第36話 盗賊たち
悲劇のヒロイン
戦場が崩れ始めた、その頃。
エクィトゥム王国軍の後方では、第三王女グラーティアもまた、護衛騎士たちとともに戦場から離れていた。
十二歳。
王女としてはまだ若いが、幼さだけが残る年齢でもない。
淡い金色の髪。
白い肌。
澄んだ淡赤色の瞳。
王族として仕立てられた外套には、エクィトゥム王家の紋章が刺繍されている。
戦場という場所にあっても、その身分を隠すことは難しかった。
そして、それが今は大きな危険を呼び込んでいた。
◆
エクィトゥム王国軍が敗走を始めた直後。
戦場周辺には、軍隊とは別の動きをする者たちが現れていた。
盗賊たちだった。
混乱した戦場の周辺には、武器も防具も、馬も食料も大量に残される。
敗残兵が逃げれば、普段なら手に入らないような品まで手に入る。
だから彼らは、戦況そのものには関わらず、戦場の外で獲物を待っていた。
その中でも特に規模の大きい盗賊団が、街道の一つを塞いでいた。
その数、約百人。
「止まれ!」
突然、前方から声が響いた。
グラーティアを囲んでいた護衛騎士たちが、一斉に馬を止める。
前方。
左右。
そして後方。
木々の間から次々と人影が現れる。
「盗賊……!」
騎士の一人が叫ぶ。
数が多い。
とてもではないが、正面から相手にできる数ではない。
盗賊たちの視線がグラーティアへ集まる。
王家の紋章。
整えられた衣装。
そして、十二歳の少女とはいえ隠しようのない王族の気品。
「……あれ、王女じゃねえか?」
「本当かよ」
「王族なら、身代金を取れるぞ」
「その前にちょっとてぇ出しても罰は当たんねぇだろへっへㇸ」
荒い笑い声が上がる。
ここで戦場の敗残兵を襲うだけでも利益になる。
そのうえ王族まで手に入れば、桁違いの金を要求できる。
それに容姿もかなりいい。かなり楽しめるだろう。
何が、とは言わないが。
だからこそ、盗賊たちは逃がすつもりがなかった。
「殿下、お下がりください!」
護衛隊長が叫ぶ。
「ここは我々が食い止めます!」
「でも――」
「早く!」
騎士たちが剣を抜く。
グラーティアは一瞬だけ彼らを見た。
そして、馬の向きを変える。
「行け!」
その声を背に、グラーティアを乗せた馬が走り出した。
◆
護衛騎士たちは必死に戦った。
相手は百人近い。
対する自分たちは三十人ほど。
まともに勝てる戦いではない。
それでも、目的は勝つことではない。
王女を逃がすこと。
「殿下を先へ!」
「こちらは任せろ!」
騎士たちが道を塞ぐ。
一人。
また一人。
騎士が倒れていく。
それでも、残った者たちは剣を振るい続けた。
やがて、王女を追える状態にある騎士は二人だけになった。
「殿下!」
二人が追いつく。
「もう大丈夫です。ここからは我々が!」
グラーティアは振り返った。
「他のみんなは……」
「……」
二人は答えなかった。
答える必要もなかった。
グラーティアは前を向く。
今は逃げるしかない。
◆
夕方。
空が赤く染まり始めていた。
エクィトゥム王国へ続く街道を、グラーティアと二人の騎士が進んでいく。
「殿下」
「はい」
「もう少しです。国境まで辿り着けば、こちらの兵に保護してもらえます」
疲労は限界に近かった。
それでも三人は進んだ。
あと少し。
あと少しで、自国へ戻れる。
そう思った時だった。
「……止まれ」
前を進む騎士が低く呟く。
「何かいます」
街道の先。
木々の間から人影が現れた。
一人。
二人。
三人。
やがて十人ほど。
「また盗賊か……!」
騎士が剣を抜く。
先頭の盗賊が笑った。
「今度はずいぶん上玉……いや、王族か」
「その服、見覚えがあるぞ」
「第三王女だ」
盗賊たちがざわめく。
「こいつを連れていけば、大金になる」
「追手が来る前に急げ」
グラーティアの表情が強張った。
「私を狙っているの?」
「ああ」
盗賊が答える。
「お前一人で、何人の身代金が取れると思ってる?」
騎士の一人が前へ出た。
「殿下には指一本触れさせん」
もう一人も並ぶ。
「ここは我々が抑えます」
「でも――」
「行ってください!」
グラーティアは手綱を握り直す。
だが、二人の騎士が動く方が早かった。
◆
戦いが始まった。
二人対十人。
圧倒的に不利だった。
それでも二人は、王女を背後に庇いながら戦う。
最初の一人を倒す。
二人目。
三人目。
四人目。
十人のうち、四人が倒れた。
盗賊たちが一瞬ひるむ。
「今です!」
一人の騎士が叫ぶ。
「殿下、逃げて!」
グラーティアが馬を走らせようとした、その瞬間だった。
別の盗賊が横から飛び出し、馬の手綱を掴んだ。
「離して!」
グラーティアが振りほどこうとする。
騎士が駆け寄る。
だが、その隙に別の盗賊が襲いかかった。
「殿下!」
一人の騎士が叫ぶ。
次の瞬間。
二人の騎士は、相次いで倒れた。
グラーティアの前から、最後の護衛が消えた。
「……!」
グラーティアが息を呑む。
盗賊たちが彼女を囲む。
「王女様を丁重に扱え」
頭目らしき男が言った。
「傷をつければ、身代金が下がる」
別の盗賊が笑う。
「まずは馬と武具を回収しろ」
倒れた二人の騎士から武具を剥ぎ取り、馬も奪う。
護衛として連れていた人間も、持ち物も、何一つ残さない。
グラーティアは動けなかった。
目の前には、ついさっきまで自分を守っていた騎士たちが倒れている。
そして、自分はもう一人だった。
「歩け」
盗賊が言う。
グラーティアは答えない。
ただ、両手を握りしめる。
「……私は、王女です」
「だから価値があるんだよ」
「その前に戦場後に行って死体漁りでもするか!」
「いいな。今日はついてるぜ!」
「野郎ども戦場後の近くの森に野営するぜ!」
「「「おう!」」」
盗賊達はそう言って笑った。
夕暮れの街道。
エクィトゥム王国へ帰るはずだった第三王女は、その手前で盗賊たちに連れ去られていった。
その先に待つものを、彼女はまだ知らない。
ただ一つ。
彼女の帰還を待っている者たちもまた、彼女が国境へ辿り着けなかったことを、まだ知らなかった。
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