第45話 ティアへの対応
王宮へ戻った後。
ティアの扱いについて、俺は父上へ報告することになった。
「戦場近くで保護した少女です」
「名前は?」
「ティアと名乗っています」
「身元は?」
「本人は、帝国内戦で没落した高位貴族の生き残りだと話しています」
父上が眉を寄せる。
「確認は?」
「まだです」
「そうか」
それなら当然だろう。
戦場から命からがら逃げてきた少女の身元を、その場で確認できるはずもない。
「だが、身元不明のまま王宮に置いておくわけにもいかん」
「はい」
「グラフィルを呼べ」
「承知しました」
◆
しばらくして、一人の男が部屋へ入ってきた。
グラフィル。
騎士家の当主であり、副外務卿と副内務卿を兼任しながら、王国の諜報を実質的に担当している男だ。
相変わらず、存在感が薄い。
部屋へ入ってきても、気づけばそこにいたように感じる。
「お呼びでしょうか」
「ああ、グラフィル」
俺はティアについて説明した。
「戦場近くで保護した少女だ。本人は、帝国内戦で没落した高位貴族の生き残りだと名乗っている」
「……高位貴族」
「帝国内戦後に没落した家系の記録を調べてほしい」
「範囲は?」
「伯爵位以上」
「承知しました」
グラフィルは即答した。
だが、その後に続いた言葉は少し意外なものだった。
「ただし、かなり時間がかかると思われます」
「そんなにか?」
「はい」
グラフィルが淡々と答える。
「帝国内戦が終わってから、すでに複数の家が没落しています」
「戦死、処刑、追放、領地没収、家名断絶など、記録だけでも相当数あります」
「さらに」
グラフィルが続ける。
「国外へ逃亡した者もおります。家臣や親族が別名を名乗っている場合もある」
「家名を捨て、別の貴族家へ身を寄せた者もいるでしょう」
「したがって、単純に『没落した伯爵家以上の名簿』と照合するだけでは済みません」
「本人の年齢、容姿、出身地、家族構成、帝国内戦当時の記録まで調べる必要があります」
なるほど。
確かに簡単な仕事ではない。
「どのくらいかかる?」
グラフィルは少し考えた。
「最低でも数週間」
「慎重に調べるのであれば、数か月は見ていただきたいところです」
「数か月か……」
「帝国周辺の情報網も使いますので、早くてもそれくらいでしょう」
俺はティアを見る。
彼女は少し離れた場所で、静かにこちらを見ていた。
「その間、どうする?」
父上が尋ねる。
「王宮で保護します」
俺が答えた。
「サナと年齢も近いですし、遊び相手になってもらえばいいと思います」
「身元不明の少女を王宮へ置くのか?」
「戦場の近くへ戻すよりは安全です」
父上は少し考える。
そして頷いた。
「分かった」
「身元が判明するまでは、表向きは保護した高位貴族の娘として扱う」
「はい」
「ただし、正体が分からない以上、完全に自由にするわけにはいかん」
「承知しています」
グラフィルが一礼する。
「では、調査を開始します」
「頼む」
「ただ――」
グラフィルが一瞬だけティアを見る。
「本人に直接、過去のことを詳しく尋ねるのは控えた方がよろしいでしょう」
「なぜだ?」
「帝国内戦で家族を失ったのであれば、無理に記憶を掘り起こす必要はありません」
俺は頷いた。
「そうだな」
「では、裏側から調べます」
グラフィルはそれだけ告げると、部屋を出ていった。
最後まで、足音がほとんど聞こえなかった。
◆
こうして。
ティアの身元調査が始まった。
帝国内戦で没落した伯爵家以上の貴族。
その家系図。
生存者。
逃亡者。
没落の経緯。
そして、その中に「ティア」と呼ばれる少女が存在するのか。
グラフィルの持つ諜報網を使ったとしても、すぐには答えが出ない。
情報は帝国内だけにあるとは限らない。
戦争で記録を失った家もある。
家名を変えた者もいる。
故郷を捨てた者もいる。
だからこそ――。
この調査には、かなりの時間が必要だった。
そして。
その時間こそが、ティアにとって最大の猶予になった。
自分がエクィトゥム王国第三王女グラーティアであることが、まだ誰にも知られていない。
その間に。
彼女はアンティクイランド王国の王宮で、サナティアと過ごす日々を始めることになる。




