第34話 衝突直前
プラエシディウス伯爵城を出たアンティクイランド王国軍は、南へ延びる街道を進んでいた。
目的は、エクィトゥム王国軍によって攻撃を受けている周辺領地から、領民と残存兵力を退避させること。
決して、敵主力との決戦を求めての出撃ではない。
それでも、戦場はそう都合よく進まなかった。
「前方より報告!」
斥候が駆けてくる。
「敵軍が進路を変更しました!」
「どちらへ?」
「こちらです!」
その報告に、諸侯たちの表情が変わった。
敵は追ってきている。
こちらが城を出てきたことを、最初から待っていたかのように。
「敵の規模は?」
「およそ二万人!」
声が落ちた。
アンティクイランド側は約八千二百二十。
対するエクィトゥム側は約二万六百。
約二・五倍。
しかも、こちらは急遽集結した諸侯軍であり、全体としての統一された訓練や指揮系統が整っているわけではない。
正面からぶつかれば、勝ち目は薄い。
「止まれ!」
軍が停止する。
街道の先には、広い平地が広がっていた。
その向こう。
エクィトゥム王国軍の旗が見える。
一つではない。
公爵家の旗。
辺境伯家の旗。
諸侯軍の旗。
そして、王族直属軍の旗。
大量の兵が、こちらへ向かっている。
プラエシディウス伯爵の命令で、急遽軍議が開かれた。
地図が広げられる。
領主たちが集まる。
そして、その中心でレノウィウスも地図を見た。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「このままでは、逃げ切れません」
誰かが言う。
「城へ戻るのは?」
「今からでは追いつかれます」
「なら、ここで戦うしかない」
「正面から?」
「他に方法があるか」
言葉が重なる。
レノウィウスは黙ったまま地図を見ていた。
少しして。
「……一つあります」
室内が静かになる。
全員の視線が集まった。
「殿下?」
レノウィウスは地図から目を離さない。
「敵の方が多い。なら、同じ条件で戦う必要はありません」
「どういう意味でしょう?」
「細かいことは、今は言いません」
レノウィウスは短く答えた。
「ただ、俺に任せてもらえますか」
その言葉に、何人かが顔を見合わせる。
十二歳の王子。
戦場経験などない。
普通なら、即座に退けられてもおかしくない提案だった。
だが。
今、この軍には選択肢が少ない。
城へ戻ることも難しい。
正面から戦えば数で押し潰される。
そして何より――。
ここまで来た以上、戦わずに済ませることもできない。
プラエシディウス伯爵が、レノウィウスを見る。
「殿下」
「はい」
「その判断に、責任を持てますか」
「持ちます」
短い返答だった。
伯爵はしばらくレノウィウスを見つめた。
やがて。
「……分かりました」
他の領主たちにも視線を向ける。
「異論のある者は?」
いくつかの顔が動いた。
だが、反対する声は上がらなかった。
「では、採用しましょう」
軍議が終わった。
レノウィウスが何を提案したのか。
その詳細を知る者は、指揮官たちの一部だけだった。
そして、両軍が動き出した。




