第10話 志願
アリゾナの野球複合施設キャメルバック・ランチ、そのクラブハウス。
シャワー上がりの半裸のドジャースの選手たちが瓶ビールをラッパ飲みしながら、一斉に大画面(縦2.4m×横6.4m)の巨大高解像度LEDモニターを見上げ、口々に歓声やどよめきを上げていた。
巨大なモニター画面には、オリンピック競技大会に並ぶ野球の重要な国際大会のうちの一つ、WBC2017のハイライトが映し出されている。連戦を無敗で切り抜けた侍ジャパン(日本代表)が、見事ドジャー・スタジアムで行われる、アメリカラウンドの準決勝へ駒を進めたというニュースが報じられていた。
「ハハッ、見たかよ今のプレー! ハルト、お前の母国は今回も凄いじゃねえか!」
「ここまで無敗とは流石日本だな!だが準決勝はアメリカが勝つさ、今回は気合が違うからな!」
興奮冷めやらぬチームメイト達から肩を叩かれながら、陽斗は食い入るように画面を見つめていた。メジャーリーガーですら舌を巻く、日本のトッププロたちによる統率された作戦、精密な野球。アメリカ代表を待ち受けるのは、疑いようもなく世界最強レベルのプレイヤーたちだ。
ロッカールームの盛り上がりに拍車をかけたのは、日程の確定だった。
この勝ち上がりに伴い、ロサンゼルスでの決戦を目前に控えた侍ジャパンが、最終調整として3月19日に組まれていたカクタス・リーグのエキシビションゲームに登場し、ここキャメルバック・ランチでロサンゼルス・ドジャースと対戦することが正式に決定したのだ。
「――――日本の代表チームと戦う」
陽斗は静かに自分の指先を見つめていた。
その奥底で、かつてない温度の炎が燃え上がっていた。普段の冷静でしたたかな強さと、野球に対する論理的な思考を、根底から焼き尽くすような——純粋な野球人としての本能。
それは理屈を遥かに超えた、熱病のような闘志だった。
気づけば陽斗の足は、クラブハウスの奥にある監督室へと向かっていた。
コンコンと控えめに、だが少し力を込めてドアを叩き、デーブ・ロバーツ監督の部屋へ入る。コーチと談笑していた指揮官は、若き有望株の予期せぬ訪問に少しだけ目を丸くした。
「珍しいな。ハルトがここに来るなんて……どうかしたか?来週のメニューの確認か?」
「いえ……監督。少しお時間よろしいでしょうか」
普段、指示に対して完璧に応えるイエスマンであり、絶対にワガママを口にしないはずの16歳の少年は、まっすぐにロバーツ監督の目を見据えてこう言った。
「3月19日の侍ジャパン戦——俺に、先発マウンドとDH解除での打席を、与えていただけませんか?……本来のスケジュールでは18日に登板で19日は休養日だということは重々承知しています。ですが!自分のキャリアとプライドを懸けて、日本代表を打ち取りたいんです!」
それは、チーム方針を無視したあまりにも無謀な——しかし、熱に狂ったような直訴だった。
―――!!
その志願に目を大きく見開くと、ロバーツは隣に座っていたコーチ陣と顔を見合わせ、大きな声で腹の底から笑い声を上げたのだ。
「……ハッハハ!! いや驚いたよハルト、本当にお前って奴は……エスパーか? 俺達の考えは全てお見通しだったみたいだな!」
「ええっ……!?」
暫しフリーズし、口が半開きになっている陽斗に、ロバーツはニヤリと口角を上げて告げる。
「実はちょうどさっきまで、打撃コーチと投手コーチとでお前の話をしていたところだったんだ。相手が侍ジャパンならいろいろと経験になると思ってな。」
「登板日をスライドさせようという話でちょうど纏まったところだ。……そして肝心の登板プランは第二先発じゃない。〝先発ピッチャー〟だ。当然35球の制限は守ってもらうがな、後でお前を呼んで、当日はそのつもりで肩もしっかり作っておけって命令を出すつもりだったさ。」
日本の頂点を極めたスーパースター軍団を相手に、ドジャース自慢のトップ・プロスペクト。フロントとしてもファンとしても、こんな最高なエンターテインメントは他にはない。
「何も問題ありません。……ありがとうございます!Skipper!」
静かに頭を下げ、部屋を退出した陽斗の拳は、小刻みに、それでいて力強く握りしめられていた。
(こんな機会……もしかしたら、一生に一度しか巡ってこないかもしれない。日本の最高峰の打線相手に、まっさらなマウンドで一球目から全力で投げ込めるんだ……!)
静かに、だが青白い炎のように苛烈に闘志を燃やす陽斗は、きたるべき日米前哨戦に向け、自らの刃を極限まで研ぎ澄ませていった。
そして、3月19日の日曜日——。
ついに激突の日を迎えた晴天のアリゾナ州キャメルバック・ランチ球場。
場内アナウンスが高らかに日米両軍のスターティングメンバーを読み上げると、詰めかけた観客と、日米から押し寄せた数え切れないほどの報道陣からすさまじい歓声が湧き上がった。
And starting on the mound for YOUR Los Angeles Dodgers......(そして、我らがロサンゼルス・ドジャースの先発マウンドに上がるのは……)
ウーハーの効いたスタジアムDJの低い声が、最高潮に達した観客のボルテージをさらに一段階引き上げる。
Number 29, Haruto......Ohtori !!
――――――――――――――――
WBC2017 侍ジャパン オーダー
1 (指) 山内 哲人
2 (二) 菊田 涼介
3 (遊) 坂上 勇人
4 (左) 筒鳥 嘉智
5 (一) 中武 翔
6 (中) 青野 宣親
7 (右) 鈴本 誠也
8 (三) 田原 広輔
9 (捕) 炭川 銀仁朗
P 武石 翔太
ロサンゼルス・ドジャース オーダー
1 (中) トールズ
2 (二) フォーサイス
3 (補) グランダル
4 (一) ゴンザレス
5 (右) グティエレス
6 (三) セゲディン
7 (指) デービス
8 (左) エイブナー
9 (遊) テイラー
P 鳳 陽斗
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