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中卒の二刀流少年はMLBで無双する——最速MLB挑戦  作者: 北極海


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第23話 衝撃のメジャーリーグデビュー②

 陽斗のソロホームランで勝ち越した直後の8回裏。

 サンディエゴ・パドレスの攻撃。

 ペトコ・パークは異常な熱気を孕みながらも、奇妙なほど静まり返っていた。打席に立つ3番打者ホセ・ピレラよりも、球場中の数万人の視線やスマホ、全米中のテレビカメラの焦点が、たった一人に注がれていたからだ。


 マウンドの中心でボールを軽く揉む、背番号29。鳳陽斗《おおとりはると》。

 打者として初打席で場外特大アーチを放ち、すでにスタジアムの空気を支配している彼は、漆黒のアームギア『Neutrino Arm』(ニュートリノ・アーム)で覆われた右腕をゆっくりと回す。

 ふと、彼の視線が真っ直ぐに、バックネット裏の最前列——VIP席に向けられた。

 そこには、口元を両手で覆い、瞳を潤ませてこちらを食い入るように見つめるエレンがいた。

 マウンドの陽斗は、ほんのわずかに口角を上げると、彼女へ向けてだけ分かるような控えめな笑顔を見せ、軽く顎を引いて会釈を送る。


(——えっ。嘘、気付いて……。)


 陽斗には、初打席・初登板の邪魔にならないよう、何も告げずこっそり来ていたはずなのに――

 今、この瞬間にスタジアムの、いや世界の中心に立っている彼が、他でもない自分を見つけて、微笑んでくれた。

 一瞬で胸が高まり、エレンの身体は熱くなる。周囲を飛び交う歓声とブーイングなど、完全に鼓膜からシャットアウトされる。

 14歳の少女はマウンドに立つ彼の姿に、甘い熱情を深く沈め、胸を満たしてゆくのだった。



 マウンド上では、捕手のグランダルが駆け寄り、口元をミットで隠しながら最終確認を行っていた。


「いいかハルト。お前には球団のドクターと監督から厳格な『ダブル・キャップ』が課されている。……105マイル(169km)を出せるのは、1試合につき打者一人まで、『最大5球』だ。」


「ええ、もちろん理解しています。無闇に出力を上げるつもりはありません。」


 涼しい顔の陽斗に対し、グランダルはヘルメットの奥の目をニヤリと細める。


「正直なところ、今日のパドレス打線にその〝全力〟を使うほどの脅威はいない。3番のピレラも、4番のマイヤーズも、ゾーンに散らしておけば簡単には打たれないさ。だから今はマイナー時代のように出力を抑えて流してくれ。」


「了解です。テンポよくいきましょう。」


 静かに頷く陽斗を見て、グランダルは定位置に戻る。

 さあ、歴史的マウンドの、注目の第1球。


 陽斗のやや脱力したノーワインドアップフォームの始動から、ストライドで生み出した地面反力が、骨盤と体幹を通じて一気に右腕へ伝達され——白球が放たれた。


 ズパアァァァン!!


 空を切ったピレラのバットから遅れて、乾いた破裂音が響き渡る。


「Ooooh!? いきなりの〝ワン・オー・ツー〟!! 軽々と三桁を叩き出した!!」


 実況が絶叫し、スタジアムにどよめきが走った。電光掲示板に表示されたのは


『102.7mph』(165.3km/h)。これが、この少年による力を抑えた〝通常運転《クルージング》〟の数字なのだ。


 ピレラは動揺したまま、続く2球目、アウトハイへの102.1 mph(164.3km/h)を強振する。だが、到底バットの芯では捉えきれず、完全に差し込まれてしまいファウル。


(これで追い込んだぞハルト、一丁上がりだ。決め球のチェンジアップ、持ってこい)


 ミットを構えるグランダルに対し、陽斗は小さく首を縦に振り、再び右腕をしならせた。

 強烈な腕の振り——直球の軌道だと確信したピレラが慌ててバットを振りにいく。だが球は突如として、打者の視界から急ブレーキをかけながら垂直に落下した。

 ピレラのバットが、無残にも上空を通過する。


 空振り三振。


 表示された93.3 mph(150km/h)のバルカンチェンジに、観客は狂気すら感じている。直球を102マイルでポンポンと放り込み、150km/hの遅い落ちる球でバットにカスリもさせない。


 続く4番マイヤーズも全く成す術がなかった。1-2と簡単に追い込まれると、最後はベース幅を一杯に使って逃げる94.0 mph(151km/h)のスライダーに身体が泳ぎ、連続の空振り三振に切って落とされた。


 これでツーアウト。走者なし。迎えるは5番のソラーテ。


(こいつはすげぇ……。ボールが指の腹にへばりついて、102マイルのファストボールが狂いなくコントロールされていやがる。)


 ボールを捕球するグランダルの心の中で、ふつふつとプロとしての抗えない純粋な好奇心と、〝捕手としての欲望〟が湧き上がってしまった。

 通常運転で102マイルなら。

 この恐るべきコマンドを持った17歳の右腕が、メジャーの大舞台で『リミッター無しの本気の投球』をしたら——どれほどの現象を引き起こすのか。

 あの時のジャパンとの練習試合以上の……もしかしたらワン・オー・シックスも出るんじゃないか?

 その景色は、いったいどんな景色なんだ?


 グランダルはふと、ダグアウト(自軍ベンチ)へ向かって鋭く視線を向け、親指を立てた。

 最前列で腕を組んでいたデーブ・ロバーツ監督と、その隣にいたハニカット投手コーチが、捕手からのサインを受け……そして、ほんのわずかに力強く顎を引いた。

 正式に許可《グリーンライト》が、下りた。


 ……ニヤリ。

 グランダルはマスクの奥で歯を見せて笑うと——ボールを陽斗に返した後、右手を強く握り拳にして突き出した。


『Go For It(全てを解き放て)。出力を100%に上げろ』


(え?ここで……?)


 マウンド上の陽斗は、ピンチでもなんでも無いその強気すぎる要求に少し驚きを見せた。だが、嫌な気は全くしない。アドレナリンに支配されることなく、あくまで冷静な指揮のもとにリミッターを解除できる。


(まあいいか……ギアもしっかり靭帯をホールドしているし、腕の調子も最上級だ……。)


 陽斗はマウンドの中央で両足を揃え、スッと静かに目を閉じた。

 一秒、二秒、三秒。

 自らの鼓動を数え、肺を大きく満たし、強靭に完成された関節と筋肉の束一つひとつに神経を通わせる、短い瞑想《ルーティン》。


 眼を開いた瞬間——纏っている空気が〝凪〟から〝嵐〟へと完全に反転する。


 両足を揃えた状態から、陽斗は静かに左足をプレートの後ろへと引く。

 ゆったりと、高く掲げられた左足。


 深く重心を沈み込ませると同時に、軸となる右足がマウンドの傾斜とプレートを猛烈な反発力で蹴り出され体が前方へ打ち出される。

 凄まじい並進移動のエネルギーは、ストライドした左足のスパイクがマウンドの土を深く抉り、盤石な壁を作り上げた瞬間——完璧なブレーキとなって上体へ跳ね返る。

 行き場を失ったそのエネルギーの奔流は、凄まじいねじれの運動連鎖《キネティックチェーン》となって骨盤へ、体幹へ、そして右腕の先端へと瞬時に伝達されていき―――




 ――――陽斗の右腕が最大出力で白球を解き放った。



『106.0 mph』(約170.6 km/h)



 これまでの乾いた音とは一線を画す、空気が爆発したような重厚な破裂音がスタジアムを支配した。

 ソラーテは完全に凍りつき、ピクリとも動けなかった。

 ドジャース側の三塁ベンチ。

 そして全米の視聴者たちが、テレビ中継に表示された速度表示を見て、一斉に立ち上がり、頭を抱える。


 オーマイガー!!ジャパン戦で出した105マイルは、フェイクでも計測ミスでもなんでもなかった……!あの少年が、チャップマンの歴史を初登板で塗り替えちまったぞっ!!


 大歓声を通り越し、ペトコ・パークのパドレスファンすら言葉を失い、総立ちになる中——続く2球目。


 狂気の領域は、まだ加速する。


『106.6mph』(約171.6 km/h)


 アウトローへの完璧なストレート。

 ソラーテは、やはりスイングする気配すら見せられない。

 絶望的な見逃し。


「おい、冗談だろ……! まだ速くなるのか、アイツ……!」


 その異次元の光景を前にして、ドジャース側のレフト後方ブルペンは、騒然を通り越して息を呑むほどの沈黙に包まれていた。

 リリーフ陣たちは投球練習の準備すら忘れ、フェンス際に立ったりモニターの前に集まったりして、戦慄の面持ちでマウンド上の少年を食い入るように見つめている。


 本来ならば、9回裏の最終回に備えて集中を研ぎ澄ましているはずの絶対的守護神・ケンリー・ジャンセンでさえ、ボールを固く握りしめたまま完全に足を止め、視線をマウンドへ奪われていた。


 そしてスタジアムの異変は、グラウンド上で次への静かなるう(・)ね(・)り(・)となって現れ始めていた。

 パドレスの本拠地であり、憎き同地区ライバルの投手の投球であるはずなのに——気がつけばスタンドの観客たちが総立ちになっていたのだ。

 ファン同士のいがみ合いなど、すでに消し飛んでいる。


『今この瞬間、自分たちは野球という歴史の次元が変わる瞬間を目撃している。』

 そんな高揚感と期待が、次第に大きくなる手拍子へと姿を変えていく。


 待て、まさか——本当に出るのか……!?


 ――――107が


 実況ブースでも、中継アナウンサーが完全に身を乗り出していた。


 球場のファンは手拍子のテンポを極限まで速め、三球目を待ち構えている。


 その圧倒的な期待を背に——。


 鳳陽斗は、静かに投球動作に入る。


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