第30話 ジャパニーズ・エクソシスト
2点を返したことで、ドジャースのベンチに、再び強烈な闘志が蘇る。
この最終決戦において、ロバーツ監督に投手起用の迷いや出し惜しみはありえない。ブルペン陣は全て惜しみなく総動員だ。
2回途中で降板したダルウィーシュの後は、盤石のリリーバーであるブランドン・モロー、そして左のエース、クレイトン・カーショウを中二日で立て続けにマウンドへ送り込む力技に出た。
この執念の継投が、ピタリと嵌る。特にカーショウは、全く危なげがなかった。独特のモーションに、わずかな癖すらない精密なフォーム。打者一人ごとにサインを変更し、極めて速いテンポの投球。それが皮肉にも、リアルタイムで映像を解析しサインを伝達するというアストロズの盤外戦術に解析する暇を与えない。
考える隙すら与えないカーショウの堂々とした投球の前に、アストロズの打線は手も足も出ず、凡打の山を築いていく。3回、4回、5回を、見事に無失点で切り抜けた。
そして迎えた5回裏。
この回の先頭打者は、すでに特大の一発を放っている鳳陽斗。
今シリーズ乗りに乗っている陽斗は、もはやメジャーの並の投手では止められない存在になっていた。
身体付近のインコースに投げ込まれた97マイルのフォーシーム。腕を折りたたみ、腰を回転させると、弾丸のようなライナーがレフト方向へ一直線に伸びていく。
——ドンッ!!!
レフトスタンドに高速で着弾する、圧巻の2打席連続ホームラン。
「OOOOOOOHHHHH!!!」
これで1点を返し3‐5。空気は完全にドジャース側へ傾いた。大歓声のスタンドを仰ぎ見ながらダイヤモンドを一周し、陽斗がダグアウトに戻って仲間たちと熱いハイタッチを交わし終え、アストロズベンチが投手交代の準備に入った時だった。
昇格同期のコディ・ベリンジャーが意味深な顔で陽斗に近づいてくる。
「なあ……ちょっといいかハルト」
「コディ? どうかしましたか? 配球に関する相談ですか?」
今季大ブレイクを果たしたゴールデンルーキーは、ポストシーズンも全試合『4番』でスタメンを張っていた。しかしワールドシリーズでは極度の不振に陥り、打率1割台前半、三振数はシリーズ記録の17と、完全に快音を潜めてしまっている。
「配球の相談の前に……その……頼む、ハルト! ……二打席連発をもたらしたそのバットなんだが……『good luck』がありそうだから、次の打席、お前のバットを借してくれ! 俺も今日こそは何とかしたいんだ!」
縋るような目で訴えてくるベリンジャーに、陽斗は困ったように眉を下げた。
「気持ちは痛いほどわかりますけど……俺のバットは35.5インチ、33オンス(約90.2cm・935g)ですよ? コディのやつは確か33.5インチ、31.5オンス(約85cm・893g)ですよね。長さも重さも違いすぎて流石に扱えませんよ……。打撃メカニクスがさらに崩れてしまいます。」
「そ、そうか……でもじゃあどうすればいいんだよ……!」
気落ちし、神にでも縋りたいような兄貴分の顔を見て、陽斗は小さく息を吐いた。
「……わかりました。少し、コディのバットを貸してください」
「えっ?」
キョトンとするベリンジャーからバットを受け取ると、陽斗はスッと姿勢を正した。神妙な面持ちになり、固く目を閉じる。両手の人差し指と中指を立てて刀印を結び、ブツブツと日本語で何かを詠唱しながら、素早く指を組み換えていく。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前――!」
それは日本古来の呪術、『九字護身法』。
印を結び終えた陽斗は、右手首を左手で掴み、掌を広げ気合を込めてバットにかざした。
「はああああっっ!!!」
……しんと、静まり返るドジャースベンチ。
いつもベンチで無駄な私語をほぼしない陽斗が、突然始めた迫真の『謎の儀式』。ロバーツ監督も、コーチ陣も、スター選手たちも、いったい何事かと完全に目を丸くして視線を陽斗にやっている。
儀式を終えた陽斗は、ゆっくりと目を開き、厳かな面持ちでベリンジャーへバットを返却。
「……はい。これでコディのバットから、不振の邪気は完全に消滅させて、さらに神のご加護を注入しました」
「お、おおっ……!? サ、サンキュー……って、お前そんなことできるのか?」
「ええ。実はうちの鳳家は、祖先が高名な『宮廷占星術陰陽師、ジャパニーズ・エクソシスト』なんですよ」
ドジャースベンチから、一斉に「何だって!? エクソシスト!? マジかよ!?」という、半ば呆れ、半ば驚愕の声が上がった。
「——さぁ、邪気も祓われたので肝心の配球の話をしましょう」
騒ぎを尻目にすぐに元の冷静な顔に戻った陽斗は、ベリンジャーの肩に手を置いた。
「いいですか、ベリンジャーさん。ランナーが一人でも出れば、あなたが打席に立つ時には『左のワンポイント』を登板させてきます」
「え、そうなのか?」
「ええ……その時出てくるのは『リリアーノ』一択です」
次に出てくる投手の名前まで断言され、ベリンジャーとその隣で聞いているダルウィーシュはゴクリと唾を飲み込む。
「彼の左打者に対する絶対的なパターンは一つです。まず、あなたが一番苦手としているインハイの厳しいところをフォーシームで突き、追い込んでから最後はアウトコースへのスライダーで空振りを奪う。データはそう示しています。
……でも、今シリーズのリリアーノは恐らくそこまでスライダーの精度が良くない。失投で少し中に入ってくるはずです」
陽斗は強い眼差しで、ベリンジャーを見上げた。
「今のコディなら、それを踏み込んで捉えられるはずですよ。エクソシストのお墨付きですから、気楽に振ってきてください」
――そして数分後。
ターナーの安打で一死一塁となったところで、陽斗の予言通り、アストロズのブルペンから出てきたのは『左殺しのリリアーノ』だった。
バットに取り憑いた悪霊を払ってもらい、登板するピッチャーも言い当てられ、陽斗を預言者だと本気で思い込んだベリンジャーの顔には、それまでの力みが嘘のように消え、異様なまでのリラックス感が漂っている。
打席に入り、その初球。予告通りインハイへの際どいフォーシーム。驚くことなく、平然と見送るベリンジャー。
そしてカウント2-2から投じられた5球目。
リリアーノの腕から放たれた決め球のアウトコースへのスライダーは……真ん中寄りに甘く入った。
完全に『そのコース、その球種』を待ち構えていたベリンジャーが、リラックスした完璧な力感でバットを一閃する。
——カアァンンッ!!
「HIGH DRIVE!! DEEP RIGHT FIELD!! 」
高々と舞い上がった!! ライト後方深くへ!!
「IT'S GONE!!!! A TYING TWO-RUN HOMERUN!!!!! CODY BELLINGER DELIVERS THE BIGGEST BLOW OF THE SEASON!!!!! 」
入ったァァァァァーーーッッ!!! 同点ツーランホームラン!!! コディ・ベリンジャーが今シーズン最高の一撃を放ちました!!
「UNBELIEVABLE!! WE ARE TIED AT FIVE!! GAME SEVEN, NEW GAME!!!! 」
信じられません!! 5対5の同点!! ワールドシリーズ第7戦、試合はこれで完全に振り出しです!!!!
乾いた音がロサンゼルスの夜空に響き、ライトスタンドへ美しい弧を描いて飛び込む、劇的な同点2ランホームラン。
どん底で悩み続けていたルーキーで主砲の復活の一打は、観客総立ちの拍手に迎えられ、ゆっくりとホームイン。
スコアボードに得点が刻まれる。
【ドジャース5‐5アストロズ】
ついに、絶望の5点差は試合半ばにして振り出しに戻った。
「Yeeeaahhhh!! 最高だ、ハルト! お前の〝悪魔祓い〟のおかげだ!!」
大仕事を終え、ホームプレートを力強く踏み抜いたベリンジャーが、陽斗を太い腕でガッチリと抱きしめ、狂喜乱舞するドジャースベンチの奥へと飛び込んだ。
仲間からバシバシとヘルメットを叩かれ手荒い祝福を受けたベリンジャーは、憑き物が落ちたかのような清々しい笑顔を取り戻していたのだった。




