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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第41話 講和に向けて

アティクイランド王国王都レクィエリア。


 王宮では、臨時の御前会議が開かれていた。


 議題は、西部国境におけるエクィトゥム王国軍の侵攻。


 いや。


 正確には――。


 侵攻を受けている今、この国をどう守るか。


 会議室には、国王をはじめ、王妃、宰相、軍務卿、各軍の重臣、王都へ戻っていた有力貴族たちが集まっていた。


 空気は重い。


 当然だった。


 敵は、帝国に次ぐ大国。


 人口は約八百万人。


 こちらは約百二十万人。


 その差は、約六倍。


 しかも、敵軍は西部国境を突破し、すでに複数の子爵領、男爵領へ侵入している。


「現時点で確認されている敵兵力は?」


 国王が尋ねる。


「正確な数は不明ですが、およそ二万人」


 軍務卿が答えた。


 その数字に、会議室がざわめく。


「二万……」


「こちらは?」


「西部国境の諸侯軍、中央軍の一部を合わせても、まとまって戦える兵力は総兵力一万七千の内、一万に届きません」


「しかも、各領主軍は分散している」


「では、国境防衛線を維持するのは不可能ではないのか?」


「このままでは厳しいでしょう」


 発言が次々と飛ぶ。


「ならば中央軍を西へ追加投入すべきだ」


「何を言っている! 東の帝国との国境を空けるつもりか!」


「帝国との国境より、今攻め込まれている西部を優先するべきだろう!」


「それでは帝国が動いた時にどうする!」


「帝国がこの状況を見ているとは限らん!」


「帝国は内戦中だ!」


「そんなもの殆ど皇帝派の勝利で終結しているわ!」


 議論は一気に紛糾した。


「傭兵を大量に雇えばいい!」


「金はどうする!」


「王家の財貨を放出すれば――」


「それで一時的に兵を集めても、長期戦になれば維持できない!」


 別の貴族が地図を指差す。


「西部の諸侯領を放棄して、プラエシディウス伯爵城を中心とした防衛線を築くべきです!」


「領地を捨てるのか?」


「捨てるのではない! 守れない場所を一時的に放棄するだけだ!」


「領民はどうする!」


「避難させる!」


「そんな時間があると思うか!」


 怒号が飛び交う。


 王国の西側には、すでにエクィトゥム王国軍が迫っている。


 敵がどこまで進むのか。


 王都まで来るのか。


 その前に止められるのか。


 誰にも分からない。


「陛下!」


 第三軍団軍団長が立ち上がった。


「ここは西部へ我ら第三軍団をを全軍投入すべきです!」


「先ほども言ったが、東部国境を空けることになる」


「ならば第二軍団からも一部を――」


「艦隊を動かしてどうする!」


「予備役を招集するべきだ!」


「もう招集を始めています!」


「ならばさらに――」


「これ以上は王国の経済そのものが持ちません!」


 議論は収まらない。


 誰もが正しいことを言っている。


 だからこそ、まとまらない。


 敵は強い。


 こちらは小さい。


 戦争が長引けば不利になる。


 だが、逃げれば領地を失う。


 戦えば兵を失う。


 兵を集めれば国庫が減る。


 誰もが、その現実を理解していた。


              ◆


「そもそも」


 軍務卿が口を開いた。


「我々は、この戦争を長期戦にしてはなりません」


「ならば何をする?」


「西部国境の防衛線を維持しつつ、敵主力をプラエシディウス伯爵城周辺で止める」


「できるのか?」


「現状では、それしかありません」


「そして、その間に中央軍の増援を――」


 その時だった。


 会議室の扉が勢いよく開いた。


「申し上げます!」


 伝令兵が息を切らして立っていた。


「何事だ」


 国王が問う。


「西部前線より――緊急の戦況報告です!」


「読め」


「はい!」


 伝令兵は封蝋を切る。


 そして、声を震わせながら読み上げた。


「プラエシディウス伯爵城周辺において、我が軍とエクィトゥム王国軍が大規模な会戦を実施」


 会議室が静かになる。


「エクィトゥム王国軍、約二万」


「我が軍、約一万」


「「「なっ」」」


第四軍団軍団長が激昂する。


「西部方面軍は何をやっている!この兵力差で会戦をして勝てると思っているのか!?」


しかし__


「我が軍、勝利」


「は?」


 誰も動かなかった。


「……何?」


 誰かが呟く。


 伝令は続ける。


「敵本陣、制圧」


「敵軍指揮官、フェルゼンハルト公爵、グランツェン辺境伯――両名とも戦死」


「敵軍は指揮系統を喪失し、各部隊が敗走」


「エクィトゥム王国侵攻軍は、事実上崩壊しました!」


 次の瞬間。


 会議室がざわめいた。


「勝った……?」


「二万人を相手に?」


「本当なのか?」


「間違いありません!」


 伝令が答える。


「現在、西部前線では敵軍の組織的抵抗は確認されておりません!」


 先ほどまで王国の守り方を巡って激しく争っていた者たちが、今度は互いの顔を見る。


 空気が変わった。


 だが――。


「被害は?」


 軍務卿が即座に聞く。


 伝令が一瞬だけ表情を曇らせる。


「……我が軍も、相応の損害を受けています」


「詳細を」


「戦死・行方不明、およそ千人」


「負傷者、およそ千二百人」


 再び沈黙。


 勝利。


 だが、無傷ではない。


 しかも――。


「国境付近の防衛線は?」


 宰相が尋ねる。


 伝令が答える。


「西部国境に築かれていた諸侯軍の防衛線は……」


「第一線、第二線ともに崩壊しております」


「現在、敵軍によって占領されていた子爵領、男爵領では、敵の撤退後に我が軍が再進入する準備を進めています」


 その報告を聞き、軍務卿が静かに頷いた。


「つまり」


 国王が言う。


「我々は大規模会戦では勝った」


「しかし、その前に国境防衛線を失い、それなりの損害も出した」


「はい」


 軍務卿が答える。


「ですからこそ、ここからの判断が重要になります」


 ある貴族が口を開く。


「敵軍が崩壊したのなら、この機会に追撃すべきでは?」


「どこまで追うつもりです?」


 軍務卿が問い返す。


「エクィトゥム王国まで攻め込むのか?」


「それは……」


「我が国の人口は約百二十万人」


「対してエクィトゥム王国は約八百万人」


「今回はこちらが勝った」


「だが、戦争を何度も繰り返せば?」


 会議室が静かになる。


「今回の戦闘で、我々も千人単位の兵を失った」


「これ以上の損害が続けば、こちらの方が先に兵力を失います」


「敵は人口でも国力でも圧倒的に上」


「時間が敵に味方する戦争になれば――」


 軍務卿は言い切った。


「我が国に勝ち目はありません」


 誰も反論できなかった。


 先ほどまで激しく争っていた問題の答えが、突然一つに収束していく。


 今、勝っているからこそ終わらせる。


「では」


 国王が口を開く。


「まずは奪われた領地を取り戻す」


「その後、エクィトゥム王国へ講和を打診する」


「それがよろしいでしょう」


 宰相が頷く。


「小規模な戦闘は続くでしょう」


 軍務卿が続ける。


「逃げ遅れた敵兵、各地に残された守備隊、撤退を拒む部隊などは存在するはずです」


「しかし、大規模な会戦を続ける必要はありません」


「こちらの目的は、すでに明確になっています」


 国王は頷いた。


「奪われた領地を取り戻す」


「国境を回復する」


「そして――」


 一拍。


「戦争を終わらせる」


 会議室に、今度は反対する声はなかった。


 つい数十分前まで、王国の存亡を前に何を守り、何を捨てるかで争っていた。


 しかし。


 西部前線から届いた一報が、その議論を一変させた。


 アンティクイランド王国軍は勝った。


 だが、その勝利は長期戦を選ぶ理由にはならない。


 むしろ。


 今、この瞬間こそが戦争を終わらせる最大の好機だった。


 国王は最後に、静かに命じた。


「西部国境の奪還を開始せよ」


「そして同時に――」


「講和の準備を始める」


こうして戦争終結に向けた動きがアンティクイランド王国内では進んでいくのだった。

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