第21話 衝撃のメジャーリーグデビュー①
2017年9月1日
カリフォルニア州サンディエゴ、パドレスの本拠地ペトコ・パーク。
同じ南カリフォルニアを本拠地とする同地区ライバル、サンディエゴ・パドレスとの対戦カードで、遂にその少年はベールを脱ぐ。
ドジャースは同点で迎えた7回表。1アウト、ランナーなしの状況。ここで次の次、それまで好投を続けていた先発エース、クレイトン・カーショウに打席が回ってくる。
三塁側、ドジャースベンチ裏。
ロバーツ監督は、あらかじめ防具を着けて待機させていた少年に伝える。
「……ハルト! 次だ。カーショウの代打でいくぞ。お前のスイングを西海岸の連中に見せつけてこい!」
「Yes, skipper!!」
陽斗は頷き、ヘルメットを被ると、愛用のバットを手にダグアウトの階段を上がった。
スタジアムの冷たい夜風を受けながら、ゆったりとした足取りでネクストバッターズサークルに立つ。重いマスコットリングをバットに通し、静かに素振りの準備に入った。
真新しいドジャー・ブルーのユニフォームに映える背番号『29』。
しかし、ファンの視線を一際強く引きつけたのは、彼の腕と足に装着された〝特注の防具〟だ。
市販のスポーツギアとは一線を画す、洗練された白地に鮮やかなブルーのアクセントが映えるデザイン。『Ellen Sports』が陽斗のために手がけた特注品で、航空宇宙工学を応用した超軽量・高強度の特殊素材を用い、ドジャースのチームカラーで見事に統一されたエルボーガードとレッグガードだ。
196cmの圧巻の体躯とチームカラーのアーマーが完璧に融合したその姿は、打席に入るただの17歳の若者ではない。
静かに標的を捉える洗練された破壊兵器――まさにSF映画の〝サイボーグ〟のような異様な存在感を放っていた。
そんな彼のネクストバッターズサークルでのスイングを見たネット裏のファンが、「おい、背番号29だぞ!」とざわめき始めた。
マイナーリーグで規格外の成績を積み上げ続け、ロサンゼルス中でジャパニーズ・フェノムとしてすでにミームになっていた陽斗への微かなざわめきは、あっという間にスタジアム全体へと広がって行く。
そしてグラウンド上で2アウト目が取られ、ついに打席が切り替わる瞬間。
主審へ代打が通達される。
しかしここは敵地ペトコ・パーク。ホームのパドレス側球場アナウンサーは、憎きドジャースの有望株に対して感情を一切排した、極めて事務的で淡々とした低音で短く交代をアナウンス。
「Pinch hitting for Clayton Kershaw……Number 29, Haruto Ohtori」
「Booooooo――――!!」
「「Yeeeeaaaahhh―――!!!! Woooooooo!!!!」」
極めて冷淡で事務的な場内アナウンスの声を、凄まじい大音量が力ずくで掻き消す。
ホームのパドレスファンによる大ブーイングと、ドジャースファンによる爆発的な歓声が、瞬時に激しくぶつかり合った。
ここサンディエゴはロサンゼルスから車でわずか2時間の距離にある。
絶対王者ドジャースのファンが敵地のチケットを大量に買い占め、南ドジャー・スタジアムと揶揄されるほど異常な空間と化したペトコ・パーク。
憎悪と熱狂が混ざり合い、球場は文字通りグラグラと揺れるほどの異様な熱気に包まれた。
全国中継を担当する大手放送局の実況席は、歴史的なデビューに興奮を隠せない。
「さあ皆さん、これが新しい歴史の始まりです!
ついにメジャーの舞台に登場した、ジャパニーズ・フェノム、ハルト・オオトリ! わずか17歳4ヶ月——ここ半世紀の近代メジャーにおいて、ハーパーやA・ロッドをも超える最年少デビューです!!」
地鳴りのような大歓声を浴びながら、右のバッターボックスに足を踏み入れた陽斗は、感情を読み取らせない涼しい瞳でマウンドの投手を真正面から見据えた。
マウンドに立つのは、パドレスの若き剛腕ラメット。長身から投げ下ろす150キロ台後半のフォーシームと、重く沈むシンカーを武器とする男だ。
(俺達のホームだというのによぉ……! ガキにこんな歓声……クソッ! だが……ここはメジャーリーグだ。パドレスファンが納得できるそれなりの歓迎をきっちりとさせて貰うぜ!)
地元ファンによる大ブーイングすらドジャースファンの歓声に飲み込まれている状況に激怒したラメットは、闘争心を剥き出しにし、殺気すら帯びた視線を若きフェノムへと突き刺した。
1ボール2ストライクとなってからの4球目。
インハイの手元を鋭く抉る97mph(約156.1km/h)のシンカー。
「――おっ」
一歩間違えば顔面や胸元に直撃しかねない、明らかな威嚇投球。
しかし陽斗は、エルボーガードを素早く顔の前に引き絞りながら、反射的に上半身を数インチだけ反らせて涼しい顔で見送る。
怒号が飛び交う敵地の中でも、陽斗は完全なるポーカーフェイスを崩さない。
(いいね……これがメジャーリーグ……!)
打席で目を瞬かせたのは、ほんの一瞬だった。
陽斗は即座に思考を巡らせる。
(少し苛立ったような仕草と、明らかに威嚇するボール。上体を起こした後に来る球と言えば……。――次だ。アウトローを、撃ち砕く。)
迎えた5球目。
ラメットは、のけぞらせてから仕留める常套手段に出た。今度こそ対角線上の厳しいアウトローへ、伝家の宝刀98mph(約157.7km/h)のシンカーを沈ませてきた。
――――その刹那。
陽斗は左足の踵をすっと浮かせると、軸足である右足の股関節に一瞬で強烈なタメを作り出す。
瞬時に投球の軌道に合わせ、浮かせた左足の踵を地面へ鋭く叩きつけた――ヒールダウン。
スパイクの歯が深く土を噛み、強靭な『壁』が完成した瞬間、軸足から溜め込まれた爆発的なパワーが一気に解き放たれる。
下半身からの床反力を受けて骨盤が高速回転し、バットの先端に向けて全くロスのない軌道で運動エネルギーが叩き込まれた——
カアアァァンンッ!!
炸裂音が球場全体の喧騒を一瞬で強制的に静寂へと塗り替える。
捕手のヘッジスはすぐに目を伏せ、レフトを守る外野手も、最初のステップを踏み出したまま完全に見上げたままだ。
爆速で射出された白球は――サンディエゴの夜空を一直線に切り裂き、レフトスタンド背後にそびえる巨大な壁のような『ウェスタン・メタル・サプライ・ビル』(Western Metal Supply Co. Building)のはるか頭上を越え、球場の敷地外へと消えた。
Ooooh……my God……!! Are you kidding me!? That ball is absolutely OBLITERATED!!!
「オゥ……マイガッド!! 冗談じゃない!! ボールが破壊されたぞ!!!」
IT'S OVER THE BUILDING! IT CLEARED THE ENTIRE BUILDING!
What absolute raw power and distance!
This is the man everyone’s been talking about, Haruto Ohtori!
A no-doubt, towering blast in his first at-bat in the Big Leagues!
「ビルの上だ!! ビルを完全に飛び越えました!!!」
「なんという規格外のパワーと飛距離だ!!」
「この男こそ全米が噂する怪物、ハルト・オオトリ!!」
「記念すべきメジャー初打席、文句なしの超特大アーチです!!!」
直後に表示された『Statcast』の最新解析は、容赦なく人間の限界を更新していた。
【打球速度:117.6 mph(約189.3 km/h)】
【打球角度:27.5 °】
【飛距離:481 feet(約146.6 m)】
まさに完璧にデザインされた暴力と呼ぶべき一撃。
ダイヤモンドを悠々と一周し、ベンチに戻っていく17歳の姿を、ドジャースの先輩たちはただ呆然と、顔を引き攣らせ見つめている。
新人選手の洗礼であるサイレント・トリートメント(意図的な無視)を仕掛ける余裕など、そこには無かった。
「…………F-FUCK……」
「What the fuck……あのボールが直撃した車、のちのちプレミア付くんじゃねえの?」
「Holy shit……あのアウトローのシンカーを、思い切り踏み込んで場外に?冗談じゃない……」
「どんな馬力のスイングだよアレ……。エイリアンがウチのベンチに座ってたなんて聞いてねぇぞ……!」
「記念ボール……ちゃんと回収されんのか……?」
強打者ジャスティン・ターナーでさえ、目を見開いたまま頭を抱えている。
ベンチ全体が恐怖と驚嘆が入り混じった『ドン引きの沈黙』に包まれていた……。
ホームを踏んで陽斗がダグアウトに帰ってくる。
「……? 皆さんすごい静かですね。さてはサイレントの演出ですね? 祝ってくださいよ〜!」
特注のエルボーガードをカチャリと外し、ハイタッチを求める怪物に対し、ベリンジャーが呆れ顔で突っ込む。
「お、お前……何だあの飛距離は! あんなビルの向こうまでブッ飛ばすとか……。」
「……あれはたまたまですよ。いい角度にバットが入ったので、ボールが上手く乗ってくれただけです。」
周囲の恐れ慄く視線など一切気にせず、陽斗は涼しい顔でバッティンググローブを脱ぎながら、至って当然のように言った。
「まぁ、フェンスをギリギリ超えようが、巨大な建物を越えてサンディエゴの海まで飛ぼうが……結局は同じソロホームランで1点、ですからね。飛距離だけ出ても勝てるわけじゃないし、別に無理に力を込めてボールを破壊しようとしたわけじゃないです。」
「…………」
まったく可愛げのないロジックを並べる、17歳のルーキー。
サイレント・トリートメントというイタズラの雰囲気など微塵もなくなり、一流のメジャーリーガーたちは無言で顔を見合わせた後――
ただただ圧倒された者たちによる〝おそるおそるの拍手と微妙な引き笑い〟の気まずい祝福が、ポツポツと巻き起こり、予定されていたベンチのいたずら劇は、見事に大失敗に終わったのだった。




