第15話 17歳
4月2日、他球場でのサンデーゲームを皮切りにMLBがついに開幕。
そして翌日の4月3日――ついにロサンゼルスのドジャー・スタジアムにも球春到来。サンディエゴ・パドレスをホームに迎えて行われる開幕戦。スタジアムにはドジャースブルーを纏った数万人のファンの熱狂的な大歓声がこだまし、新たなシーズンの幕開けを祝う。
しかし、カクタス・リーグで圧倒的な活躍を見せた鳳陽斗の姿はそこに無く、首脳陣の厳命による徹底した安全管理の下、彼は喧騒から遠く離れた地に留め置かれトレーニングに励んでいた。
ドジャース開幕戦の翌日となる、4月4日。
鳳陽斗は、アメリカの地で〝17歳〟の誕生日を迎える。
朝スマホを開くと、遠く離れた日本の母から、現地時間に合わせて送られたメッセージ。
「陽斗、17歳のお誕生日おめでとう。オクラホマでの生活はどうですか? 生意気言って首脳陣の皆様を困らせていないか心配です。体調や怪我にはくれぐれも注意してね。夏には会いに行けると思うので、その日を楽しみにしています。」
「母さん……。ありがとう。」
京都の高校で教鞭を執る母らしい、少し口うるさくも愛情深い言葉。
(早く母さんをドジャー・スタジアムに呼べるように……俺も……。)
陽斗は1日でも早くメジャーの舞台で躍動する姿を母に見せようと改めて誓う。
―――――
オクラホマ州オクラホマシティのダウンタウン。
この一帯でひときわ高くそびえ立つ、ガラス張りの巨大摩天楼、デボン・エナジー・センター。
早急に確認してほしい大事なビジネス話があるというだけで、Miller社の幹部、エリザさんが、ロサンゼルスから直線距離で実に1200マイル(約1900km)以上離れた中西部までわざわざ飛んで来ると言う。
指定された会食の場所は、このビルの最上階――50階に位置する、街を360度見下ろせる最高級レストラン『Vast』だ。
陽斗がこの日のために用意したイタリアの名門ブランドBrioniのオーダーメイドスーツ。ダークネイビーの上質なウール生地に、細かなストライプが控えめに織り込まれたクラシックなデザイン。動きやすさと格式を両立させた、プロの選手がフォーマルな場に着るのに相応しい一着。シャツはターンブル&アッサー、ネクタイは控えめなシルクのソリッドタイを合わせ、自分なりの正装を完成させていた。
「はっ、完全にスーツに着られているな……。」
自宅の鏡の前で何度も襟元や袖口を直しながら、陽斗は思わず小さく苦笑したのだった。
◇
(しまった……少し早く着きすぎたか。)
時刻は午後6時を少し回った頃だった。
いつもの癖で気を引き締めすぎたのか、約束の時間よりほぼ1時間も早く着いてしまった陽斗は、49階ラウンジの端のソファに腰を下ろした。
(やっぱり……目立つよな。)
194cm、97kg。
アメフトの選手にすら引けを取らないまでに鍛え上げられた肉体は、上質なダークネイビースーツの下でもその圧倒的な存在感を隠しきれなかった。分厚い胸板と盛り上がる僧帽筋がシャープな生地を内側から押し上げ、大柄な体躯を野暮ったく見せがちなシルエットを、むしろ凶悪なまでの美しさと威厳に変えている。
色白できめ細かな肌に、少し切れ長の瞳を縁取る長い睫毛。少し額を見せるように整えられた黒髪。そして常に落ち着きすぎると言われる無表情は、仕立ての良いスーツと相まって、まるで名門貴族の若き当主のような、冷たくも気品あるオーラを纏わせている。
通りすがるウェイトレスや、富裕層の客たちが思わず足を止め、振り返る。視線が突き刺さるのを感じ、陽斗は落ち着くことができなかった。
(ちょっと早いけれどいいか……聞いてみよう。)
最上階受付のスタッフに問い合わせる
「Miller .incの予約で、エリザ・ミラーさんを待っています。名前はHarutoです。」
受付のスタッフにそう告げると、相手はにこやかに頷きながらタブレットを操作した。
「ハルト・オオトリ様ですね。Miller .incより事前にお預かりしているパスポート情報と予約内容を確認いたしました。今夜は50階を完全貸し切りとなっておりますので、どうぞ奥のプライベート専用ラウンジでおくつろぎください。」
どうやらこの夜の50階は、完全貸し切りになっているらしい。エリザさんが「早急に確認したい大事なビジネス話がある。」とだけ告げて遠方から飛んでくる以上、ただの誕生日祝いではないことは明らかだ。
陽斗はソファの背もたれに軽く寄りかかる。オクラホマの街は西空がゆっくりと色づき始め、街のシルエットを優しく包み込んでいる。17歳になったばかりの少年にとって、この場所はまだ少し大きすぎる。手に汗がにじむのを自覚しながらも、彼は静かに深呼吸を繰り返した。




