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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第47話 戦勝祝賀パーティー

 ティアと第二王妃の心理戦に勝利したとの報告を聞いてから、しばらくして。


 王都レクィエリアでは、戦勝祝賀パーティーが開かれた。


 表向きは、エクィトゥム王国軍を撃破したことを祝うための宴。


 だが。


 貴族社会にとって、それだけの意味しかない場所ではなかった。


 戦争によって、王国内の勢力図が大きく動いた。


 そして今夜。


 その変化が、初めて目に見える形で現れる。


「殿下」


 会場へ向かう途中、カイが声をかけてくる。


「何だ?」


「今夜は、かなりの貴族が殿下に挨拶へ来ると思います」


「戦勝祝いだからだろ」


「それだけではありません」


 カイが少しだけ声を落とした。


「派閥です」


「……やはりか」


 俺はため息をつく。


 戦場で勝った。


 それは軍事的な意味だけではない。


 王位継承争いにおいても、俺の立場を大きく変える。


 今までは。


 第一王子。


 それだけだった。


 だが今は違う。


 二万を超える敵軍を相手に勝利し、敵本陣まで落とした第一王子。


 実際に軍を率いて戦果を上げた王族。


 そんな肩書きが、本人の意思とは無関係に付いてしまった。


「面倒だな」


「でしょうね」


 カイが苦笑する。


「ですが、逃げることもできません」


「分かっている」


 俺は会場へ入った。


              ◆


 大広間は、すでに多くの貴族で埋め尽くされていた。


 豪華な衣装。


 宝石。


 香水。


 そして、笑顔。


 戦場とは正反対の世界だ。


 俺が入った瞬間。


 多くの視線が集まった。


「第一王子殿下だ」


「お見えになったぞ」


「戦勝の立役者だ」


 小さな声があちこちから聞こえる。


 俺は気にせず歩いた。


 やがて。


「殿下」


 一人の男が歩み寄ってきた。


「エクウス伯爵」


「お久しぶりです」


「戦場では助かった」


「こちらこそ、殿下のご采配に助けられました」


 エクウス伯爵が頭を下げる。


 その瞬間。


「エクウス伯爵が第一王子殿下のところへ……」


 周囲から小さなどよめきが起きた。


 俺は気にせず話を続ける。


「今回の戦争、お前がいなければ本陣への奇襲は成立しなかった」


「それは殿下も同じでしょう」


 エクウス伯爵が笑う。


「……私は今後とも、殿下を支持させていただくつもりです」


 その言葉。


 戦場ではなかった。


 ここは社交界だ。


 だからこそ、その意味は重い。


「そうか」


 俺は短く答える。


「ありがたい」


「こちらこそ」


 エクウス伯爵が一礼して離れていく。


 その背中を見ながら、周囲の貴族たちが視線を交わしていた。


              ◆


 その後も。


 一人。


 また一人。


 領地貴族たちが俺のもとへやって来る。


「殿下、我が家も今回の戦勝を心よりお祝い申し上げます」


「殿下のご活躍には感服いたしました」


「今後とも、王国のためにお力をお貸しいただければ」


 言葉はどれも丁寧だ。


 だが。


 全員が同じ意味を持つわけではない。


 戦勝を祝っているだけの者。


 俺との距離を測っている者。


 そして。


 自分の立場を変えようとしている者。


 俺は、それを見ながら淡々と答えていく。


 派閥の話を自分からは出さない。


 誘われても、すぐに答えない。


 ただ。


 戦場で共に戦った者には、きちんと礼を返す。


 それだけだった。


 だが。


 それでも、人は動く。


              ◆


 宴が始まってから、しばらくして。


 カイが俺のところへ戻ってきた。


「殿下」


「何だ?」


「集計が出ました」


「何の?」


「今夜、正式に第一王子派への参加を表明した領地貴族です」


 俺は少しだけ眉を上げる。


「もう集計したのか」


「こういう場では、皆が誰に挨拶したかを見るだけでも大体分かります」


「それで?」


「エクウス伯爵を含め、領地貴族のおよそ二割五分が、第一王子殿下を支持する意思を示しました」


「二割五分……」


 まだ多いとは言えない。


 だが。


 以前とは意味が違う。


「法衣貴族は?」


「こちらも動いています」


 カイが続ける。


「第一王子派の法衣貴族は現在、およそ四割」


 俺は少し考えた。


「第二王子派は?」


「領地貴族が七割」


「法衣貴族が六割です」


 まだ大きな差がある。


「つまり、まだ第二王子派の方が上か」


「圧倒的に、とは言い難くなりましたが」


 カイが周囲を見る。


「それでも、最大派閥なのは変わりません」


「そうか」


 俺は会場を見る。


 第二王子派の貴族たちがまとまっている。


 それに対して、俺の周囲にも以前より明らかに人が増えている。


「戦争一つで、ここまで変わるのか」


「戦争一つだからこそ、です」


 カイが答える。


「実際に殿下と共に戦場へ立った者がいる」


「そして、その結果を見た者がいる」


「貴族にとって、それは何より大きい」


 なるほど。


 戦場での実績。


 それは、社交界で作られる評判とは違う。


「殿下は今回、ただ勝っただけではありません」


「軍を率いて生き残った」


「二万人以上の敵を相手にした」


「敵本陣へ突入し、指揮官まで討ち取った」


「それを見た貴族たちが、殿下を『王になる可能性のある王子』として見始めたのでしょう」


「……王になる可能性、か」


 俺は小さく呟いた。


 まだ十二歳の俺には、ずいぶん先の話に思える。


 だが。


 周囲は違う。


 もう王位継承争いの駒として、俺を見ている。


              ◆


 その頃。


 大広間の反対側では、別の話が交わされていた。


「エクウス伯爵まで第一王子殿下へ行ったか」


「ええ」


「戦場で共に戦ったのが大きいのでしょう」


「それだけではない」


 ある第二王子派の子爵が静かに言った。


「第一王子殿下の人気が、領地貴族の間で急速に上がっている」


「しかし、まだ我々の方が多い」


「油断はできません」


「分かっている」


 彼らも理解している。


 今夜は戦勝祝賀会。


 誰も露骨に派閥争いをするわけにはいかない。


 だが。


 その水面下では、すでに次の戦いが始まっていた。


              ◆


 そして。


 会場の隅。


 一人の貴族が、俺を見ながら小さく呟いた。


「それにしても……」


「どうした?」


「第一王子殿下が、プラエシディウス伯爵領で戦ったというのが面白い」


「何がです?」


「プラエシディウス伯爵家を知らんのか?」


 相手の貴族が首を傾げる。


「もちろん知っていますが」


「なら、その家系を考えてみろ」


 男は酒を一口飲む。


「プラエシディウス伯爵の母君は、ガルディシア伯爵家の出身だ」


「それが?」


「しかも、第二王妃ヴィクトリア様の実家に繋がる血筋だ」


「ああ……」


 ようやく意味を理解する。


 プラエシディウス伯爵家は、第二王子派に近い。


 その領地で。


 第一王子が大軍を迎え撃ち。


 そして勝利した。


「皮肉な話だな」


「ええ」


「第二王子派の地盤で、第一王子殿下が名声を得た」


 男は笑う。


「政治とは、本当に分からんものだ」


              ◆


 宴が進む。


 音楽が鳴る。


 酒が注がれる。


 貴族たちは笑う。


 誰もが戦勝を祝っている。


 だが。


 その裏では、王国の勢力図が書き換えられていた。


 今回の戦勝を境に。


 第一王子派の領地貴族は三割。


 法衣貴族は四割。


 対して、第二王子派は領地貴族七割。


 法衣貴族六割。


 まだ、第二王子派が優勢だ。


 けれど。


 もう、以前のように一方的ではない。


「殿下」


 カイが言う。


「今夜は成功です」


「そうか?」


「はい」


「戦勝を祝う宴だろう」


「それだけではありませんよ」


 カイが会場を見渡す。


「第一王子派が、初めて社交界で明確な勢力として姿を現しました」


 俺も、周囲を見た。


 俺へ向けられる視線が増えている。


 期待。


 打算。


 警戒。


 様々な感情が混じっている。


 それでも。


 戦争前とは、明らかに違う。


「……面倒になってきたな」


「それはもう、諦めてください」


 カイが苦笑する。


 俺はため息をついた。


 戦場より、社交界の方が面倒かもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は再び貴族たちの輪へ戻っていった。


 その夜。


 戦勝を祝うために開かれた宴は――。


 アンティクイランド王国における新たな権力関係の始まりを告げる、もう一つの戦場となった。

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