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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第40話 戦果報告と今後の方針

やっぱりもう少し書きます

東の空が白み始める頃。


 昨夜まであちこちで燃えていた焚き火は、すでにその多くが消えていた。


 戦場の一角に設けられたアンティクイランド王国軍の野営地では、兵士たちが起き始めている。


 昨夜までの勝利を祝う宴の名残も残っていた。


 空になった酒樽。


 焚き火の周囲に置かれた杯。


 食事の跡。


 だが、朝になれば現実が戻ってくる。


 死者の確認。


 負傷者の治療。


 武器や馬の回収。


ティアは近くの天幕で休んでいる。盗賊に襲われたのだ。かなり疲れているだろう。

 

そして――昨日の戦いで、何が起きたのかを整理しなければならない。


「殿下」


 天幕の外から声がした。


「入れ」


 入ってきたのはガイウシア子爵だった。


「昨日の戦果について、暫定報告がまとまりました」


「分かった」


 俺は椅子へ腰を下ろす。


「まず、敵軍についてです」


 ガイウシア子爵が報告書を開く。


「エクィトゥム王国侵攻軍は、昨日の戦闘によって事実上崩壊しました」


「敵本陣は完全に制圧」


「フェルゼンハルト公爵、グランツェン辺境伯、両名とも戦死」


「各部隊は統一された指揮を失い、それぞれの判断で戦場から離脱しております」


 俺は頷いた。


「捕虜は?」


「現在までに確認できているだけで、およそ二千人です」


「敵の戦死者、行方不明者については?」


「三千人以上と推定されています」


「ただし、戦場が広いため、正確な数字はまだ出ておりません」


 俺は黙って聞く。


 数字だけを見れば、大きな損害だ。


 だが、何より重要なのは――。


「敵の残存兵力は?」


「組織された軍としては、もはや戦場周辺に存在しないと考えられます」


「そうか」


 ガイウシア子爵が地図を広げる。


「現在、敵軍に奪われているのは、この周辺の子爵領、男爵領です」


 指先が地図上を動く。


「ですが、敵侵攻軍の崩壊によって、これらの地域を守っていた敵兵もすでに撤退を始めております」


「ならば、奪い返せるな」


「はい」


 その返事に、俺は頷いた。


 今回の戦いで、エクィトゥム王国軍の大軍を叩いた。


 だが、それだけでは終わらない。


 戦争の始まりから今までに奪われた領地がある。


 そこを取り戻す必要がある。


「我が軍の損害は?」


「戦死・行方不明、およそ千人」


「負傷者、およそ千二百人です」


 大きい。


 だが。


「軍は維持できているな?」


「はい」


「諸侯軍も?」


「大半が健在です」


「なら、再編して奪還作戦へ移れる」


 ガイウシア子爵が頷いた。


「すでに各諸侯へ連絡を送り、奪われた領地への帰還準備を進めております」


「そうか」


 俺は地図を見る。


 昨日まで赤く塗られていた地域がある。


 それは敵軍に占領された領地だった。


 だが、今は敵の軍そのものが崩壊している。


 ここから先は、追撃戦というよりも――。


 失った土地を取り戻す戦いになる。


「ただし」


 ガイウシア子爵が続ける。


「敵が完全に消えたわけではありません」


「分かっている」


「各地に残った小規模な部隊や、逃走した兵が集まって抵抗する可能性があります」


「大規模な会戦にはならない、と?」


「おそらくは」


 俺は少し考える。


「ならば、各領主に任せよう」


 奪還した領地を再び確保し、街道を通し、敵の残存兵を追い払う。


 大軍同士が正面からぶつかることは、もうないだろう。


 それでも。


 小さな戦闘くらいは、しばらく続く。


 それは仕方がない。


「そして、その後は?」


 俺が尋ねる。


 ガイウシア子爵は少し間を置いて答えた。


「……講和交渉になるでしょう」


「そうだな」


 俺は地図を見つめる。


「その前に、確認しておきたい」


 俺はエクィトゥム王国の方向へ目を向けた。


「我々に、長期戦を続ける余力はない」


 ガイウシア子爵が黙って頷く。


「理由は明白です」


「人口か?」


「はい」


 子爵が答える。


「エクィトゥム王国の人口は、およそ八百万人と推定されています」


「我が国は約百二十万人」


「単純な人口だけで、六倍以上の差があります」


 俺は地図の上へ手を置いた。


「今回はこちらが勝った」


「ですが、今回の一戦で消耗した兵力は戻らない」


「そうです」


 ガイウシア子爵が続ける。


「こちらが千人単位で兵を失う一方、敵はより大きな人口を背景に、時間をかければ再動員できます」


「食料や武器の生産力も違う」


「はい。国土、人口、商業規模、徴税基盤。長期戦になれば、総合的な国力の差がそのまま効いてきます」


 俺は黙って聞いていた。


 今なら勝てる。


 昨日の戦いで敵侵攻軍は崩壊した。


 敵が占領している領地も、今なら奪還できる。


 しかし。


 その先まで考えれば話は変わる。


 エクィトゥム王国が新たな軍を編成し、さらに国境へ送り込んでくれば。


 こちらも兵を集める。


 また戦う。


 さらに兵が死ぬ。


 そのたびに、人口百二十万人の国と八百万人の国との差が重くなる。


「つまり」


 俺は静かに言った。


「短期戦なら、こちらにも勝機がある」


「しかし、長期戦では――」


「勝利できる可能性は無きに等しい」


 ガイウシア子爵が頷く。


「最終的には、そう判断しております」


 俺は地図を見る。


 だからこそ。


 今回の戦いで勝ったことには意味がある。


 敵の大軍を撃破した。


 侵攻軍を崩壊させた。


 奪われた領地を取り戻す機会を得た。


 そして――。


 こちらが有利なうちに戦争を終わらせられる。


「なら、戦争を早々に終結させる必要があるな。」


「はい」


「まずは奪われた領地を取り戻す」


「そのうえで?」


「講和を求める」


 ガイウシア子爵が深く頭を下げる。


「承知しました」


 俺は立ち上がった。


「敵を滅ぼす必要はない」


 エクィトゥム王国を征服できるほどの力など、今のアンティクイランド王国にはない。


 それどころか。


 勝っている今だからこそ、戦争を終わらせなければならない。


 大規模な会戦は終わった。


 これから先、奪われた領地を取り戻す過程で、小規模な戦闘はいくつか起こるだろう。


 だが、それも長くは続けない。


 領地を回復させ。


 国境を元へ戻し。


 互いにこれ以上の戦争を続ける理由が薄れたところで――。


 講和へ持ち込む。


「それが一番いい」


 俺はそう呟いた。


 天幕の外へ出る。


 朝日が、昨日まで戦場だった平原を照らしていた。


 武器を回収する兵。


 負傷者を運ぶ兵。


 戦死者を確認する兵。


 そして、帰還した領主軍を待つ者たち。


 昨日の戦いによって、戦況は大きく変わった。


 だが、それは「エクィトゥム王国に勝ち続けられる」という意味ではない。


 むしろ逆だ。


 今だからこそ、勝ったうちに終わらせる。


 それが、アンティクイランド王国にとって最も現実的な選択だった。

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