは週500球以上は投げ込んで鍛えていた。しかし完成がされる前の肩肘の負担も大きく、成長と同時に故障のリスクも大きかった。
(誘いのまま名門高校野球部に入部していたららどうだろうか…キャッチボール含め週200球制限などあり得ない…監督さんが許可してもチームメイトやOBが黙っていないだろう…。そう思えばマイナーを選んで正解だったかもしれないな……。)
「おい、ハルト、ちょっといいか?」
ドジャースのマイナー巡回コーチが歩み寄ってきた。その手には、球団フロントの意向が記されたメモが握られている。
「端的に言って素晴らしいシーズンだった。16歳でこれだけの数字を残した選手は、球団の歴史上でも極めて稀だ。フロントもお前の投手と中堅手としてのポテンシャルを本物だと確信している。来春のメジャーキャンプには、招待選手として声をかける方向で調整中だ。」
「……キャンプ招待ですか!」
「ああ。来年はさらに上のステップのAA、タルサ・ドリラーズからスタートする事になるだろう。」
周囲のチームメイトたちがどよめく中、陽斗は小さくふうっと息を吐き、静かに頷く。
「わかりました!オフの間にさらに体を鍛えてレベルアップしておきます!」
日本の同級生たちが高校1年生の秋を迎え、新チームのレギュラー取りに精を出している頃、16歳の鳳陽斗はすでにメジャーリーガー蠢くAA、AAAの喉元にその鋭い牙を突き立てようとしていたのだ。彼が選んだ中卒でのMLB挑戦という言い訳も逃げ場もない片道切符は、わずか3ヶ月で夢から現実へとその解像度を高めていったのだった。




