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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第32話 エクィトゥム王国側の策略

 エクィトゥム王国軍は、西部国境を越えた。


 その勢力は大きかった。


 フェルゼンハルト公爵軍。


 グランツェン辺境伯軍。


 諸侯軍。


 第一王子直属軍。


 第三王女の護衛部隊。


 そして、開戦前から集められていた傭兵たち。


 各部隊は街道を進みながら、アンティクイランド王国側の国境防衛線を次々に崩していった。


 しかし、エクィトゥム軍が進軍する中で、一つだけ厄介な情報が届いた。


「プラエシディウム伯爵城へ、周辺の諸侯軍が集結しております」


 野営地に設けられた軍議の席。


 フェルゼンハルト公爵が、その報告を聞いて地図へ目を落とした。


「どれほどだ?」


「正確な数はまだ分かりません。ただ、周辺の伯爵家、子爵家、男爵家の兵が次々に入城しております」


 グランツェン辺境伯が腕を組む。


「やはり、あの城に集めるつもりか」


「そのようです」


 プラエシディウム伯爵城。


 西部国境周辺では最大級の城塞。


 厚い城壁。


 十分な食料庫。


 複数の井戸。


 広い城内。


 そして、周辺の街道が集まる立地。


 戦時に周辺諸侯が籠城することを想定して築かれた城でもある。


 エクィトゥム軍の将兵にとって、それは決して無視できない存在だった。


「もし奴らがあそこに八千ほど集めた場合、どうなる?」


 一人の将軍が答える。


「城攻めになります」


「どの程度かかる?」


「城の規模を考えれば、短期間では落とせないでしょう」


「損害は?」


「かなりのものになるかと」


 軍議の空気が重くなる。


 エクィトゥム王国はアンティクイランド王国より圧倒的に人口が多い。


 兵力にも余裕がある。


 しかし――。


 城壁というものは、単純な兵力差をそのまま反映させてはくれない。


 城に籠もる八千の兵を攻めるために、それ以上の兵を正面から投入する必要はない。


 むしろ、攻城側が多大な損害を受ける可能性がある。


「それに」


 グランツェン辺境伯が地図を指で叩いた。


「プラエシディウム伯爵城を落とすことに時間をかければ、その間に王都レクィエリアから援軍が来る」


 その通りだった。


 エクィトゥム軍には、数の上での優位がある。


 だが、アンティクイランド王国には中央軍がある。


 時間を与えれば、さらに兵が集まる。


「では、どうする?」


 誰かが尋ねた。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて、一人の将軍が地図上の別の場所を指した。


「直接、城を攻める必要はありません」


 全員がその手を見る。


「周辺の領地を攻めればいい」


「……周辺を?」


「はい」


 将軍は地図を広げた。


 プラエシディウム伯爵城を中心として、その周囲にはいくつもの子爵領、男爵領が存在する。


「彼らの兵力は、城に集まっている者だけではありません。領地には家族も、農民も、商人も、残された財産もあります」


「なるほど」


「城に籠もれば、自分たちの領地を守れない」


 別の将軍が続ける。


「こちらが周囲の領地を次々に襲撃すれば、城内の諸侯は判断を迫られます」


「自分の領地を見捨てて城に籠もるか」


「それとも、兵を連れて出てくるか」


 フェルゼンハルト公爵は地図を見つめる。


 攻城戦をする必要はない。


 城そのものではなく、城の外にあるものを攻撃する。


 それなら、敵は自然と城から出てくる。


「出てきたところを叩く、か」


「はい」


 グランツェン辺境伯が頷いた。


「城壁の外なら、話は違います。八千の兵が城に籠もっていれば厄介ですが、城から出て野戦をするなら、こちらの数の優位を使えます」


 軍議の空気が変わった。


 攻城戦ではなく、誘い出す。


 城に籠もっている敵を無理に攻めるのではない。


 敵自身に城を出させる。


「ただし」


 別の将軍が口を挟む。


「襲撃する領地を本気で壊しすぎれば、逆に敵が城から出てこなくなる可能性があります」


「どういう意味だ?」


「領地を完全に破壊してしまえば、守る価値がなくなる。そうなれば、諸侯は城に籠もり続けるでしょう」


 なるほど。


 狙うのは殲滅ではない。


 守らなければならない程度に損害を与えること。


 敵の戦意を折るためではない。


 敵を戦場へ引きずり出すためだ。


「目標を選ぶ必要がありますな」


 グランツェン辺境伯が言う。


「特に、城内に兵を出している諸侯の領地を狙うべきでしょう」


 その言葉に、地図へ印が付けられていく。


 子爵領。


 男爵領。


 街道。


 倉庫。


 集落。


 港。


「兵力の少ない領地から攻める」


「街道を断つ」


「食料を奪う」


「軍需物資を焼く」


 次々と意見が出る。


 最後にフェルゼンハルト公爵が口を開いた。


「プラエシディウム伯爵城そのものは、今は攻めない」


 全員が公爵を見る。


「周辺の領地を攻撃する」


「敵が城を出れば野戦に持ち込む」


「出てこなければ、その間に周辺地域を制圧する」


 どちらに転んでも、エクィトゥム側に損は少ない。


 そういう作戦だった。


「第一王子殿下にも異存はないでしょう」


 誰かが言った。


「殿下直属軍も、この作戦に組み込めばいい」


「第三王女護衛部隊は?」


「後方警戒に置く」


 こうして、エクィトゥム軍の方針が決まった。


 ――プラエシディウム伯爵城を直接攻めない。


 ――周辺の子爵領、男爵領を攻撃する。


 ――それによって城内の諸侯軍に圧力をかける。


 ――そして、城から出てきたところを野戦で撃破する。


              ◆


 数日後。


 最初の攻撃対象となったのは、プラエシディウム伯爵城の南にある小さな子爵領だった。


 エクィトゥム軍は城へ向かわず、街道を逸れる。


 その動きを見たアンティクイランド側の斥候が慌てて報告する。


「敵軍が城へ向かっていません!」


「何?」


「南の子爵領へ向かっています!」


 指揮所にいた諸侯たちが地図を見る。


「……なぜだ?」


 誰かが呟く。


 まさか、城を無視するつもりなのか。


 しかし、その数時間後。


 別の報告が届いた。


「敵軍、子爵領の外郭へ到達!」


「戦闘が始まりました!」


 室内が騒がしくなる。


「その子爵家の軍は?」


「城へ入っています!」


「つまり、領地には十分な兵がいない」


 そういうことだった。


 エクィトゥム軍は、最初からそれを狙っていた。


 領主が城へ兵を集めれば、領地が空になる。


 その空いた領地を攻めれば――。


「……まずいな」


 プラエシディウム伯爵が地図を見る。


 このままでは、周辺領地が次々に失われる。


 だが、すぐに城から兵を出せば、エクィトゥム軍の思惑通りになる。


 城に籠もり続ければ、自分たちの領地が荒らされる。


 その二択だった。


 そして、その判断を迫られるのは、王国の貴族一人一人だった。


 エクィトゥム軍は、まだプラエシディウム伯爵城へ一兵も近づけていない。


 それでも。


 城内の諸侯たちには、すでに圧力がかかり始めていた。


 籠城するには、あまりにも多くの領地が城の外に残されている。


 そして敵軍は、そのことを理解していた。


 戦いは始まったばかりだった。

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