第28話 当日の朝
運命の最終決戦となる第7戦。11月1日、試合当日の朝。
ロサンゼルスの自宅高層マンションのベッドで目を覚ましたエレンは、ベッドサイドテーブルに置かれたスマホの画面が通知音と共に発光していることに気づき、スマホを手に取り通知を確認。
【 1 new message from : My Haru 】
(!!)
飛び起きるようにしてメッセージアプリを開くと、日本人らしく丁寧で少しだけ不器用な長文が届いていた。
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おはよう。そして、15歳の誕生日おめでとう、エレン。
本来ならちゃんとしたプレゼントを渡すべきなんだけれど、俺はまだホテルの部屋で、祝福のメッセージを残すことしかできないが聞いてくれ。
君とミセス・ミラーに出会い、二人が携わってくれたギアのおかげで、俺はこの一年、たった一度も怪我や不安を抱えることなく戦い抜くことができた。君がいなければ、昨日のピッチングは絶対に無理だった。心から感謝しているよ。
だから今日、世界中のドジャースファンのためにも、そして……個人的に、君の誕生日のお祝いを兼ねてと言うと少し傲慢で失礼かもしれないけれど、俺のすべてを今日の打席に込める。必ず今日、ワールドシリーズを制して世界一になってみせる。
素敵な一日を。
そして最高の年にしてくれ、dear Ellen Sakura Miller.
Haruto.
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「っ――――!?」
最後の数行を目にした瞬間、エレンの脳内で何かが激しく弾けた。
(d、dear……!? dear Ellen……!? しかも、フルネームで……し、親愛なるエレン・サクラ・ミラーってこと……!!?)
15歳になったばかりの少女はベッドの上でスマホを凝視し、真っ赤になって固まった。
アメリカのメールの結びとしては確かに使われる表現だ。だが、普段は無愛想で「君」だの「エレン」だのと素っ気なく呼ぶあの堅物で不器用そうな男が、わざわざ英語で『dear』と添え、しかも自分のミドルネームまで含めたフルネームを丁寧に紡いで来たのだ。
(な、なんなのよ……! ……無自覚にも程があるわ!! 「俺の愛しいエレンへ」なんて意味にも取れるってこと、分かってて言ってるの!?)
あまりの破壊力に乙女心が完全にキャパオーバーし、エレンは枕に顔を埋めて身悶えした。足をジタバタとさせ、真っ赤になった顔を両手で覆い隠す。
(ずるい……ずるいわ!卑怯よ、こんなの……! こんな甘い殺し文句を平然と送って来るくせに、マウンドではクールな顔して107マイルを投げて抑えるんだから……!)
一方的な好意で彼に接しているのに、彼は自分が提案したアイディアや技術に、最大限の信頼とリスペクトを返してくれた。
世界最高の舞台の朝。極度の重圧の中にいるはずの彼が、自分のために感謝と祝福のメッセージを送ってきてくれたのだ。
「……反則よ……ほんと……」
エレンはあふれ出そうになる涙を拭い、頬を紅潮させながら、メッセージ入力欄に返信を打ち込み始める。
(ハルト……。あなたが勝って、あの大きなコミッショナーズトロフィーを掲げる姿こそが、私にとって何よりも価値のあるプレゼントになるの。だから、絶対に勝って)
送信ボタンを押す直前。彼女は少しだけ口角を上げ、挑むような笑みを浮かべて、小さないたずらを書き足した。
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最高に幸せな朝のメッセージをありがとう、ハルト。
私の作ったギアが役に立っているなら、何より誇らしいわ。
当然、あなたの言葉通りの〝最高の誕生日プレゼント〟を期待してスタジアムに行くから、覚悟していてね。
……あっ。
今日の試合だけど、私たち親子はいつも座ってるバンク・オブ・アメリカ・クラブ・スイート(3階のVIP用個室)じゃなくて、グラウンドレベルの『レクサス・ダグアウト・クラブ』(ネクストバッターズサークル後ろの最前列)に変更したの。
あなたの放つ最高の特大アーチを、ガラス越しじゃなくて、直接いちばん近くで感じたいから。
Make history tonight — for a lifetime. I'll be watching.
(一生忘れられない夜にしてほしいな。ちゃんと見てるからね。)
―― Ellen
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エレンからの返信画面を眺め、陽斗はふっと微かに口角を上げた。
自分の何気ない〝dear〟という結びの言葉が、彼女の乙女心をどれほど翻弄したかなど、知る由もない。
『ガラス越しではなく、ダグアウト・クラブの最前列、一番近くで感じたい』
力強く、愛おしいメッセージ。
自分を誰よりも信じ、資金と技術で支えてくれた15歳の少女が、すぐ後ろで見守っている。
その事実だけで、胸の奥から静かで途方もない集中力が満ちてくるのを、陽斗は感じていた。
11月1日、ワールドシリーズ第7戦。
プレーボール予定時刻は午後5時21分。
試合開始の約3時間半前、午後1時半過ぎ。
運命の決戦の地、ドジャー・スタジアムの関係者駐車場に、陽斗の車が静かに滑り込んだ。
車から降り立った陽斗は、グレーのパーカーに黒のワークパンツという、ごくリラックスした装い。
すぐさまノイズキャンセリングイヤホンを装着、外部の狂乱じみた熱気を遮断し、自身の内面と静かに対話するように足を進める。
17歳の怪物が見せる、その自然体で堂々とした佇まいは、すれ違う警備員や球団スタッフにさえ、絶対的な安心感を与えていた。
クラブハウスのロッカーで、黙々と準備を進めている陽斗にロバーツ監督が近づく。 その表情には、今日にすべてを注ぎ込む指揮官の鬼気迫る覚悟と、申し訳なさそうな葛藤が滲んでいる。
「……ハルト。昨日は3イニングを投げ抜いた。本来なら今日は完全休養だ。だが……これが最後の第7戦だ。試合展開次第では、緊急登板を頼むことになるかもしれない」
前日の過酷なリリーフによる故障のリスクを、誰よりも懸念しながらも、総力戦ゆえに告げざるを得ない監督。 だが、陽斗の瞳に躊躇の色は一切なかった。グラブを磨く手を止め、まっすぐにロバーツを見返す。
「……勿論、分かっていますよ、監督。今日で今シーズンは最後なんですから。チームが勝つためなら、何イニングでも行く構えですよ」
一切のブレもない、静かな覚悟。 ロバーツは息を呑み、その時は頼んだぞと声をかけ陽斗の集中を邪魔しないように去っていった。
運命の第7戦——決戦の時が、刻一刻と近づく。
陽斗は磨いたグラブを置くと、イヤホンを付け、静かに瞑想に入るのだった。




