表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
88/305

第37話 眠れない夜に

 敵本陣を制圧した俺たちは、そのまま戦場を横切り、正面で戦っていた本隊へ向かった。


 プラエシディウス伯爵城へ戻るには、あまりにも距離がある。


 それに、今から数千人規模の軍を動かす必要もない。


 すでにエクィトゥム王国軍は崩壊している。


 敵本陣を失い、指揮官も討ち取られた。


 各部隊はそれぞれの判断で戦場を離れ、組織だった戦闘を続けられる状態ではない。


 ならば、今夜はここで休む。


「殿下」


 エクウス伯爵が馬を寄せてくる。


「正面の本隊へ合流いたしましょう」


「ああ」


 俺は頷いた。


「全員、本隊へ向かうぞ」


「はっ!」


 俺たちは進路を変えた。


              ◆


 しばらく進むと、遠くにいくつもの火が見えてきた。


 焚き火だ。


 正面で戦っていたアンティクイランド王国軍の本隊が、戦場の一角に集まっている。


「本隊です!」


 先行していたカイが叫ぶ。


「ああ」


 俺は小さく息を吐いた。


 ようやく戻ってきた。


 本隊へ近づくにつれ、こちらに気づいた兵士たちが声を上げ始める。


「第一王子殿下がお戻りになられた!」


「殿下だ!」


「ご無事だったぞ!」


 声が次々と広がっていく。


 俺は馬を降りた。


 すぐにガイウシア子爵が駆け寄ってくる。


「殿下、ご無事で何よりです」


「ああ。そちらは?」


「こちらも戦闘は終わりました」


 子爵が周囲を見る。


「エクィトゥム軍は、完全に戦場から離れています」


「そうか」


 俺は遠くを見る。


 昼間まで敵軍が埋め尽くしていた平原には、もう組織だった軍勢の姿はない。


 残されているのは、武器や盾、荷車、軍旗。


 そして、戦いの爪痕だけだった。


「今日のうちに追撃する必要はないな」


「はい」


「なら、ここで野営する」


「承知しました」


              ◆


 すぐに野営の準備が始まった。


 戦場から少し離れた場所に天幕が張られ、焚き火が次々と灯されていく。


 負傷者は一か所に集められ、治療が始まる。


 兵士たちには食事が配られた。


 干し肉。


 パン。


 温かいスープ。


 戦場に残された敵軍の食料も、使用できるものは回収されているらしい。


 そして、しばらくして。


「殿下」


 エクウス伯爵が酒樽を一つ抱えてきた。


「これは?」


「敵陣から見つけたものです」


「酒か」


「はい」


 伯爵が笑う。


「この戦いに勝ったことくらいは、祝ってもよいでしょう」


 俺は少しだけ考えた。


 死者もいる。


 負傷者もいる。


 何もかもが喜ばしいわけではない。


 だが――。


 圧倒的な兵力差のある敵軍を撃破した。


 敵の侵攻軍は崩壊した。


 そして、俺たちは生き残った。


「……そうだな」


 俺は頷いた。


「今日くらいはいいだろう」


 その言葉が伝わる。


 次の瞬間。


「おおおおっ!」


 兵士たちから歓声が上がった。


 あちこちで笑い声が起こる。


 酒が配られる。


 食事が増える。


 戦場だった場所が、少しずつ別の空気に変わっていった。


              ◆


 焚き火を囲み、兵士たちが今日の戦いを語り始める。


「中央は本当に危なかったな」


「俺はもう終わったと思ったぞ」


「敵の数、ものすごかったからな」


「それでも押し返したんだ」


「最後は殿下が敵本陣まで落としたんだろ?」


「聞いた話じゃ、公爵と辺境伯まで討ち取ったらしいぞ」


「本当かよ……」


 誰もが興奮している。


 一方で、少し離れた場所では静かに杯を傾ける者もいた。


 今日、戻ってこなかった仲間を思っているのだろう。


 笑う者。


 話す者。


 黙っている者。


 傷を抱えて眠る者。


 それぞれが、それぞれの夜を過ごしていた。


 俺は焚き火の前に座った。


 隣にはカイがいる。


「殿下」


「何だ?」


「……終わったんですね」


「ああ」


 カイは炎を見つめる。


「朝は、ここまでになるとは思いませんでした」


「俺もだ」


 朝には二万人を超える敵軍と向き合っていた。


 昼には戦場を駆け回っていた。


 その後、森を抜けて敵本陣へ向かい、公爵と辺境伯を討ち取った。


 そして今。


 目の前には、火を囲む味方の兵士たちがいる。


 静かだ。


 とても、ついさっきまで戦場だったとは思えない。


「疲れましたね」


「ああ」


 俺は素直に答えた。


「かなりな」


              ◆


 夜が深くなる。


 宴の声も、次第に小さくなっていく。


 酒に酔って眠る者。


 食事を終えて横になる者。


 傷を抱えたまま眠れずにいる者。


 それでも、焚き火だけは消えない。


 見張りの兵が交代しながら、戦場の周囲を警戒している。


 敵軍はもういない。


 戻ってくることもないだろう。


 今日の戦いで、エクィトゥム王国の侵攻軍は崩壊した。


 だから今夜は、戦場でありながら、久しぶりに安心して眠れる夜だった。


 明日になればやることは多い。


 負傷者の搬送。


 戦場の整理。


 捕虜の確認。


 戦死者の弔い。


 そして、プラエシディウス伯爵城への帰還。


 だが、それは明日でいい。


 今夜だけは。


 勝ったという事実を噛み締めていい。


 俺は焚き火を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。


「……長い一日だったな」


 そう呟く。


 返事はなかった。


 ただ、少し離れた場所で兵士たちの笑い声が聞こえる。


 その声を聞きながら、俺は目を閉じた。


 しかし、寝れない


 どうしても思い出してしまうのだ。


 今までのことを。


 振られ心身ともに死に、王子になって母と祖父を失い


 派閥争いや戦争を駆け抜けてきた。


 転生という秘密を抱えて....


 体は休むことができている


 でも、心は振られてしまったときから一度も休まったことはない


 気持ちを整理したい。


 何も目につかない場所に行こう。


 そう考えて寝静まった天幕から馬とクロスボウ、剣を持ち


 俺は夜の森へと駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ