第16話 エレン①
「――お待たせしてしまったかしら、ハルト。」
洗練されたハイヒールの足音が受付の方から近づいてきた。陽斗が顔を上げると、そこにエリザが立っていた。そしてその隣に——少しはにかむような笑みを浮かべた、見知らぬ少女が寄り添うようにしている。
「ハッピーバースデー。17歳になった最高のあなたに、改めて紹介するわ。私の娘、エレンよ。」
メッセージアプリでは何度もやり取りをしていたが、実際に顔を合わせるのはこれが初めてだった。互いの存在を意識してはいたものの、これが正真正銘の初対面。
エレン・サクラ・ミラー。
現在アメリカの中学8年生で、この秋からはロサンゼルスの名門私立プレップハイスクール(9年生)への進学が決まっている、本物のエリートお嬢様だ。
155cmほどだろうか。陽斗の大きな身体から完全に見下ろす形になった彼女の容姿は、純粋に目を引くものがあった。日本人の血を引く母譲りの抜けるような白い肌と、整った顔立ち。大きな瞳はヘーゼルナッツのような榛色をしており、聡明さと好奇心を同時に湛えているように見えた。柔らかくウェーブのかかった長い髪が、肩の上で優しく揺れている。
年相応のカジュアルさを残しつつも上質さが際立つダークグリーンのノースリーブドレスに、ショート丈の白いジャケットを軽く羽織った装い。14歳とは思えないほど洗練された佇まいと、控えめながらも芯の強さを感じさせる微笑みが、彼女をLAのセレブリティのような雰囲気に仕立て上げていた。
(これが、あのドジャース傘下のマイナーリーガーを独自に評価しエクセルで管理しているスタッツマニアの……?)
陽斗が内心で微かな混乱を覚えていると、エレンは長い睫毛を優しく瞬かせ、陽斗を、上目遣いに見つめ返す。
「初めまして、ハルト。……Happy Birthday」
凛として美しい声。
陽斗は慌てて口を開くが……。
「えっと……! あ、こちらこそ。……いや、違った……鳳陽斗です。初めまして……ありがとう……。」
悲しいかな、真っすぐで自信に満ちた年下の少女の勢いに完全に気圧される。普段はマウンド上で堂々としているはずの自分が、14歳の少女の前でこんなにぎこちなくなるとは。耳の後ろが熱くなるのが自分でもわかった。
エレンはそんな彼の様子を見て、くすっと笑う。そして次の瞬間、瞳がきらりと強く輝き、熱のこもった言葉が次々と飛び出す。
「実際にお会いして確信したわ。あのBaseball Americaの連中はやっぱり節穴ね。この完璧に均整の取れた筋肉の鎧と、下半身の骨格。フレーム評価だけで、20-80スケールにおける『80(満点)』をつけるべきだわ。あなたが本物の怪物——ルース・クラスだという私の仮説は、完全に正しかった。」
エレンはほとんど間を置かず至近距離に近寄り早口で続ける。
「特に!スプリングトレーニングでのWBC日本代表戦の映像、何度も巻き戻して見たわ! 特に最後、6番打者に投じたあの105.6mph(169.9km/h)!! あれだけの常軌を逸した初速を持ちながら、手元でのホップ成分がメジャーの平均をさらに8.5インチも上回っていたわ!これがどういうことかわかる!?打者は軌道を予測しスイングしたところからさらにボールは8.5インチ(約21cm)上を通過するの!こんなの物理法則のバグよ!デタラメよ! 打者の体感速度は間違いなく110マイル近くに達していたはず! それに――!」
「ストップ、ストップよ、エレン。」
近づいて早口でまくし立て始めた娘の肩を、エリザが苦笑いしながら優しく叩いた。
「ほら、ハルトが引いているじゃない。ここはあなたのオフィス(自室)の分析室じゃなくて、Vastのラウンジよ。」
「あ……ご、ごめんなさい、mom……。つい。」
ハッとしたように口元を押さえ、頬をほんのりと赤く染めるエレン。その年相応の初々しい反応に、陽斗は思わずふっと肩の力を抜いた。
――――と同時に194cmという長身から彼女を見下ろす格好になっていた陽斗の視線は、無意識のうちにあるものへと引き寄せられてしまった。
ダークグリーンのノースリーブドレスから覗く胸元。そこには、とても14歳という年齢相応とは言い難いほどの、豊かな膨らみと柔らかな谷間がはっきりと主張していたのだ。
日頃からストイックで自身を律し、たまの完全オフでも午前はストレッチ後買い出しと自炊、午後は読書とビデオゲームしか大した趣味がない17歳の少年の脳内で、それらとはまったく関係のない、やや遅れてきた思春期のリビドーが発生し、視線が数秒間完全にロックしてしまう。
しかし、その視線の硬直に、エレンはすぐに気がついた。
彼女はパッと白いジャケットの襟をかき合わせるようにして手で谷間を隠したが――そこに激しい嫌悪の色はなかった。むしろ、少しだけ頬を染めながら、呆れたように小さくため息を漏らす。
「……ハルト?」
「――っ!!」
「あなたって……データから推測した通り、もっと真面目でストイックで、野球のことしか頭にない堅物だと思っていたけれど……」
エレンは榛色の瞳を少しだけ細めて、クスリと静かに笑う。からかうというよりは、陽斗の〝底〟が少しだけ見えて、どこか親近感と納得を得たような表情だ。
「……はぁ。やっぱり、いくらマウンドで凄まじい球を投げても、中身は健康的な17歳のティーンエイジャーなのね。……まあ、理解はしてあげるけれど。初対面の女性にそんな分かりやすい視線を向けるなんて、どんな場面でも感情を制御するのが大事なballplayerとしては少し詰めが甘いって指摘させてもらうわ!」
「あ! い、いや……ちがっ、ごめん……なさい……! 長身から見下ろす形になってどうしても視界に……他意はまったくなくて……!ほんとうに……!」
100マイルの剛速球を平然と投げ込む怪物が長身を縮こまらせ、珍しくポーカーフェイスを崩してしどろもどろに弁明する姿。それを隣で見守っていた母エリザは優雅な微笑みを保ちつつも、内心で呆れ返っていた。
(やれやれ。普段はあんな格式高い場に出る時でも、絶対に胸元の開いた露出の多い服なんて着ないのにあの子は……。ハルトの目を引くために、わざわざあのドレスを選んで気合を入れておめかししたくせに。いざちゃんと引っかかってくれたのが嬉しくて仕方ないのを隠して、よくそんな弟の思春期に理解ある姉みたいな顔ができるわね……。)
密かにハルトの目を惹こうと気合いを入れてきた娘と、それにまんまとやられて完全にペースを乱された未来のスーパースター。
そんな思春期らしい微笑ましいアクシデントを経て、陽斗はとわざとらしく咳払いをして、強引に平常心を取り戻そうとするのだった。
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プロフィール
名前:エレン・サクラ・ミラー Ellen Sakura Miller
国籍:アメリカ
生年月日: 2002/11/1
身長/体重:5'1" (155cm) 105lbs(47.6kg)
BWH:36-22-33 in (91-56-84 cm)
カップサイズ:28H US
髪色ːダークブルネット
虹彩ː榛色
趣味:ドジャース傘下マイナー選手のスタッツを眺め有望選手を見つけること
家族構成:父、母




