第2話 契約
延長スプリングトレーニング合流から数日後、施設内の第1グラウンドで、若手練習生やテスト生を集めたフィジカルテストと実戦評価が行われていた。
そこにはマイナーリーグのコーチ陣、フロントの育成部門のトップも視察に訪れていた。アジア人が一人交じっている光景を、皆が訝しげな目で見守っていたが、テストが始まるや否や、その空気は一変した。
30ヤードダッシュ3.74秒、右打席からの一塁到達タイム4.0秒、特筆すべきはベースランニングの14秒2だ。これはマイナーで俊足とされる選手にも劣らないタイムだ。
続くフリー打撃。
ケージに入った陽斗は快音連発し左中間、右中間と軽々とフェンスを超えていく。ケージ裏のモニターに弾き出された打球速度は104マイル(約167km/h)とメジャー長距離砲クラスの数値。
守備でも広い守備範囲と正確な送球技術を見せつけたが、評価を驚愕から異常にまで引き上げたのは実践形式のフリーバッティング登板だった。
「Next Ohtori! To the mound!」
次、鳳が投げます!
陽斗がマウンドに立ち、ノーワインドアップから流れるようなフォームで投げ込んだボールは、唸りを上げてミットに突き刺さった。
ズバァン!!!
96.5マイル(155km/h)
およそ15歳の年齢では考えられない数字がスピードガンに表示されている。打者は完全に振り遅れる。
結局この打者から30球でヒット性の当たり0本、ストライク数は25と完全に封じこめた。
マウンドを降りる陽斗を、コーチ達は信じられない物を見る目で見つめていた。陽斗の評価は走攻守、そして投球と並のトッププロスペクトを凌駕する怪物へと書き換わったのだ。
練習後、陽斗はコーチ室を訪れチーフに直談判。
「なっ…ピッチャーもセンターもやりたいだと!?」
この年2016年、当然NPBで躍動する大西翔平以外、MLB、MiLBの常識ではあり得ない選択だった。
投手か野手、どちらかに専念し才能を磨くべきと反論するチーフだったが、陽斗は冷静に返す。
「俺は自分の肩肘を壊すような無理はしません。投球数とリカバリーは俺自身が厳密に管理します」
その真剣な眼差しと、つい先程見せつけた圧倒的なパフォーマンスを前に、チーフは呆れたように笑うしかなかった。
「わかった……とりあえず特例だ。投手、野手すべての練習メニューを許そう。」
◇
そして7/2の契約解禁日、鳳 陽斗16歳。
分厚い契約書の束を前に、陽斗はペンを走らせる。
【所属球団】
ロサンゼルス・ドジャース (MLB)
マイナーリーグ契約(国際アマチュアフリーエージェント)
【契約内容および金額】
契約金:150万ドル(約1億6200万円)
学費保障制度(芽が出ずマイナーを引退した際に大学に通うための学費サポートプログラム付き)
【付帯オプション・特約】
1. 複数ポジションでの育成を保証:フロント及び現場が、投手ならびに外野手としての起用・育成プランを組み、本人にいずれかの専念を強制しない。
2. 球数制限および登板間隔の絶対厳守:10代の期間中は、年間イニング数ならびに1登板あたりの球数制限を遵守する。
【配属先】
ルーキーリーグ(アリゾナリーグ・ドジャース)
※アリゾナのコンプレックスリーグへ即日合流し、プロの公式戦デビューに備える。
サインを終えた書類をスカウティングディレクターが回収し、嬉しそうに握手を求めてきた。
「ウェルカム・トゥ・ドジャース。ハルト、正式な我々の一員だ」
「ありがとうございます。やっと練習だけの日々は終わりですね。」
「前代未聞の特約事項だ。フロントと育成チームを説得するのに骨が折れた。それにマイナーリーグの移動バスや食生活は、君たち日本人が想像するよりずっとタフだぞ?」
「……タフなのは望むところですよ。俺はMLBの歴史を塗り替える為に、この地に来たのですからね。」
陽斗は青い帽子を受け取ると、口元に笑みを浮かべてそう言いのけて見せたのだった。




