第31話 防衛線崩壊
国境の向こうから、エクィトゥム王国軍が押し寄せてくる。
その報せを受けた直後から、西部国境は一変した。
ガイウシア子爵は、まず領軍をまとめて第一防衛線へ向かわせた。
だが――。
敵の数が多すぎた。
「前線より報告!」
伝令が駆け込んでくる。
「エクィトゥム軍、複数の街道から同時に侵入しています!」
「複数だと?」
「はい! こちらの防衛線を避けるように、別働隊も動いています!」
ガイウシア子爵は、机の上に広げられた地図を見る。
これまでの国境衝突とは明らかに違う。
一つの砦を攻めるだけではない。
複数の街道を使い、広い範囲から押し込んできている。
「第一砦は?」
「すでに陥落しました!」
「第二砦は?」
「こちらも既に陥落しました!」
続いて報告が届く
「第二防衛線突破されました!」
状況は悪化していた。
国境沿いに領地を持つ他の貴族たちからも、次々と報告が入ってくる。
「北西の領軍、敵軍と接触!」
「南側の街道でも戦闘!」
「第三砦への街道が遮断されました!」
「こちらの兵だけでは持ちません!」
それぞれの領主が領軍を動かしている。
しかし、エクィトゥム王国軍の規模が桁違いだった。
個々の領軍では、正面から受け止められない。
しかも、敵は複数の進路から同時に侵入している。
「……各領主に伝えろ」
ガイウシア子爵が地図を見ながら言った。
「各領軍は無理に敵を止めようとするな。兵を温存しながら後退しろ」
「後退……ですか?」
「ああ」
子爵は地図の一点を指した。
「プラエシディウム伯爵城へ集める」
そこは、この一帯で最も大きな城塞だった。
城壁は厚く、城内には十分な井戸と倉庫がある。
周辺の街道からも集まりやすく、長期間の籠城にも耐えられるよう造られている。
「ここなら、各領軍をまとめて指揮できる」
戦争が始まったばかりだというのに、すでに個々の領地を守る段階を越えていた。
それぞれが自領だけに兵を置けば、順番に各個撃破される。
一つの城に集め、まとまった戦力として防衛する。
今は、それしかなかった。
◆
レノウィウスは、ガイウシア子爵の判断を聞いていた。
「殿下もプラエシディウム伯爵城へ入っていただきます」
「俺も?」
「はい」
子爵は即答した。
「ここに留まるには危険が大きすぎます。第一王子殿下を敵軍の進路に置いたまま戦うわけにはいきません」
「王都へ戻るより、城へ入る方がいいと?」
「現状では、その方が安全です」
レノウィウスは少し考えた。
王都へ戻るには、国境から長距離を移動しなければならない。
その道中にもエクィトゥム軍が進出している可能性がある。
今、どこまで戦線が広がっているのかすら分からない。
「……分かった」
レノウィウスは頷いた。
「プラエシディウム伯爵城へ入る」
「ありがとうございます」
こうして、視察の予定は完全に消えた。
第一王子は帰還せず、戦場となった西部国境の最重要拠点へ入ることになった。
◆
プラエシディウム伯爵城へ向かう街道には、多くの兵士がいた。
ガイウシア子爵領軍。
周辺の領主が率いる領軍。
途中で合流した騎士たち。
負傷者を運ぶ荷車。
その誰もが、同じ方向へ向かっている。
しばらくすると、前方に巨大な城壁が見えてきた。
プラエシディウム伯爵城。
この地方最大の城塞だった。
「……大きいな」
レノウィウスが見上げる。
「この地方の最後の拠点です」
ガイウシア子爵が答える。
「周辺の領主たちも、ここへ兵を集めています」
城門をくぐる。
すでに城内には、複数の領軍が到着していた。
それぞれの軍旗が並んでいる。
兵士たちは疲れた顔をしている。
負傷者の手当ても始まっている。
城内の広場には、急ごしらえの天幕が並べられていた。
「ガイウシア子爵!」
声をかけてきたのは、プラエシディウム伯爵家の家臣だった。
「各領主様方も、続々と入城されています!」
「伯爵は?」
「現在、城内の防衛指揮所にて各軍の配置を確認しております」
「分かった。殿下はこちらへ」
レノウィウスは案内されながら、城内を見ていた。
ここへ逃げ込んできたのは、ガイウシア子爵だけではない。
エクィトゥム軍の侵攻速度についていけなかった領主たちも、次々に自領の防衛を諦め、兵をまとめてこの城へ向かっている。
守れなかった。
だから集まった。
その事実が、兵士たちの表情から伝わってくる。
「殿下」
ガイウシア子爵が立ち止まった。
「ここが指揮所です」
扉の向こうには、すでに何人もの領主が集まっていた。
プラエシディウム伯爵。
その周辺の伯爵、子爵、男爵。
誰もが険しい顔をしている。
「第一王子殿下がお見えになりました!」
その声に、室内の全員が振り返った。
一斉に頭を下げる。
「殿下」
プラエシディウム伯爵が前へ出る。
「このような状況でお迎えすることになり、申し訳ございません」
「謝る必要はない」
レノウィウスはそう答えた。
「それより状況を教えてくれ」
伯爵は地図の前へ案内する。
そこには国境周辺の情報が書き込まれていた。
「現在、エクィトゥム軍は複数の街道から侵入しています」
赤い印が、少しずつこちらへ近づいている。
「我々の領軍は各地で応戦しましたが、兵力差が大きく、単独では防衛できませんでした」
「だから、この城へ?」
「はい」
伯爵は頷いた。
「現在、周辺諸侯の兵が続々と入城しております」
レノウィウスは城内を思い出す。
確かに、先ほどから兵がひっきりなしに入ってきていた。
「どれくらい集まる?」
「現在確認できているだけで――」
伯爵が数字を告げる。
まだ全部ではない。
しかし、それでもかなりの数になる。
「それでも、エクィトゥム軍より少ないでしょう」
「……はい」
伯爵は答えた。
「だからこそ、この城を守ります」
レノウィウスは地図を見る。
プラエシディウム伯爵城は、この地方の交通路が集まる場所にある。
ここを落とされれば、後方への道が一気に開く。
逆に言えば。
ここを守り切れれば、侵攻軍の進行を止めることができる。
「分かった」
レノウィウスは地図の前に立った。
「なら、ここを守ろう」
十二歳の第一王子がそう言った。
それを聞いた領主たちは、無言で頷いた。
まだ王都からの宣戦布告の報は届いていない。
まだ戦争の全貌も分からない。
それでも、この城に集まった者たちには分かっていた。
目の前まで来ている軍勢は、ただの国境警備部隊ではない。
これは、本格的な侵攻軍だ。
そして今。
この地方で唯一、それをまとまって受け止められる場所が――。
プラエシディウム伯爵城だった。




