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中卒の二刀流少年はMLBで無双する——最速MLB挑戦  作者: 北極海


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第27話 試合前夜の……

 2017年10月31日


 ハロウィンの夜、ドジャー・スタジアムは狂喜乱舞の大歓声に揺れていた。

 ナ・リーグ王者のドジャースと、ア・リーグ王者のアストロズが激突する、球界最高峰の頂上決戦。互いに死力を尽くし、血で血を洗うような総力戦の末に迎えたワールドシリーズ第6戦。

 崖っぷちに立たされていたドジャースは、背番号29がもたらした信じられないパフォーマンスによって起死回生の逆転勝利をもぎ取ったのだ。


 ターニングポイントは1点ビハインドで迎えた6回裏、1番打者として起用されていた陽斗が、左中間スタンドへ弾き返した逆転2ランホームラン。

 そして7回表。マウンドに上がった陽斗は、強打のアストロズ打線を相手に7回・8回と完璧に抑え込み、9回もコンディション不良のジャンセンに代わってそのまま登板。3イニングを一人の走者も許さず完全に制圧した。最後は104.8mph(168.6km/h)のフォーシームで空振り三振を奪い、スタジアムを文字通り熱狂の渦へと叩き込んだ。勝敗は3勝3敗。

 世界一の行方は、いよいよ最終第7戦へと持ち越された。


 試合終了後のロッカールーム。

 そこは、シャンパンファイトを目前に控えたかのような、異様なまでの士気の高さと興奮に満ちあふれていた。


「やりやがった! 本当にアイツはベースボール・ターミネーター、T-107だぜ!」

「逆転ホームランに3イニングを8Kパーフェクト!? 一体どうなってんだ!? また野球の神が降臨したのか?」


 揉みくちゃにされる陽斗だったが、シャワーを浴びて着替えた後、喧騒の中でじっと戦況を見据える先輩の姿を見つけ、ふっと微笑んで近づいていく。

 明日の第7戦の命運を懸けたマウンドを託される、先発予定投手――ダルウィーシュだ。


「ダルさん。いよいよ明日ですね。俺は連投制限なので、マウンドには立てません。なので……明日は一人で9回を投げ抜く完封劇、よろしくお願いします!ここで打ち込まれて負けたらロサンゼルスの街を大手振って歩けませんよ!」


 陽斗が珍しくニヤリとしながら放った軽口に、ダルウィーシュは目を見開いてから大声で笑った。


「お前なぁ……先輩に向かって言うようになったのう! そう言う事あんま考えんようにしてんのにサラっと言いやがって! ちょっとは先輩に敬意払えや〜……ったく、ホンマにちょっと緊張してたんがアホらしいやんけ」


 バシッと背中を叩かれ、陽斗は小さく笑う。だが、その笑みの直後、真っ直ぐに先輩の目を見た。


「必ず勝ちましょう。全員でリングを獲る。俺も打撃と守備で絶対に貢献しますので」


「……おぉう。分かっとる。みんながここまで繋いでくれた最高の舞台や。……第3戦打たれて負けた借りもある。勝って世界一の景色、ファンに見せたろ」


 研ぎ澄まされたダルウィーシュの闘志。チームの雰囲気は最高潮に達していた。だがその裏側で、彼らと戦うアストロズが組織的かつ恐るべき方法でドジャースの息の根を止めようとしていたことなど、この時は知る由もなかった――




 ――――――――――――――――




 ドジャースのチーム内がワールドシリーズ第7戦の歓喜に向けた士気と結束を最高潮に高めている頃——

 三塁側、ヒューストン・アストロズのビジター用クラブハウスのさらに奥。外部からの立ち入りが厳しく制限されたデータ映像分析室では、おぞましい組織的〝戦術〟の最終確認が行われていた。


「おい、流石にドジャースタジアムじゃゴミ箱は使えねぇ。何か手はあるのか?」

「心配するな。ヒューストンの時みたいなアナログな方法は使わない。それよりもっと画期的なブツがやっと完成したぜ」


 データ分析班のリーダーは、ケースから医療用ナノテープが貼り付けられた極薄の『柔軟性シリコンパッチ』を取り出した。一見すると湿布のようだが、その内部には超小型のマイクロチップとバイブレーション・モーターが組み込まれている。


「説明しよう。センターカメラやベンチカメラの映像をリアルタイムで解析し、捕手のサインや投手の〝癖〟を解読。そして瞬時に遠隔操作で打席のバッターへ電波を送る。

 足の甲がブーン、と振動すればファストボール。それ以外の変化球は振動なし。バッターはただ、感じる振動に従って振り抜くだけでいいのさ。そしてこれを右足の甲に貼ってサポーターと厚手のソックスで覆えば、もう誰もわからない」


 明日の命運を決するワールドシリーズ第7戦。彼らは完全に手段を選ばない覚悟を決めていた。

 分析リーダーが画面を切り替えると、明日先発が予想されるドジャースのダルウィーシュの投球フォームが大写しになる。


「いいか。明日先発するダルウィーシュは多彩で厄介だが、実は分かりやすい癖がある。今年のレギュラーシーズンで投げた全試合・何千球という映像をうちの解析班が調べつくした結果……奴の致命的な綻びを完全に見抜く事が出来た」


 映像がコマ送りで再生される。


 ダルウィーシュがセットポジションに入り、グラブの中でボールを握り直す。その瞬間にカメラがズームする。


「ここだ。変化球を投げる前は、グラブの位置が僅かに低く、一瞬の溜が無い。対してフォーシームファストの時は、グラブの位置が変化球より僅かに高く、一瞬の溜がある。おまけに気合が入っているのか、口元の歪みもより多く確認されるし、グラブの中でボールを握り直さない事も多い。

蓄積されたシーズンデータがあるからこそ判別できる、無意識の癖だ。俺たちのシステムなら、これを100%の確率で読み取り、投球動作に入ってから瞬時に足の甲へのバイブレーションで球種を伝達できる。序盤で徹底的にファストボールだけを狙い撃ち、ダルウィーシュを速攻でマウンドから引きずり下ろす」


 データ室にいたアストロズの中軸打者たちが、その完全な攻略法を共有し、不敵な笑みを浮かべて頷き合う。

 これで世界一は間違いない——そう空気が熱を帯びた時、チーム不動の強打者が腕を組み、忌々しげな声で一つの事実を突きつけた。


「ダルウィーシュはいい。確実に仕留める。だが——今日、うちの打線を完全に沈黙させた、あの背番号29、オオトリはどうする? 明日あいつが土壇場の場面でマウンドに上がってくる可能性も大いにある」


「…………奴については結論から言おう。打つ手がない」


「何?」


「奴は9月のコールアップでメジャーに上がってきたばかりだ。そもそも絶対的な登板データ——サンプル数が圧倒的に足りない。それに……だ」


 分析リーダーは、今日のマウンドでの映像を再生した。


「今日のマウンドだ。3イニング、34球分の貴重な映像を試合終了直後から洗いざらい検証した。だが、疲労で腕が下がることもなければ、投球前動作に一切の変化も見られなかった。……つまり今日の投球からも、攻略に繋がるわかりやすい癖は、たったの一つも得られなかったよ」


「そんな馬鹿な。握りや呼吸、視線なんかの癖はどうだ?」


「……残念だが特に見つからなかった。だが唯一わかった事と言えば……奴が瞑想し、Going Super Saiyan(覚醒状態)となった後、フォーシームが来る確率は100%。ただし106~107マイルの弾丸がぶっ飛んで来て、もう全く手が付けられない……という事だけ。しかしこれはもう周知の事実。観客もハルトが瞑想に入ったら沸き立つだろ?」


「……ふざけんな。攻略不可能って言うのかよ……。」


「人間の反射神経とフィジカルの限界だ。球種がフォーシームだと脳で確信していようが、バットのヘッドがボールのスピードに追いつかないのさ。見てからスイングを始めた瞬間には、もうミットの中でミサイルみたいに破裂してる。しかも浮き上がる軌道のおまけ付きだ。107マイルの前では、フォーシームだと見抜いたところで、ボールにコンタクトすらできない。タイミングだけ合わせて適当に振ったほうがコンタクト率上がるんじゃないか?」


「……ハッ! じゃあ何だ? リードされてアイツが出てきたらジ・エンドってことか?」


 絶望的な静寂の中で誰かが問うと、分析リーダーは血走った眼差しで、モニターに映った明日登板するダルウィーシュの顔写真を乱暴に指先で弾く。


「ああ、奴がリリーフとして全力を出し無双しはじめたら打つ手はない。なら——ブルペンでアップを始める前に、試合の息の根を止めるしかないだろ」


 全員の眼光が鈍く光る。


「奴は今日、あとが無い状況から3イニングを投げ切った。ドジャースの首脳陣だって、明日の第7戦でマウンドへ送り込むのはリスクがありすぎて絶対に避けたいはず。出てきても間違いなく試合終盤か延長……どうしても抑えたい場面の打者一人か二人……程度だろう」


「……だからこそ、明日は試合の立ち上がりから徹底的にダルウィーシュの癖を盗んでフォーシームをメッタ打ちにし、最低でも初回や2回で『5点以上』の絶望的な致命傷を与える。その後どれだけオオトリが107マイルを投げて封じ込めようとも、もう俺たちに追いつく術《すべ》が残されていない絶望の点差を作ってやるんだ」


「……それしかねぇ!!」


 アストロズの選手たちは奮い立つ。

 ロサンゼルスの絶対的怪物《フェノム》への強烈な畏怖と恐怖を原動力に、『球団史上初のワールドシリーズ制覇』という名声を手に入れるため、なりふり構わぬ盤外戦術への覚悟を決めたのだった。



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