第18話 完成間近
アメリカ中西部、オクラホマ州オクラホマシティ。
チカソー・ブリックタウン・ボールパークは、3A開幕戦特有の喧騒と地元ファンの興奮に包まれている。
陽斗のロッカーには、ドジャースの鮮やかな青と白のユニフォームが吊るされている。その背番号は『29』
陽斗は本来、自分がこれまでA+以下で親しんできた『17』番を希望していたが、ベテランのマイナーリーガーが着用中で空いていなかった。しかし、スプリングトレーニングで鮮烈な印象を残した際に割り当てられたこの『29』という数字にも、すでに強い愛着が湧き始めていた。
無期限のマイナー修行を、成長の機会と捉えて心機一転。陽斗はためらわずユニフォームに袖を通す。
そしてユニフォームの下、右腕には『Ellen Sports』の叡智が詰まった漆黒のアームスリーブギア〝Neutrino Arm〟(ニュートリノ・アーム)が、肌にぴったりと密着。
さらに足元には、航空宇宙素材を搭載した衝撃吸収インソールを備えた特注スパイクが、光を鈍く反射させている。
「……よし。関節への抵抗感もない。完璧だ」
陽斗は軽く腕を振ってみた。締め付けの違和感はゼロ。まるで自分の皮膚の延長のように自然だったが、シャドーピッチングで急制動をかけた瞬間だけ、非ニュートン流体・ナノチューブ繊維がギュッと硬化し、筋肉と靭帯を強力に保護する頼もしい感触が伝わってきた。
ベンチに入ると、本日のスターティングラインナップが壁に貼り出されていた。
首脳陣の判断により、陽斗に与えられた打順は『1番・指名打者兼任投手』。登板のない日は中堅手として出場し、登板日は投球後にDHを解除して中堅手へ回る二刀流運用となる。マイナーとはいえ、1打席でも多くプロ投手の球を見せ、打席経験を積ませるための措置だ。
そして『4番・一塁』には、FAサービスタイム調整で今季開幕をマイナーで調整しているドジャース最大のトッププロスペクト、コディ・ベリンジャーが名を連ねている。
「頼むぜハルト、試合の後彼女とディナーなんだよ。あんまり待たせたくないから、テンポ良く頼むぜ!」
ベリンジャーが笑いながらジョークを飛ばすと、陽斗も少し気だるそうに返す。
「Yeah, yeah......でも、あんまりボールが飛んでこないから暇だったって、後で文句言わないでくださいよ。」
二人は軽く笑い合う。しかし、陽斗の目はグラウンドに向けた瞬間に、冷たい輝きに変化したのだった。
スタジアムに「Play Ball!!」の掛け声が響き、1回表の相手攻撃が幕を開けた。
マイナー生活の幕開けに際し、ドジャースのフロントが陽斗に課した課題は非常に厳しい。
・いかなる状況下でも出力を『100mph』(約161km/h)までに抑制すること。
・登板間隔は中5〜6日を厳守し、1試合の投球数は最大『80球』まで。
「出力を縛った状態で3A(トリプルA)を制球だけでの完全制圧ね……。」
陽斗の胸に宿るのは強烈な好奇心だった。 初球。球威と反動を八割に抑えた97mphのシンカーが、相手先頭打者のバットを内側から詰まらせ、ボテボテのセカンドゴロに仕留める。
驚くほど軽やかで脱力したフォーム。それでもマイナーの強打者たちはタイミングを全く合わせられず、差し込まれ空振りの山。105mphの圧倒的なファストボールに頼らずとも、指定上限内の97〜100mphで正確無比なフォーシーム、ゾーンの境界を抉るシンカー、そしてバルカンチェンジ、スライダー。
わずか10球で三者凡退。危なげなく初回を完璧にシャットアウトした。
(うん、問題ない。出力も抑えられているし、靭帯が軋むような感覚もない。全力を出さなくとも完璧に抑える……か。最初は何を無茶言っているんだと思ったが……打者の機敏や感情を読む良い訓練になりそうだ……。)
攻守交代を挟み、1回裏。オクラホマシティの先頭打者として、陽斗はヘルメットを被り、右のバッターボックスに立つ。初球、96マイルの甘いフォーシームを逃さなかった。
カキンッ! という快音とともに放たれた打球は、痛烈に左中間を破り、いきなりのツーベースヒットとなった。この3Aの地でも、ボールはしっかりと見えている。
マウンド上の投手が苛立ったようにグローブを叩くのを、陽斗は二塁ベース上で見つめる。投球時の球種選択に何か癖がないかと、冷静な目でじっくりと探っていたのだった。
開幕から3週間後————
「先に行くぜ、ハルト。」
荷物をまとめたベリンジャーが、清々しい笑顔で右手を差し出してきた。陽斗は迷わずその手をがっちりと握り返す。力強い握手が、二人のこれまでの戦いと絆(使いパシリにおける苦労)を物語っているようだ。
「ええ。存分に上で暴れてくださいよ。」
「ああ、お前より一足先にドジャー・スタジアムでホームランをぶちかましてくるさ。ま、お前もそう遠くないうちに来るだろうが……間違ってもマウンドでぶっ壊れるんじゃねえぞ?前園さんにもよろしく伝えておくからな!」
「……じゃあマエケンさんには、あんまりコーヒーを水みたいにたくさん飲むのは健康に悪いと思いますよと、伝えておいてください。」
二人は拳を軽くぶつけ合う。
ベリンジャーが先に、華やかな光の舞台へと帰っていくその背中を見送りながら、陽斗は己に課されたロードテストへの闘志を、静かに研ぎ澄ませていった。
そこからの4ヶ月間は、全力を出さずとも圧倒できる世界だった。
やはり3Aの舞台は、陽斗にとって物足りない戦場でしかなくなっていた。不安視されていた長距離バス移動や試合数の増加による身体的負担も、驚くほど小さかった。通常なら避けられない炎症や筋疲労が、ニュートリノアームの自動保護機能と特注スパイクの優れたショック吸収機構によって、驚異的な水準で抑え込まれ、回復されていたのだ。
8月下旬、ストレッチしていた陽斗にマイナー巡回コーチがにこやかに話しかける。
「いい感じ……どころじゃないとんでもないスタッツだな、陽斗。ドジャースファンからセプテンバー・コールアップ要請の電話が球団事務所に来てるらしいぞ。マイナーだと言うのにTwitterやInstagramはお前が打つたびににトレンド入りしているし、おまけにRedditじゃ
"Haruto Ohtori is only 17 and he's already destroying Triple-A. What are we waiting for? Call him up!"
(17歳のハルトが3Aをぶっ壊してる。もうさっさとメジャー上げろ)
みたいなスレッドが連日熱く議論されてるぜ。この調子なら、メジャー昇格も近いかもしれないな。」
コーチは軽く笑いながら言ったが、その目は球団上層部の冷めた判断を思わせるような、微かな皮肉を帯びていた。
「そうですね……まあ、来年の新人王の受賞資格を残してくれてるんでしょう。」
陽斗は穏やかに微笑みながらも、言葉の端々に自嘲めいた響きを乗せていた。しかし内心では、居ても立っても居られない衝動に駆られている。それでも逸る気持ちを抑え、メディカル班と球団上層部の判断を、その時が来るまで静かに待つことにした。
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鳳 陽斗(オクラホマシティ・ドジャース/AAA)
※2017年 開幕(4月6日)~8月下旬までの成績
■ 投手成績
登板 22
先発 22
完投/完封 0/0 (※徹底した80球・イニング制限による交代のため)
投球回 135回 2/3
打者 488
防御率 0.93
W-L (勝敗): 14-1
H (ホールド) / S (セーブ) 0 / 0
勝率 .933
奪三振 172
失点/自責点 18/14
与四球 19
敬遠 0
与死球 2
被安打 68
被本塁打 3
WHIP 0.64
K/BB 9.05
K/9 (9イニングにおける平均奪三振数) 11.41
BB/9 (9イニングにおける平均与四球数) 1.26
■ 打者成績(規定打席到達)
試合 108
打席 480
打数 375
安打 138
打率 .368
本塁打 36
打点 101
二塁打 32
三塁打 2
塁打 282
得点 88
盗塁/盗塁死 12 / 2 (成功率 .857)
四球 85
敬遠 6
死球 3
犠飛 9
犠打 0
併殺 5
三振 46
出塁率 .478
長打率 .752
OPS: 1.230
wRC+ 206




