第37話 眠れない夜に
敵本陣を制圧した俺たちは、そのまま戦場を横切り、正面で戦っていた本隊へ向かった。
プラエシディウス伯爵城へ戻るには、あまりにも距離がある。
それに、今から数千人規模の軍を動かす必要もない。
すでにエクィトゥム王国軍は崩壊している。
敵本陣を失い、指揮官も討ち取られた。
各部隊はそれぞれの判断で戦場を離れ、組織だった戦闘を続けられる状態ではない。
ならば、今夜はここで休む。
「殿下」
エクウス伯爵が馬を寄せてくる。
「正面の本隊へ合流いたしましょう」
「ああ」
俺は頷いた。
「全員、本隊へ向かうぞ」
「はっ!」
俺たちは進路を変えた。
◆
しばらく進むと、遠くにいくつもの火が見えてきた。
焚き火だ。
正面で戦っていたアンティクイランド王国軍の本隊が、戦場の一角に集まっている。
「本隊です!」
先行していたカイが叫ぶ。
「ああ」
俺は小さく息を吐いた。
ようやく戻ってきた。
本隊へ近づくにつれ、こちらに気づいた兵士たちが声を上げ始める。
「第一王子殿下がお戻りになられた!」
「殿下だ!」
「ご無事だったぞ!」
声が次々と広がっていく。
俺は馬を降りた。
すぐにガイウシア子爵が駆け寄ってくる。
「殿下、ご無事で何よりです」
「ああ。そちらは?」
「こちらも戦闘は終わりました」
子爵が周囲を見る。
「エクィトゥム軍は、完全に戦場から離れています」
「そうか」
俺は遠くを見る。
昼間まで敵軍が埋め尽くしていた平原には、もう組織だった軍勢の姿はない。
残されているのは、武器や盾、荷車、軍旗。
そして、戦いの爪痕だけだった。
「今日のうちに追撃する必要はないな」
「はい」
「なら、ここで野営する」
「承知しました」
◆
すぐに野営の準備が始まった。
戦場から少し離れた場所に天幕が張られ、焚き火が次々と灯されていく。
負傷者は一か所に集められ、治療が始まる。
兵士たちには食事が配られた。
干し肉。
パン。
温かいスープ。
戦場に残された敵軍の食料も、使用できるものは回収されているらしい。
そして、しばらくして。
「殿下」
エクウス伯爵が酒樽を一つ抱えてきた。
「これは?」
「敵陣から見つけたものです」
「酒か」
「はい」
伯爵が笑う。
「この戦いに勝ったことくらいは、祝ってもよいでしょう」
俺は少しだけ考えた。
死者もいる。
負傷者もいる。
何もかもが喜ばしいわけではない。
だが――。
圧倒的な兵力差のある敵軍を撃破した。
敵の侵攻軍は崩壊した。
そして、俺たちは生き残った。
「……そうだな」
俺は頷いた。
「今日くらいはいいだろう」
その言葉が伝わる。
次の瞬間。
「おおおおっ!」
兵士たちから歓声が上がった。
あちこちで笑い声が起こる。
酒が配られる。
食事が増える。
戦場だった場所が、少しずつ別の空気に変わっていった。
◆
焚き火を囲み、兵士たちが今日の戦いを語り始める。
「中央は本当に危なかったな」
「俺はもう終わったと思ったぞ」
「敵の数、ものすごかったからな」
「それでも押し返したんだ」
「最後は殿下が敵本陣まで落としたんだろ?」
「聞いた話じゃ、公爵と辺境伯まで討ち取ったらしいぞ」
「本当かよ……」
誰もが興奮している。
一方で、少し離れた場所では静かに杯を傾ける者もいた。
今日、戻ってこなかった仲間を思っているのだろう。
笑う者。
話す者。
黙っている者。
傷を抱えて眠る者。
それぞれが、それぞれの夜を過ごしていた。
俺は焚き火の前に座った。
隣にはカイがいる。
「殿下」
「何だ?」
「……終わったんですね」
「ああ」
カイは炎を見つめる。
「朝は、ここまでになるとは思いませんでした」
「俺もだ」
朝には二万人を超える敵軍と向き合っていた。
昼には戦場を駆け回っていた。
その後、森を抜けて敵本陣へ向かい、公爵と辺境伯を討ち取った。
そして今。
目の前には、火を囲む味方の兵士たちがいる。
静かだ。
とても、ついさっきまで戦場だったとは思えない。
「疲れましたね」
「ああ」
俺は素直に答えた。
「かなりな」
◆
夜が深くなる。
宴の声も、次第に小さくなっていく。
酒に酔って眠る者。
食事を終えて横になる者。
傷を抱えたまま眠れずにいる者。
それでも、焚き火だけは消えない。
見張りの兵が交代しながら、戦場の周囲を警戒している。
敵軍はもういない。
戻ってくることもないだろう。
今日の戦いで、エクィトゥム王国の侵攻軍は崩壊した。
だから今夜は、戦場でありながら、久しぶりに安心して眠れる夜だった。
明日になればやることは多い。
負傷者の搬送。
戦場の整理。
捕虜の確認。
戦死者の弔い。
そして、プラエシディウス伯爵城への帰還。
だが、それは明日でいい。
今夜だけは。
勝ったという事実を噛み締めていい。
俺は焚き火を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……長い一日だったな」
そう呟く。
返事はなかった。
ただ、少し離れた場所で兵士たちの笑い声が聞こえる。
その声を聞きながら、俺は目を閉じた。
しかし、寝れない
どうしても思い出してしまうのだ。
今までのことを。
振られ心身ともに死に、王子になって母と祖父を失い
派閥争いや戦争を駆け抜けてきた。
転生という秘密を抱えて....
体は休むことができている
でも、心は振られてしまったときから一度も休まったことはない
気持ちを整理したい。
何も目につかない場所に行こう。
そう考えて寝静まった天幕から馬とクロスボウ、剣を持ち
俺は夜の森へと駆け出した。




